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Spring Season

第6投

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 四月某日 川口市営球場。
 人工芝の綺麗な球場だ。外野にはラッキーゾーンが設置され、奥のフェンスを越えなくともあそこを越えればホームランになる。
 土のグラウンドに比べると芝のグラウンドは、イレギュラーが少ないこともあり打たせて取るピッチングスタイルのりかこに有利な環境だ。
 しかし、相手チームの予想に反しマウンドに上がったのは咲坂久留実だった。
 昨日サプライズで先発を宣告されてから急ピッチでサインプレーや牽制のブロックサインを覚えたため、ぶっつけ本番の出たとこ勝負は否めない。
 行けるところまで行く作戦だ。
 その背景には秋季リーグで連投したりかこの負担を少しでも減らす目的もあるらしいが、久留実はいきなりの試合に緊張で小刻みに震えていた。
「昨日も言ったように港経大のピッチャー西口は、ストレートよりもゆるい変化球でコーナーをつく軟投派のピッチャーです。緩い変化球は一拍ためてひきつけて逆方向に打てば大丈夫だよ」
 そんな状況の久留美を置き去りに整列前の円陣で真咲の激が飛ぶ。
 審判たちがお互いに挨拶を終えた。
「くるみちゃん。三振ばんばんよろしく」
 整列準備で横に並んでいるとき隣のあんこが背中を叩いて言った。その拍子にもどしかけたがなんとか堪える。
 「集合」のかけ声と共に両チームが向かい合いキャプテン同士が握手を交わして健闘を称えあう。
 お互いに礼を交わして勢いよく自陣ベンチに戻る。
 電光掲示板にスターティングメンバーが発表されるとバックネット裏に陣取った各大学の偵察にきていた選手たちがざわつき始める。
 
 光栄大学
一番センター    新庄
二番セカンド    安城
三番ショート    佐藤
四番キャッチャー  早乙女
五番レフト     織部
六番サード     鈴木
七番ファースト   立花
八番ピッチャー   咲坂
九番ライト     堀越

 データのない選手が二人もスタメンで、絶対的エースのりかこが先発ではないからだ。
「なんだよ、久留美。緊張してんの? じゃあ初々しい久留美ちゃんのために先制点をプレゼントしちゃおうかな~」
 そう言って久留美の頭をポンと叩いた詩音は笑いながらゆっくりと打席に向かう。
「詩音さん、先頭出塁お願いします」
 久留実がそう言うと肩に乗せたバットを少し上げて左打席に入った。
 主審の腕が上がる。
「プレイ!」
 光栄大学にとって負けられない初戦が始まった。
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