穢れても壊れても君がいい

夢線香

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僕の世界には (草花谷 由良茶)

07. 悪夢

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 翌日、僕が自分の部屋に戻れたのは、お昼をだいぶ過ぎてからだ。

 朝、目が覚めるとお母さんが僕にご褒美をくれていた。だから、お礼もする。

 一緒にお昼ご飯を食べて、連絡先を交換させられて別れる。お小遣いもくれた。


 帰りの道は人がたくさんいて凄く怖い。

 何度も上所くんに連絡しそうになったけど我慢する。

 なるべく人の少ない場所を選びながら帰って来たから随分と遠回りをすることになってしまい、部屋に着いた時にはヘトヘトだった。

 ヘトヘトなのは遠回りをしたせいだけじゃないけど。

 制服から部屋着に着替えてベッドに倒れ込むと、あっと言う間に眠りに落ちた。




 夢の中、お母さんの声がする。


 ゆらくん、ゆらくん。


 ゆらくんはお母さんのものよ。


 お父さんの怒鳴り声がする。


 お前達っ! 何をしているっ……!?


 ゆらくんが無理矢理っ……!


 お母さんが僕のせいにする。


 お父さんに殴られる。蹴られる。叩かれる。


 ごめんね、ごめんね、ゆらくん。


 痛かったよね。


 我慢したご褒美あげるね。


 お母さんが謝ってくれる。


 ご褒美を貰った。


 ゆら、ゆら、ごめんなっ……お前は何も悪くなかったのにっ!


 お父さんが泣いて謝る。


 お父さんにも……ご褒美、くれるか?


 お父さんにもご褒美をあげる。


 ゆら、ゆら、可愛いな。良い子だ。


 ゆらにもお礼をしなくちゃな。


 お父さんにお礼を貰う。


 ハハハッ! ゆら、すっかりオンナの顔だな?


 ゆらは欲張りだな。


 ゆら。悪いんだけど、この人にご褒美をあげてくれないか?


 ご褒美をあげてくれると、お父さんが凄く助かるんだ。


 ――――うん…………


 お父さんが連れてきた人は、とても怖いオジサンだった。


 オジサンは直ぐに僕を殴る。


 凄く痛い。


 ほら、ごほーびくれよ。


 ハッ、どんだけ仕込まれてんだよっ……すげえ、上手いじゃないかっ!


 ほらっ、これも好きだろっ!


 ハハハッ、男のくせにオンナの顔でヨガりやがってっ!


 ド淫乱だなッ……!


 ほらっ、ケツが緩んできたぞ!


 もっと締めろっ!


 オジサンは、そう言って僕を殴る。


 殴ると締まりがよくなるんだって。


 首を絞められた。


 苦しい、苦しい、苦しいっ!


 オジサンが言っていることがわからない。


 オジサンに、ご褒美をあげるのはイヤだ。


 僕は、お父さんに泣いてイヤだと言った。


 お父さんは、僕にご褒美をくれながら優しく言う。


 ごめんな、ゆら。痛かったな。


 でも、お父さんの為にもうちょっと我慢してくれ。


 我慢してくれたら、お父さんがいっぱい優しくご褒美をあげるから……な?


 ゆらの気持ちいいところ、いっぱい可愛がってやるからな。


 嬉しいだろ? ゆら?


 ゆらくん、嬉しいでしょう?


 喜べよ。こうされるのが好きなんだろ?



 ――――うん…………ありがとう…………



 僕は…………


 僕は……


 僕は。



 ご褒美なんて、


 
 大っっっ嫌いだっっっ!

 



「ご褒美なんて、大っっっ嫌いだっっっ……!」


 魘されて、ガバリと身体を起こして叫んだ。


「お、おう……」


 ベッドの横に驚いた顔をした上所くんがいた。

 もしかして、彼もご褒美が欲しいと言うんだろうか。


「も、もうっ……ご褒美はあげないっっ……!」


 彼に向かって、初めて本心を口にした。


「……おう。ご褒美は要らない」


 思ってもいなかった答えが返ってきた。


「ご褒美は……要らない……?」

「要らない」


 信じられなくてもう一度訊いてしまう。

 上所くんは、はっきりと要らないと言う。


「――ご褒美は、あげなくてもいいの……?」

「あげたくないなら、あげなくていいだろ」

「ご褒美を貰わなくても、怒らない?」

「ご褒美を貰えなくて怒るのは子供ぐらいだぞ」


 上所くんは迷いなく、はっきりと言い切る。

 僕は彼をまじまじと見詰めた。


 上所くんになら、わからないことを訊いてもはっきりと教えてくれる気がして尋ねる。


「――ご褒美は、喜ばなくちゃいけないの?」


 彼は、少し考え込んだ。


「う~ん、貰って嬉しくないものもあるからな。場合によるな。取り敢えず、ありがとうの一言で済ませるかな。喜ぶ、喜ばないは貰った奴の勝手だろ」

「ご褒美は、絶対貰わなくちゃダメなの?」

「ん? 強要されるってことか? 貰っておいて誰かに渡すとかはダメなのか」

「……物じゃないから」

「物じゃないのか。具体的には何を貰いたくないんだ?」

「……セックス」

「…………」


 上所くんは、黙り込んでしまった。そして。
 

「それは、はっきりと断れ」


 彼は断言した。


 断ってもいいの?

 喜ばなくていいの?

 お礼をしなくてもいいの?


 僕は、今までわからなかったことを彼に尋ねる。


 断れ。

 喜ばなくていい。

 礼なんかするな。


 彼から返ってきた言葉は簡潔で分かり易かった。


「それが、普通のこと……?」

「……普通だろ」


 漸く、はっきりとした答えを貰えた気分だった。

 じっと上所くんを見る僕に、彼はティッシュボックスを渡してくる。

 僕はずっと泣いていた。


「飯、作ったから。落ち着いたら食いに来いよ」


 上所くんは、それだけ言うと部屋を出て行く。

 昨日の夕方から、ずっと連絡を入れていなかったから心配して様子を見に来てくれたのかな。

 合い鍵を渡しておいて良かった。

 僕は、はなをかんで顔を洗ってから彼の部屋へ行く。

 上所くんは僕が来るまで待っていてくれたみたい。

 いつも通りに食事を始める。

 上所くんは、特に何も言ってくることはなかった。


 僕には、それが心地良い。


 テレビの音だけが鳴るなか、二人で黙々とご飯を食べた。



 
 下校の時間が来た。

 また、あの女子が一緒に帰ろうと言ってくるのかと思ったら来なかった。

 不思議に思いながらも上所くんと一緒に帰る。

 それでも追って来るのかと思って辺りをキョロキョロしていると、上所くんに声を掛けられた。


「どうかした?」

「あ、今日は、女子が来ないんだなと思って……」

「ああ、もう来ないよ」


 上所くんを見て首を傾げる。


「告られたけど断ったから、もう来ない」


 彼の言葉に首を更に傾げる。


「コクるって?」


 上所くんは小さく溜め息を吐きながら歩き出す。その後を付いていくと、ポツリポツリと説明してくれた。

 好きな子に『好きだ』と伝えることが告白するってこと。

 告白を短くして話すときに『告る』と言うこと。

 告った相手が頷いたら恋人になること。

 恋人になることを『付き合う』って言うこと。


 上所くんの説明は簡潔でとても分かり易い。

 彼が女子から告白されて断ったから、もう来ないと云うことみたい。


 女子の絡みに困っていた僕は、もう来ないと言われてほっとした。

















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