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マティーロ × ラムエル
5. 溢れる感情
しおりを挟むまだ遠いのにその姿を見た瞬間、身体の熱がぶわりと一気に温度を上げた。
俺のアルファだっ……!
背が高くて焦げ茶色のドレッドヘアを一つに束ね、褐色に日焼けした筋肉質な男が猛然と走って来る。
黒いTシャツの上に白いシャツを羽織り、焦げ茶色のチノパンを履いている。イタリアンマフィアみたいな男だった。
俺も男の元に駆け寄りたくて、恐怖とヒートで震える足をどうにか地面に着けたけど、膝も腰も力が入らなくて、その場に無様に転がった。
そんな情けない格好なのに、俺の目は男に釘付けだ。
グングンと近付いて来る男は転んだ俺を見て目を見開き、更にスピードを上げて走って来る。
いい匂いが俺の身体を包み込んで来て、今まで感じたことのない優しさと温かさに、俺はボロボロと涙を零した。
無意識に男に向かって手を伸ばす。涙でボヤけて、男の姿が見えない。それでも地面を這いながら必死に手を伸ばした。
側まで来た男が俺の上半身を抱き起こして、そのままギュウギュウに抱き締められる。俺も必死で抱き着いた。
堪らなくいい匂いが全身を包み込んで、恐怖心が薄れる。
全力で走って来た男は、ゼェゼェと荒い息を吐き出しながら俺の首筋に顔をグリグリと押し付けて来る。
俺も男の太い首筋に顔をグリグリ押し付けて、いい匂いをたっぷりと吸い込んだ。
「クソっ……今まで何処にいやがったっ!」
俺をギッチリと抱き締め、首に擦り寄りながら男が荒い呼吸と一緒に憤ったように吐き捨てた。
俺を激しく求めているのが伝わって来る男の言葉に、俺の中にある色んな感情が溢れ出してドバっと涙が溢れてくる。
「あっ、あんたこそっ……! なんでっ……もっと早く迎えに来てくれなかったんだよっ……!?」
俺は力の入らない手で男の背中をドンっと殴った。
「う、ぅうっ……な、何回もっ……!……ヒック……レっ……レイプされてっ……こ、怖かったのにっ……!!」
「ぁ゙あ゙あ゙っ!?」
俺の言葉に男が驚いて怒気を放った。
俺自身、なんでそんなことを言ったのか分からなかった。今まで一人で抑え込んでいた感情が一気に噴き出して止まらない。
「あんたがっ……まっ……まもってくれないからっ……!……お、おれっ……うぇっ……いッ……イタくてッ……キ、きもちっ……わるかったあぁぁ~~っ……!」
男は、ボロボロと涙を流して泣きじゃくる俺の背中や頭をガシガシと力強く撫で回した。
「クッソっ……!……遅くなって悪かったなっ! もう、怖い思いはさせないっ!」
男は俺を抱き上げて歩き出す。
何処に移動しているのか、何処に連れて行かれているのか全然分からなかったけど、男の首に抱き着いたまま俺の中に溜まりに溜まった感情を吐き出していた。
怖かった。痛かった。悔しかった。苦しかった。辛かった。悲しかった。情けなかった。虚しかった。
――――寂しかった……
たぶん、この男にならどんなに甘えても良いと本能で解っていたんだと思う。
ずっと、家族もなく独りだった。
どんなに辛くて苦しいことがあっても、誰にも言うことが出来なかった。金がなくても、生活に困っても誰も助けてはくれない。独りぼっちの俺がレイプされたって、誰も本気で相手を怒ってはくれない。上辺だけの心配で、本気で心配してくれる人はいなかった。
何回もレイプされたって、オメガだから仕方がないって、諦めろって言われた。性欲の解消が出来て、ちょうど良かったじゃないかって言われたこともある。どうせ、身体を売ってるんだろうって、オメガがレイプされたぐらいでグダグダ騒ぐなって……馬鹿にされて怒鳴られたこともあった。
弱っているところを見せれば、直ぐに付け込まれて利用される。
ずっと、安心出来る場所なんて何処にもなかった。
でも、この男だけは違う。
だって、この男は俺の運命の番で、俺だけを一番に考えてくれる俺だけのアルファだろ?
あんたにまで裏切られたら、俺はこの先、どうやって生きて行けばいいのかわかんねぇよ……
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