上 下
45 / 202

第45話

しおりを挟む
「お疲れ様でした」

 スライムの討伐クエスト達成したリゼに、アイリが優しく話し掛けた。

「ありがとうございます」
「……浮かない顔だけど、何かあった?」
「いいえ、なんでもありません」

 リゼは「ポイズンスライムと戦った」とは言えなかったからだ。
 しかも落ち込んでいる理由が、討伐出来なかったとは……。

「リゼちゃん。ポイズンスライムと戦ったんでしょう」
「えっ!」
「その表情は当たりのようね」
「……すいません」
「まぁ、無事ならいいよ。ただし、本当に危険だと思ったら、迷わず逃げてね」
「はい……」
「約束だからね!」
「はい」

 アイリはリゼがポイズンスライムか、アシッドスライムと戦うだろうと思っていた。
 スライム討伐をした冒険者の殆どは、自分の力を過剰に評価して、より上位の魔物を倒そうとする傾向が強いからだ。
 そもそも、スライムが弱いと思われているのは、熟練冒険者たちなら簡単に倒せるからだ。
 魔物討伐もろくにしたことのない冒険者であれば、決して弱い魔物ではない。
 何年かに一度だが、ポイズンスライムやアシッドスライムを討伐をしようとして、大怪我をする冒険者がいるし、討伐実習を行った学習院の生徒たちでも、大事な子供が怪我をしたと騒ぎ立てる親がいるので、目の届く範囲での安全な討伐しかしない。
 特に孤児部屋出身者は、より強くなりたいと思う気持ちが人一倍あるから、無茶な討伐をする傾向が強い。

 本来であれば、冒険者を管理するギルド職員のアイリからすれば、きつく叱るところだ。
 しかし、落ち込んでいるリゼを目の前に、アイリは厳しい言葉でなく、優しい言葉で注意をした。
 リゼであれば、分かってくれると信じていたからだ。

「引き続き、クエストを受注するの?」
「はい、そのつもりです」
「そう、頑張ってね」
「ありがとうございます」

 アイリに頭を下げて、リゼはクエストボードの前に走った。

 リゼはクエストボードを見ながら、アイリに叱られると思っていたので、少しだけ安心していた。
 しかし、アイリが悲しそうな目をしていたことが、頭から離れなかった。
 自分が死んでも悲しんでくれるのは誰もいないと思っている。
 いや、一人だけ。元両親の所にいる自分の担当使用人だ。
 しかし、彼女とも連絡を取ることは、もうない。
 リゼは改めて、自分が死んだら……と考える。
 もしかしたら、この街でかかわった人たちは悲しんでくれるのだろうか?
 そもそも、死と隣り合わせの冒険者なのだから、悲しむこと自体が間違いなのだろうか?
 リゼは頭の中で、色々なことを考えていた。

 そんなリゼの様子を受付からアイリは見ていた。
 強く叱ったつもりは無いが、もしかしたらリゼが落ち込んでいるのでは? と思ったからだ。

「冒険者とはいえ、まだ小さい女の子なんだよね……」

 無意識に独り言を口にする。
 決してリゼを、冒険者として見ていないということではない。
 心情的にどうしても割り切れないだけだ。

「なにをしんみりした顔をしているのよ。さぼっていないで、仕事してよ」
「あっ、ごめん」

 アイリはレベッカに謝ると、手元の書類に目を通し始めた。

「又、リゼちゃん?」
「……うん」
「前も言ったけど、深入りしすぎると……」
「うん、分かっている」

 アイリはレベッカの言葉を遮るように話した。
 レベッカに言われなくても、自分でも自覚があったからだ。

「心配してくれてありがとうね」
「まぁ、親友だからね」

 レベッカは笑う。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 夕刻。
 リゼはクエストを終えて、兎の宿へと足を進める。
 頭の中は、ポイズンスライムのことで一杯だった。
 あの時こうすればなど、考えてもきりがない。
 初めて魔物討伐をした感動よりも、ポイズンスライムを倒せなかった後悔の方が大きい。
 その気持ちにリゼは気付くことなく、ポイズンスライムの攻略を考えていた。

