穢れても壊れても君がいい

夢線香

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届かなくても触れられなくても (由良茶)

43. おやすみなさい

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 専心くんに抱き着いたまま部屋の中をふよふよと漂う。

 床には布団の上で静かに眠る痩せ細って目の下に真っ黒なクマを張り付けた専心くんがいる。

 専心くんは仰向けに寝て僕を抱き締めながら宙に浮く。


「下の専心くんはどうなるの?」

「心配するな。前に話したお寺の住職さんが来てくれるはずだ。そうすれば、俺達の新しい家に連れて行って貰えるよ」


 新しい家。


 ああ、お墓のことか。


 自分の死期を感じ取っていた専心くんは、いよいよヤバそうだと感じた頃からお寺の住職さんに毎朝安否確認の連絡をしていたんだって。

 連絡が来なければ、住職さんが様子を見に来てくれるらしい。合い鍵も渡してあるから部屋に入って来れるそう。


「専心くんは、自分が死ぬって分かってたの?」

「――ああ。なんとなくな」


 専心くんは笑いながら僕の唇に、ふよんっとキスをする。

 専心くんとこうしていられるのは嬉しいけど、なんだか微妙な気分だ。


「苦しくなかった……?」

「苦しくなかったよ。ほら、安らかな顔で眠ってるだろ」


 専心くんは下で眠る自分を見ながら言う。

 確かに安らかな顔で眠っている下の専心くんは、苦しんだように見えない。

 専心くんが苦しまなかったのなら良かった。



 二人でポツポツ喋りながら漂っていると玄関の扉が開く音がした。

 ひたひたと足音がして寝室のドアが開いた。


「お邪魔します」


 そう声を掛けながら人当たりの良さそうな中年男性ともう一人、彼よりも若い男性を連れて入って来た。

 彼らは部屋に入る前に数珠じゅずを持った手を合わせる。


「だ、誰……」

「お寺の住職さんだよ」


 僕が専心くんの背中に隠れながら呟くと専心くんが教えてくれた。


 お坊さん?

 お坊さんって和服を着た袈裟けさを掛けた人じゃないの?


 手を合わせている中年男性は黒いズボンに白いシャツ、ダークブラウンのジャケットを着ていた。若い男性の方は暗めのジーンズにベージュのパーカーを着ている。

 二人は布団で眠る専心くんの側に正座してもう一度手を合わせてから専心くんの首筋に手を当てた。


「……お亡くなりになってますね。志鳥しどりくん、警察に連絡して貰えますか」

「はい。賢千けんせん様」


 中年のお坊さん、賢千様に言われて若い男性、志鳥さんがスマホを取り出して操作し始める。

 僕と専心くんは部屋の上からその様子を眺めていた。


 ふと、賢千様が上を見上げて僕達を見た。


「――――本当に、これで満足ですか?」


 専心くんが満足だと言って頷く。

 賢千様は困ったように苦笑した。



 その後は、寝室の部屋が狭いと感じるほど色々な人が布団の上で眠る専心くんを取り囲む。

 警察の人、お医者さん、葬式の業者さん。

 入れ替わり立ち替わり人が出入りして専心くんを何処かへ連れて行く。

 身体と一緒に専心くんが引っ張られて行くのに縋り付く。


「や、やだっ……専心くんっ、何処に行くのっ!?」

「由良茶っ……クソっ、身体が引っ張られるっ……!」


 僕は家から出られないのに専心くんは身体と一緒に外に行ってしまう。


「心配しなくても大丈夫ですよ」


 賢千様が僕の骨が入った白い箱を持って話し掛けてきた。


 え、僕に言ってるの……?


 賢千様が専心くんの身体を追って歩いて外に出ると僕も一緒に引っ張られて外に出ることができた。

 僕は急いで浮いている専心くんにしがみ付く。

 専心くんも僕をしっかりと抱き締めてくれた。


「ふふ、これでは到底引き離すことなどできませんね……」


 賢千様は、そっと笑って専心くんの身体を追って歩き出す。



 僕と専心くんは、専心くんの身体が焼かれて骨になるまでを宙に浮いた状態で眺めていた。



 賢千様がお寺の祭壇で二人の骨を並べて読経を上げてくれる。

 専心くんは、これでずっと一緒にいられると幸せそうな顔で笑うから僕も嬉しくなって笑う。

 その後は、専心くんが選んだお墓……新居に行って納骨して貰う。

 新居は小さな石造りの社で、ちゃんと石の扉が開くようになっていた。

 賢千様が小さな扉を開くと専心くんが僕を連れて中に吸い込まれるように入って行く。

 ふかふかの大きな長座布団みたいなものが敷かれていて、そこに専心くんと二人で座って寄り添う。

 僕達は、蒼白い丸い球体になっていた。

 専心くんが僕に尋ねてくる。


「新しい家は気に入った?」

「うん。専心くんが一緒なら、僕には何処でも最高の場所だよ」
 

 僕は笑いながら答えて、丸い身体を専心くんの丸い身体に、ふよんふよんと擦り付けた。



「ではお二人とも、安らかにお眠りください。

――――おやすみなさい」



 賢千様は優しく微笑んで、

 そっと小さな石の扉を閉じた。


 




