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Spring Season

第12投

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 シートノックはいつもオールファースト七本。ゲッツー五本でまわす。その間外野手はフェンスに当たって跳ね返ったクッションボールの処理や背走の練習をしている。久留実はファーストゴロの時のベースカバーの連携とバント処理の練習をした。正直言えば守備は苦手だ。バッターとの勝負は目をつぶって全力で腕をふればなんとかなるが守備はそうもいかない。ピッチャーは五人目の野手と言うけれど、投げるだけで精いっぱいなのにこれ以上難しいことはやりたくなかった。
「ちょっと動き遅すぎそんなんじゃふたつ殺せないでしょ」
 セカンドをグラブで指すりかこに急かされて足がふらつく。久留実に比べるとりかこのフィールディングはキレッキレだ。ボールを捕ってからが早いし正確なコントロールを見せる。
 内野ノックを終えると外野ノックが始まる。ここでノッカーが翔子からキャッチャーの真咲にバトンタッチする。真咲は高々と左中間にボールが飛ばした。レフトを守る雅が捕球してセカンドに送球する。ゴロ、フライを一本ずつ受けると次はサードに送球する、最後にバックホームというわけだ。
 ノックが終わると野手は素振りが始まる。時間がない中で三百振り終わるにはハイスピードで振らなければならない。みんな一度も休まず振りまくる光景を見るとピッチャーでよかったとつくづく思う。
 朝練が終わると部室代わりに使ってる小屋に行き急いで着替えて電車に乗った。三年生は二限からの講義だが一、二年生は一限がある選手がほとんどで特に一年生は必修科目だから遅刻するわけにはいかなかった。あと部室は大学にしっかりしたやつがあるから心配しないで欲しい。しかし朝練後の講義がこんなに眠いとは思いもしなかった。大学の講義は九十分もあるから退屈でしかたない。携帯をいじる学生やテーブルに突っ伏して寝てる学生(隣に座るあんこ)がいる中で久留実は眠気と必死に戦っていた。しかし眠気というものは我慢すればするほど牙を向けて襲ってくるもので何度か意識がとんだ。ノートをとるとか、話を聞くとかそんな余裕はなくただ眠気と戦っただけで講義を終えてしまった。

 いつもの河川敷のグラウンド、三限のスポーツビジネス論が休校になりお互い二限で講義が終わったため他のメンバーより早く到着したのだ。
 慶凛大に勝つための作戦としてまずしつこいくらいの挑発に乗らないことだとりかこは言う。
「いいあいつらは中傷的な言葉でこっちのペース乱してくる意地汚い連中なのよ。だからこっちが逆手に取ってやるの」
「と言うと?」
「これよ」
 りかこは硬球の縫い目に指をかけストレートの握りを見せた。そして指一本分右にずらせて中指と薬指で縫い目にかけた。
「この握り方でストレートと同じように腕を振れば力が指に入らない分スピードが落ちて打者のタイミングをずらすことが出来る。打ち気満々の慶凛大には有効的な武器になるわ」
「つまり……チェンジアップですか」
「そぉね。まぁさっそく投げてみなさい」
 どこに売っていたのか? 左用のキャッチャーミットをパンパン鳴らしブルペンで構えるりかこは未知なる一投を待っている。久留実はとりあえず言われた通り思いっきり腕を振って投げてみたがボールは明後日の方向へ勢いよく放たれブルペンを越え川にポチャリン。すぐさまりかこがとんできて頭をポカリン。
「ふざけてんの。新球一個いくらすると思ってんの!」
「す、すいません。ほんとすいません。私不器用で変化球とか投げたことなくてとういうか投げれないんです。りかこさんには簡単でも私には難しいんです」
「ただ腕振るだけじゃない。これが出来ないでどうすんの」
「どうしましょう」
 頭を抱えるりかこは計画が狂ったと地団駄を踏んで空を仰ぐ。
「なにやってんですかりかこさん」
 ユニフォームの姿でグラウンドに現れたのはあんこだった。
 そういえばあんこも三限同じだったな。
「咲坂に変化球を伝授してんの」
 へぇ~と頷いて目を輝かせる。
「くるみちゃんのストレートに変化球が加われば無敵だね」
 無邪気に笑うあんこは人の気も知らないではしゃぎだす。二人をからかうように先ほどの出来事を教える。さすがにいい気はしない。
「あたしもためしに投げてみたいなぁ」
「あんたに投げられるの?」
 りかこはポケットから新しいボールを手渡すと握りを教えた。久留実の時より要点を省いてただ投げなさいというだけだった。さすがにこれだけで投げられるわけがないと思っていたがあんこは難なくブレーキのかかったチェンジアップを投げてしまった。しかも投球フォームも教科書のお手本のように綺麗なフォームで二人を驚かせた。
「こんな感じかな」
 首を傾げるあんこに怪訝そうに睨むりかこ。ピッチャーのプライドをかち割られた久留実。
「咲坂。こういうやつが稀にいるのよ。なんでも出来ちゃうやつ、だから……気にしないで」
 その優しさが心にぐさりとささる。せめて嫌味を言って欲しかったと切実に思う。
「もうピッチャー辞めようかな」
「それは困るよ」
 リクルートスーツを身にまとい颯爽と登場したのはただいま絶賛就職活動中の真咲だった。
「真咲さん就活は済みましたか?」
 りかこの質問に親指を立てて応える。どうやら順調らしい。
「たいぶ難航ちているようだね」
「そうなんですこの娘、意外に要領悪くて」
「ひどーいりかこさん、久留美ちゃんはなんでも努力すれば出来る娘なんです。ただ人より時間がかかるだけです」
 お前が一番ひどいよとあんこを横目でけん制したが彼女に悪気はないし、事実を言っただけだから怒りの矛先を向けようがない。
「くるみちゃんにはあの秘球があるじゃない」
 真咲が思い出したようにいうとあんこは興味心身で「なになに」と尋ねてきた。はてそんなものあったっけ?
「ピンときてないね。ほら一昨日の練習終わりに美雨とソヒィーと三人でジュースをかけたミニゲームやってたじゃない」
 そういえば一昨日の練習後に上級生たちと帰りのジュースをかけたボール入れゲームをしていた。ひとり持ち球十球でホームベース上に置いてあるかごにマウンドから投げて何球はいるかを競うという内容だ。かごに入れるためには高い位置から落として入れるしかない。つまりこのゲームの必勝法は正確な山なりボールを投げることだった。簡単そうに見えるがこれが意外に難しい。力のさじ加減が慣れるまで検討がつかないところにボールがいってしまう為、十球の中でいかに感覚を掴むかが勝負の分かれ目になる。
「私が見たところ美雨が二球、ソヒィーが三球、くるみちゃんが七球入ったよね」
「はい、昔おじいちゃんにコントロールの練習法といわれてマウンドから山なりボールをストライクに投げる練習をしていたものですから割と早く感覚が掴めたんです」
 りかこは閃いたように久留実の肩を掴みそのまま揺らした。
「それは使えるかもしれない」
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