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僕の世界には (草花谷 由良茶)
06. オンナの顔
しおりを挟む上所くんとご飯を食べて登下校を一緒にする。
学校でも彼の後ろをカルガモの雛のように付いて歩いた。
上所くんは、文句一つ言わずに僕の面倒を見てくれる。
もう時期二年生になる今に至るまで彼の態度は一貫していて、僕の私生活や心に踏み込んで来ることもなかったし、僕も彼の私生活を探るようなことはしなかった。
だから、彼のことを何も知らない。
二年生になった初登校の日、クラス替えが張り出された掲示板の前で僕は青くなった。
「草花谷とは、別クラスだな」
上所くんが何でもないことのように呟いた。
「まあ、登下校は一緒にするし飯も一緒に食うんだから大丈夫だろ。草花谷も俺以外にも慣れていかないと、この先やっていけないだろうしな」
上所くんの言葉に衝撃を受ける。
そうだ。
彼だっていつまでも僕のお世話係じゃないんだ……
大丈夫。中学の時だって一人だったじゃないか。高校を卒業すれば、一緒にご飯を食べることもなくなってしまうんだから。
ちょっとずつ、自分でなんとか出来るようにならないと。
最悪なことに、天野くんと松尾くんとも同じクラスではなかった。
上所くんは僕のクラスまで来てくれて、僕の席を確認すると自分のクラスへ行ってしまう。
僕は、自分の席に着いてじっとしていた。
担任の先生は井原先生だ。
怖いけど、知っている先生でほっとする。
上所くんがいなくなっただけで、僕の世界はまた難しい世界になってしまった。
僕は、ぼうっと一日を過ごす生活に戻る。
慣れてしまえば、それほど苦痛でもなかった。
だけど、二週間を過ぎた頃からクラスの女子に話しかけられることが増えた。
「ねえ、ねえ。草花谷くんって上所くんと仲いいよね。上所くんって彼女とかいるの?」
「え、え、あ……そ、そう云う話は、し、たことなくて……」
事実だった。偶に、ご褒美をあげている人はいるようだけど僕はその人を見たことがない。ご褒美をあげている人と彼女は別なのかも知れないし、僕が勝手に答える訳にはいかない。
「じゃあさ、訊いてみてくれない?」
「え、あ、う、うん……」
「ありがとう、草花谷くん! よろしくね!」
女子の押しの強さに、僕は頷くしかない。
話し掛けてくる女子は皆、上所くんのことを訊いてきた。
僕は、そのたびに上所くんに尋ねて女子に伝える。
「あ、あのね……私、上所くんが好きなの。上手くいくように応援してくれないかな?」
「あ、え……」
「お願い、草花谷くん。……ダメかな……?」
僕は、どうしていいか分からなかった。
「ぼ、僕……よく、分からない……」
「……チッ」
え、今、舌打ちされた……?
数人の女子が同じようなことを言ってきたけど、僕は分からなくて同じことを言い続ける。
そのうちに、下校時にも声を掛けられるようになった。
「草花谷くん! 今日、私も一緒に帰ってもいい?」
「え、あ……」
僕が返事に困っていると上所くんが迎えに来てくれる。
「草花谷、帰ろうぜ」
「あ、うん」
僕は、ほっとして彼に駆け寄った。
「あ、待ってよ、草花谷くん! 私も一緒に帰っていいって言ったじゃない!」
そんなことは言っていないのに、女子が側に来て怖い顔で笑う。
上所くんが僕に視線を向けてくる。
「ねっ、三人で帰ろう。いいでしょ?……草花谷くん?」
僕の名前だけ低い声で強調して圧を掛けてくる。
僕は怖くて、黙って頷くしかない。
上所くんは、そうかと呟いて三人で帰ることになった。
上所くんの隣を女子が歩いて、僕は上所くんの後ろを付いて行く。気のせいか女子が何度も僕を睨み付けてきたけど、意味が分からなかった。
次の日、学校で昨日一緒に帰った女子が僕を教室の隅に引っ張って行き文句を言われる。
「草花谷くんさあ、ちょっとは気を利かせてよ。用事思い出して、二人っきりにしてくれるのが優しさってもんじゃないの?」
言われている意味がやっぱり分からない。
「え、よ、用事なんて、ない、けど……」
「ちょっとっ、巫山戯ないでよ! なくてもある振りして二人にしてくれるのが普通でしょう!?」
目を吊り上げて睨んでくる女子に震える。
普通…………
その普通が僕にはわからない。
その日の帰り道。朝、文句を言ってきた女子に睨まれて僕は少しずつ上所くんから距離を取る。帰る方向は同じだから、距離を取るしかない。
それでも女子は満足そうに笑った。
だけど、上所くんが後ろを振り返って僕に声を掛けてくる。
「草花谷、どうかしたか?」
「あ、え、っと……」
不思議そうな顔の上所くんとキツい顔で睨んでくる女子。
「あ、あの……先に、帰って……僕、用事が……」
しどろもどろに答えていると上所くんが僕の側まで引き返してくる。
「どこ?」
彼に覗き込まれて、僕はなんて答えればいいかわからなくなってしまう。
「草花谷くんだって、偶には一人になりたいんじゃない? 行こうよ、上所くん」
女子が上所くんの腕を引いて先に行こうとする。
「ぼ、僕……一人で、平気だから、先に行って」
「…………」
上所くんは、じっと僕を見てくる。
嘘を吐いているのが後ろめたくて僕は俯いた。
「ゆらくん……? ゆらくんでしょう!?」
突然名前を呼ばれて振り向くと、お母さんがいた……
「あ、……お、お母さん……」
長い髪を一つに結って紺色のワンピースにクリーム色のカーディガンを着た、年齢よりも若く見えるお母さん。
どうして、ここに。
お母さんはチラリと女子を見て、上所くんを見てから笑った。
「ゆらくん、久しぶりね。元気だった? こんな所で会えるなんて……色々と話したいわ。時間、ある?」
僕は黙って頷く。
上所くんは、僕の用事がお母さんと会うことだと思ったみたいで軽く挨拶して女子と行ってしまう。
「じゃあ、行きましょうか」
お母さんが僕の腕に腕を絡めて身体を寄せてくる。僕は黙って頷く。
お母さんに連れて行かれたのはホテルだ。
頷くだけの僕に、お母さんは一人で喋る。
お父さんと別れてから別の人と再婚したんだって。相手にも僕と同じくらいの子供が二人いて、それなりに上手くやっているみたい。
「でも、やっぱりゆらくんが一番可愛いわ」
ホテルのレストランで食事をしながら、何度も僕を可愛いと言うお母さん。
「ね、明日は学校、お休みでしょう? 今日はお母さんとここに泊まろうね」
僕は、黙って頷くだけ。
お母さんと一緒にお風呂に入る。
ご褒美をあげると言われて貰った。お礼もたくさんした。
久しぶりだからと言われて、たくさんご褒美を貰った……
やっぱり、ご褒美は嬉しくなかった。
僕は、頑張ってお礼もした。
お母さんは……凄く、喜んでいた。
「やっぱり、ゆらくんが一番上手ね」
お母さんはそう言って笑う。笑う。嗤う。
オンナの顔……お父さんが言っていた。
オンナの顔をして悦んでいるって。
――――僕を見て、言っていた。
きっと、
今のお母さんみたいな顔のことを言うんだと、
わかった…………
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