「お疲れ様です。賢千様」

「志鳥くん。あなたもご苦労様でしたね」


 墓場から戻った私に手伝いの志鳥くんが声を掛けてくる。

 参列者は無くとも葬式には違いない。

 私達は袈裟を着けた姿で務めを果たしていた。


「随分と寂しいお葬式になりましたね……」


 志鳥くんが眉を下げて切な気にポツリと呟く。


「ふふ。確かに私達から見れば寂しいように見えますが、ご本人達は幸せそうでしたよ」


 本当ですか、と志鳥くんが驚いたように私を見る。


 私は幼い頃から霊が見える体質だ。

 霊には良いものも悪いものもいて、色々と怖い目にもあった。

 想い……強い感情が凝縮して出来たような霊達は、一辺倒で偏屈だ。頑固だと言ってもいい。

 一つの感情に凝り固まって話しが通じないものが多い。

 今回の彼、上所さんがこの寺を訪れた時のことを思い出す。



 病的に痩せて目の下に張り付く酷いクマ。

 どんよりと暗い雰囲気を纏っているのに、何処か嬉しそうに微笑んでいた。

 左目尻の下にある泣きぼくろが薄幸そうな印象を強く与える。

 そして、彼に纏わり付く瘴気。

 彼は、霊に取り憑かれていた。

 話しを聞くと、お墓を探しているとのこと。

 身近な方が亡くなったのかと思い、よくよく話しを訊くと自分の墓だと言う。

 既に亡くなった恋人と一緒に入るのだと、まるで新居を探す新婚者のように幸せそうな顔で笑う。


 その目は何処か虚ろで、


 ああ、この方は恋人を亡くして心が壊れているのだなと理解した。


「こんなことを言って信じて貰えるか分かりませんが……失礼ながら、あなたは霊に取り憑かれていらっしゃいます。恐らくは……亡くなられた恋人の方ではないでしょうか」

 
 彼が纏う瘴気の残滓からは、彼に対する並々ならぬ執着を感じる。

 恨み辛みの類ではなく、強い愛着のようなもの。

 詐欺師呼ばわりされるだろうかと思いつつも、つい伝えてしまった。

 彼は驚いたように私を凝視してから、とても嬉しそうに笑った。


「わかりますか?」

「ええ。とても強い執着を感じます。――言い難いのですが……このままですと生気を吸われて取り殺されてしまいますよ」

「そうですか」


 憑いた霊に取り殺されると言っているのに、彼は益々のろけてでもいるように嬉しそうに笑う。

 私はそれとなく何度もお祓いを勧めるが、彼は頑として首を縦に振らない。

 彼が取り殺される事を望んでいることは直ぐに分かった。


 随分と強く深く、愛していらっしゃるのですね。


 彼にとっては、取り殺されることの方が幸せなのだろう。

 心の壊れた彼の最後に残った支えがそれならば、私に言えることは最早残っていない。

 彼に取り憑いている霊も彼を殺そうとは思っていない。


 ただ、ただ、彼の傍に居たいだけ。


 私は、渋々ながら承諾した。


 一緒にいることが彼らの望みなら仕方がない。

 幸せの形など、誰にも分からないのだから。


 恋人の霊に生気を吸われ尽くされて亡くなった上所さん。

 彼の死に顔は穏やかで安らかだった。

 仲睦まじく寄り添っていた二人の霊魂は念仏を唱えている私の傍で、まるで結婚式でも挙げているかのように言葉通り永遠の愛を誓っていた。

 結婚式のような葬式を挙げるのは初めてで、幸せそうな二人にうっかり笑みを浮かべてしまう。


 そんなお二人を目の当たりにして、本当にこれで良かったのかと最後まで迷っていた私の心も吹っ切れた。

 私の選択は間違っていなかったのだと確信させてくれた。

 実際のところ、死後の世界がどんな場所なのか私は知らない。


 ただ、このお二人が望み通り、ずっと添い遂げられる場所であればいい。


 お二人の願いが叶うことを祈るばかりだ。
















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