43 / 49
届かなくても触れられなくても (由良茶)
43. おやすみなさい
しおりを挟む専心くんに抱き着いたまま部屋の中をふよふよと漂う。
床には布団の上で静かに眠る痩せ細って目の下に真っ黒なクマを張り付けた専心くんがいる。
専心くんは仰向けに寝て僕を抱き締めながら宙に浮く。
「下の専心くんはどうなるの?」
「心配するな。前に話したお寺の住職さんが来てくれるはずだ。そうすれば、俺達の新しい家に連れて行って貰えるよ」
新しい家。
ああ、お墓のことか。
自分の死期を感じ取っていた専心くんは、いよいよヤバそうだと感じた頃からお寺の住職さんに毎朝安否確認の連絡をしていたんだって。
連絡が来なければ、住職さんが様子を見に来てくれるらしい。合い鍵も渡してあるから部屋に入って来れるそう。
「専心くんは、自分が死ぬって分かってたの?」
「――ああ。なんとなくな」
専心くんは笑いながら僕の唇に、ふよんっとキスをする。
専心くんとこうしていられるのは嬉しいけど、なんだか微妙な気分だ。
「苦しくなかった……?」
「苦しくなかったよ。ほら、安らかな顔で眠ってるだろ」
専心くんは下で眠る自分を見ながら言う。
確かに安らかな顔で眠っている下の専心くんは、苦しんだように見えない。
専心くんが苦しまなかったのなら良かった。
二人でポツポツ喋りながら漂っていると玄関の扉が開く音がした。
ひたひたと足音がして寝室のドアが開いた。
「お邪魔します」
そう声を掛けながら人当たりの良さそうな中年男性ともう一人、彼よりも若い男性を連れて入って来た。
彼らは部屋に入る前に数珠を持った手を合わせる。
「だ、誰……」
「お寺の住職さんだよ」
僕が専心くんの背中に隠れながら呟くと専心くんが教えてくれた。
お坊さん?
お坊さんって和服を着た袈裟を掛けた人じゃないの?
手を合わせている中年男性は黒いズボンに白いシャツ、ダークブラウンのジャケットを着ていた。若い男性の方は暗めのジーンズにベージュのパーカーを着ている。
二人は布団で眠る専心くんの側に正座してもう一度手を合わせてから専心くんの首筋に手を当てた。
「……お亡くなりになってますね。志鳥くん、警察に連絡して貰えますか」
「はい。賢千様」
中年のお坊さん、賢千様に言われて若い男性、志鳥さんがスマホを取り出して操作し始める。
僕と専心くんは部屋の上からその様子を眺めていた。
ふと、賢千様が上を見上げて僕達を見た。
「――――本当に、これで満足ですか?」
専心くんが満足だと言って頷く。
賢千様は困ったように苦笑した。
その後は、寝室の部屋が狭いと感じるほど色々な人が布団の上で眠る専心くんを取り囲む。
警察の人、お医者さん、葬式の業者さん。
入れ替わり立ち替わり人が出入りして専心くんを何処かへ連れて行く。
身体と一緒に専心くんが引っ張られて行くのに縋り付く。
「や、やだっ……専心くんっ、何処に行くのっ!?」
「由良茶っ……クソっ、身体が引っ張られるっ……!」
僕は家から出られないのに専心くんは身体と一緒に外に行ってしまう。
「心配しなくても大丈夫ですよ」
賢千様が僕の骨が入った白い箱を持って話し掛けてきた。
え、僕に言ってるの……?
賢千様が専心くんの身体を追って歩いて外に出ると僕も一緒に引っ張られて外に出ることができた。
僕は急いで浮いている専心くんにしがみ付く。
専心くんも僕をしっかりと抱き締めてくれた。
「ふふ、これでは到底引き離すことなどできませんね……」
賢千様は、そっと笑って専心くんの身体を追って歩き出す。
僕と専心くんは、専心くんの身体が焼かれて骨になるまでを宙に浮いた状態で眺めていた。
賢千様がお寺の祭壇で二人の骨を並べて読経を上げてくれる。
専心くんは、これでずっと一緒にいられると幸せそうな顔で笑うから僕も嬉しくなって笑う。
その後は、専心くんが選んだお墓……新居に行って納骨して貰う。
新居は小さな石造りの社で、ちゃんと石の扉が開くようになっていた。
賢千様が小さな扉を開くと専心くんが僕を連れて中に吸い込まれるように入って行く。
ふかふかの大きな長座布団みたいなものが敷かれていて、そこに専心くんと二人で座って寄り添う。
僕達は、蒼白い丸い球体になっていた。
専心くんが僕に尋ねてくる。
「新しい家は気に入った?」
「うん。専心くんが一緒なら、僕には何処でも最高の場所だよ」
僕は笑いながら答えて、丸い身体を専心くんの丸い身体に、ふよんふよんと擦り付けた。
「ではお二人とも、安らかにお眠りください。
――――おやすみなさい」
賢千様は優しく微笑んで、
そっと小さな石の扉を閉じた。
「お疲れ様です。賢千様」
「志鳥くん。あなたもご苦労様でしたね」
墓場から戻った私に手伝いの志鳥くんが声を掛けてくる。
参列者は無くとも葬式には違いない。
私達は袈裟を着けた姿で務めを果たしていた。
「随分と寂しいお葬式になりましたね……」
志鳥くんが眉を下げて切な気にポツリと呟く。
「ふふ。確かに私達から見れば寂しいように見えますが、ご本人達は幸せそうでしたよ」
本当ですか、と志鳥くんが驚いたように私を見る。
私は幼い頃から霊が見える体質だ。
霊には良いものも悪いものもいて、色々と怖い目にもあった。
想い……強い感情が凝縮して出来たような霊達は、一辺倒で偏屈だ。頑固だと言ってもいい。
一つの感情に凝り固まって話しが通じないものが多い。
今回の彼、上所さんがこの寺を訪れた時のことを思い出す。
