運命の番に為る

夢線香

文字の大きさ
63 / 66
マティーロ × ラムエル

5. 溢れる感情

しおりを挟む



 まだ遠いのにその姿を見た瞬間、身体の熱がぶわりと一気に温度を上げた。

 俺のアルファだっ……!

 背が高くて焦げ茶色のドレッドヘアを一つに束ね、褐色に日焼けした筋肉質な男が猛然と走って来る。

 黒いTシャツの上に白いシャツを羽織り、焦げ茶色のチノパンを履いている。イタリアンマフィアみたいな男だった。

 俺も男の元に駆け寄りたくて、恐怖とヒートで震える足をどうにか地面に着けたけど、膝も腰も力が入らなくて、その場に無様に転がった。

 そんな情けない格好なのに、俺の目は男に釘付けだ。

 グングンと近付いて来る男は転んだ俺を見て目を見開き、更にスピードを上げて走って来る。

 いい匂いが俺の身体を包み込んで来て、今まで感じたことのない優しさと温かさに、俺はボロボロと涙を零した。

 無意識に男に向かって手を伸ばす。涙でボヤけて、男の姿が見えない。それでも地面を這いながら必死に手を伸ばした。

 側まで来た男が俺の上半身を抱き起こして、そのままギュウギュウに抱き締められる。俺も必死で抱き着いた。

 堪らなくいい匂いが全身を包み込んで、恐怖心が薄れる。

 全力で走って来た男は、ゼェゼェと荒い息を吐き出しながら俺の首筋に顔をグリグリと押し付けて来る。

 俺も男の太い首筋に顔をグリグリ押し付けて、いい匂いをたっぷりと吸い込んだ。

「クソっ……今まで何処にいやがったっ!」

 俺をギッチリと抱き締め、首に擦り寄りながら男が荒い呼吸と一緒に憤ったように吐き捨てた。

 俺を激しく求めているのが伝わって来る男の言葉に、俺の中にある色んな感情が溢れ出してドバっと涙が溢れてくる。

「あっ、あんたこそっ……! なんでっ……もっと早く迎えに来てくれなかったんだよっ……!?」

 俺は力の入らない手で男の背中をドンっと殴った。

「う、ぅうっ……な、何回もっ……!……ヒック……レっ……レイプされてっ……こ、怖かったのにっ……!!」

「ぁ゙あ゙あ゙っ!?」

 俺の言葉に男が驚いて怒気を放った。

 俺自身、なんでそんなことを言ったのか分からなかった。今まで一人で抑え込んでいた感情が一気に噴き出して止まらない。

「あんたがっ……まっ……まもってくれないからっ……!……お、おれっ……うぇっ……いッ……イタくてッ……キ、きもちっ……わるかったあぁぁ~~っ……!」

 男は、ボロボロと涙を流して泣きじゃくる俺の背中や頭をガシガシと力強く撫で回した。

「クッソっ……!……遅くなって悪かったなっ! もう、怖い思いはさせないっ!」

 男は俺を抱き上げて歩き出す。

 何処に移動しているのか、何処に連れて行かれているのか全然分からなかったけど、男の首に抱き着いたまま俺の中に溜まりに溜まった感情を吐き出していた。

 怖かった。痛かった。悔しかった。苦しかった。辛かった。悲しかった。情けなかった。虚しかった。


 ――――寂しかった……


 たぶん、この男にならどんなに甘えても良いと本能で解っていたんだと思う。

 ずっと、家族もなく独りだった。

 どんなに辛くて苦しいことがあっても、誰にも言うことが出来なかった。金がなくても、生活に困っても誰も助けてはくれない。独りぼっちの俺がレイプされたって、誰も本気で相手を怒ってはくれない。上辺だけの心配で、本気で心配してくれる人はいなかった。

 何回もレイプされたって、オメガだから仕方がないって、諦めろって言われた。性欲の解消が出来て、ちょうど良かったじゃないかって言われたこともある。どうせ、身体を売ってるんだろうって、オメガがレイプされたぐらいでグダグダ騒ぐなって……馬鹿にされて怒鳴られたこともあった。

 弱っているところを見せれば、直ぐに付け込まれて利用される。

 ずっと、安心出来る場所なんて何処にもなかった。


 でも、この男だけは違う。


 だって、この男は俺の運命の番で、俺だけを一番に考えてくれる俺だけのアルファだろ?


 あんた運命にまで裏切られたら、俺はこの先、どうやって生きて行けばいいのかわかんねぇよ……










しおりを挟む
感想 52

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

αが離してくれない

雪兎
BL
運命の番じゃないのに、αの彼は僕を離さない――。 Ωとして生まれた僕は、発情期を抑える薬を使いながら、普通の生活を目指していた。 でもある日、隣の席の無口なαが、僕の香りに気づいてしまって……。 これは、番じゃないふたりの、近すぎる距離で始まる、運命から少しはずれた恋の話。

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 8/16番外編出しました!!!!! 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭 3/6 2000❤️ありがとうございます😭 4/29 3000❤️ありがとうございます😭 8/13 4000❤️ありがとうございます😭

【運命】に捨てられ捨てたΩ

あまやどり
BL
「拓海さん、ごめんなさい」 秀也は白磁の肌を青く染め、瞼に陰影をつけている。 「お前が決めたことだろう、こっちはそれに従うさ」 秀也の安堵する声を聞きたくなく、逃げるように拓海は音を立ててカップを置いた。 【運命】に翻弄された両親を持ち、【運命】なんて言葉を信じなくなった医大生の拓海。大学で入学式が行われた日、「一目惚れしました」と眉目秀麗、頭脳明晰なインテリ眼鏡風な新入生、秀也に突然告白された。 なんと、彼は有名な大病院の院長の一人息子でαだった。 右往左往ありながらも番を前提に恋人となった二人。卒業後、二人の前に、秀也の幼馴染で元婚約者であるαの女が突然現れて……。 前から拓海を狙っていた先輩は傷ついた拓海を慰め、ここぞとばかりに自分と同居することを提案する。 ※オメガバース独自解釈です。合わない人は危険です。 縦読みを推奨します。

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

運命じゃない人

万里
BL
旭は、7年間連れ添った相手から突然別れを告げられる。「運命の番に出会ったんだ」と語る彼の言葉は、旭の心を深く傷つけた。積み重ねた日々も未来の約束も、その一言で崩れ去り、番を解消される。残された部屋には彼の痕跡はなく、孤独と喪失感だけが残った。 理解しようと努めるも、涙は止まらず、食事も眠りもままならない。やがて「番に捨てられたΩは死ぬ」という言葉が頭を支配し、旭は絶望の中で自らの手首を切る。意識が遠のき、次に目覚めたのは病院のベッドの上だった。

処理中です...