「よっ、リゼ!」

 名前を呼ばれた方を見ると、冒険者のシトルがいた。
 リゼはシトルが苦手だった。
 人見知りの自分と違い、遠慮なく話し掛けてきて失礼なことを平気で言う。
 よく、受付嬢のアイリやレベッカからも、冷やかな目で見られている。

「難しい顔してどうした? 悩みなら冒険者の俺が聞いてやるぞ?」
「……大丈夫です」
「またまた、遠慮せずに話せよ、聞いてやるから」

 リゼはシトルのこういうところが嫌いだった。

「本当に大丈夫です。別に悩んでいませんから」
「本当か? ヒック‼」
「……」

 シトルは、にやけながらリゼの顔を見る。シトルの息からアルコール臭がする。既にどこかで吞んでいたようだ。
 酔っ払い。元父親も、気に入らないことがあればエールを呑み、何かと理由をつけて自分や使用人に暴力を振るっていた。
 大勢で呑んでいるのを見ている分には、自分に被害が無いので楽だった。
 しかし対面になると、どうしても元父親のことを思い出してしまう。

「んっ、どうした?」

 シトルはリゼのことは、お構いなしに話し掛けてくる。
 リゼは、もう逃げるしか無いと思い、全力で逃げることを決意した。

「すっ、すいません!」
「おっ、おい!」

 リゼは早口でシトルに謝ると、その場から一目散に逃げ出す。
 呆気にとられたシトルは、リゼの後ろ姿を呆然と見ていた。

 当然、その様子は街の人々に見られていた。
 日頃の行いや、状況的にも誰もがシトルのせいで、リゼが逃げ出したのだと思った。

 シトルから逃げ出したリゼは、勢いよく兎の宿へと入る。
 あまりの勢いに、その場にいた者たちがリゼの方へ一斉に顔を向けた。

「何かあったのかい?」

 異変を感じたヴェロニカが、リゼの所に駆け寄り声を掛ける。

「いっ、いえ、何でもありません。驚かせて、すいませんでした」

 呼吸が整わない状態で、リゼはヴェロニカの問いに答えた。

「そうかい」

 ヴェロニカも深くは追求せずに、反転して受付へと戻って行く。
 リゼは呼吸を整えながら、ヴェロニカの後を追うように受付へと歩く。
 そして、今日のクエスト報酬から立て替えて貰った分を返済する。
 ヴェロニカは何も言わずに、リゼから手渡された銀貨を受け取った。
 受付に居たニコルにも頭を下げて、部屋へと戻ろうとすると食事をしていた冒険者の話が耳に入る。

「北にある山の麓で、新しい迷宮が発見されたらしいぞ」
「本当か! 規模にもよるがお宝が沢山あるんだろうな」
「だろうな。万年ランクBの俺たちじゃ、入ることも出来ないだろうな」
「まぁ、そうだろうな。新しい迷宮であれば、危険度も未知だからな。死にに行くようなものだろう」
「早く、大手のクランが攻略して情報を展開してくれれば、俺たちも入れるのにな」
「本当だな」

 リゼは男たちが話をしていた『迷宮』という言葉に興味を示す。
 迷宮であれば、魔物との遭遇も多い。その分、危険度は高くなるが討伐すれば素材などの売却も出来る。
 まずはランクBそして、迷宮探索。
 リゼは新たな目標を立てる。
 しかし、リゼは迷宮について、あまりにも知識が無かった。
 迷宮には単独で入ることは出来ない。
 最低でも、三人のパーティーが必要になる。
 これは、冒険者を死なせないギルドの方針だ。
 単独での魔物討伐を主にしているリゼは一生、迷宮に入ることが出来ないということを、この時点でのリゼは知らなかった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

孤児が皇后陛下と呼ばれるまで

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:796

規格外で転生した私の誤魔化しライフ 〜旅行マニアの異世界無双旅〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,572pt お気に入り:139

攻略対象5の俺が攻略対象1の婚約者になってました

BL / 完結 24h.ポイント:1,221pt お気に入り:2,625

マテリーストーリー

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

仲良しな天然双子は、王族に転生しても仲良しで最強です♪

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:688pt お気に入り:305

処理中です...