病的に痩せて目の下に張り付く酷いクマ。
どんよりと暗い雰囲気を纏っているのに、何処か嬉しそうに微笑んでいた。
左目尻の下にある泣きぼくろが薄幸そうな印象を強く与える。
そして、彼に纏わり付く瘴気。
彼は、霊に取り憑かれていた。
話しを聞くと、お墓を探しているとのこと。
身近な方が亡くなったのかと思い、よくよく話しを訊くと自分の墓だと言う。
既に亡くなった恋人と一緒に入るのだと、まるで新居を探す新婚者のように幸せそうな顔で笑う。
その目は何処か虚ろで、
ああ、この方は恋人を亡くして心が壊れているのだなと理解した。
「こんなことを言って信じて貰えるか分かりませんが……失礼ながら、あなたは霊に取り憑かれていらっしゃいます。恐らくは……亡くなられた恋人の方ではないでしょうか」
彼が纏う瘴気の残滓からは、彼に対する並々ならぬ執着を感じる。
恨み辛みの類ではなく、強い愛着のようなもの。
詐欺師呼ばわりされるだろうかと思いつつも、つい伝えてしまった。
彼は驚いたように私を凝視してから、とても嬉しそうに笑った。
「わかりますか?」
「ええ。とても強い執着を感じます。――言い難いのですが……このままですと生気を吸われて取り殺されてしまいますよ」
「そうですか」
憑いた霊に取り殺されると言っているのに、彼は益々のろけてでもいるように嬉しそうに笑う。
私はそれとなく何度もお祓いを勧めるが、彼は頑として首を縦に振らない。
彼が取り殺される事を望んでいることは直ぐに分かった。
随分と強く深く、愛していらっしゃるのですね。
彼にとっては、取り殺されることの方が幸せなのだろう。
心の壊れた彼の最後に残った支えがそれならば、私に言えることは最早残っていない。
彼に取り憑いている霊も彼を殺そうとは思っていない。
ただ、ただ、彼の傍に居たいだけ。
私は、渋々ながら承諾した。
一緒にいることが彼らの望みなら仕方がない。
幸せの形など、誰にも分からないのだから。
恋人の霊に生気を吸われ尽くされて亡くなった上所さん。
彼の死に顔は穏やかで安らかだった。
仲睦まじく寄り添っていた二人の霊魂は念仏を唱えている私の傍で、まるで結婚式でも挙げているかのように言葉通り永遠の愛を誓っていた。
結婚式のような葬式を挙げるのは初めてで、幸せそうな二人にうっかり笑みを浮かべてしまう。
そんなお二人を目の当たりにして、本当にこれで良かったのかと最後まで迷っていた私の心も吹っ切れた。
私の選択は間違っていなかったのだと確信させてくれた。
実際のところ、死後の世界がどんな場所なのか私は知らない。
ただ、このお二人が望み通り、ずっと添い遂げられる場所であればいい。
お二人の願いが叶うことを祈るばかりだ。
58
あなたにおすすめの小説
どうせ全部、知ってるくせに。
楽川楽
BL
【腹黒美形×単純平凡】
親友と、飲み会の悪ふざけでキスをした。単なる罰ゲームだったのに、どうしてもあのキスが忘れられない…。
飲み会のノリでしたキスで、親友を意識し始めてしまった単純な受けが、まんまと腹黒攻めに捕まるお話。
※fujossyさんの属性コンテスト『ノンケ受け』部門にて優秀賞をいただいた作品です。
怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人
こじらせた処女
BL
幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。
しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。
「風邪をひくことは悪いこと」
社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。
とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。
それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?
娘さん、お父さんを僕にください。
槇村焔
BL
親父短編オムニバス。
色んな家族がいます
主に親父受け。
※海月家※
花蓮の父は、昔、後輩である男に襲われた
以来、人恐怖症になった父は会社を辞めて、小説家に転身する。
ようやく人恐怖症が治りかけたところで…
腹黒爽やか×気弱パパ
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──
寂しいを分け与えた
こじらせた処女
BL
いつものように家に帰ったら、母さんが居なかった。最初は何か厄介ごとに巻き込まれたのかと思ったが、部屋が荒れた形跡もないからそうではないらしい。米も、味噌も、指輪も着物も全部が綺麗になくなっていて、代わりに手紙が置いてあった。
昔の恋人が帰ってきた、だからその人の故郷に行く、と。いくらガキの俺でも分かる。俺は捨てられたってことだ。
ファントムペイン
粒豆
BL
事故で手足を失ってから、恋人・夜鷹は人が変わってしまった。
理不尽に怒鳴り、暴言を吐くようになった。
主人公の燕は、そんな夜鷹と共に暮らし、世話を焼く。
手足を失い、攻撃的になった夜鷹の世話をするのは決して楽ではなかった……
手足を失った恋人との生活。鬱系BL。
※四肢欠損などの特殊な表現を含みます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる