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Spring Season

第13投

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「おいおい先発三橋じゃないの、ルーキーに任せられるの光栄大」
「うちもなめられたものね」
「この回でお終いにしてやろう。新人はさっさとひきずり下ろすよ」
 試合開始前の挨拶が終わって、光栄大のナインが守備についたところでさっそく慶凛大のベンチ、スタンドに野次られる。
 それにしてもスタンドに三十人くらいの部員がいるなんて選手層厚いな。
 マウンドに上がる久留美の背中をポンと叩いた真咲が親指を立てる。
「気にしない、気にしない。咲坂の後ろにはほら力強いみんなが守ってるから」
 そうは言っても気にしてしまう。慶凛大学の野次は実に品がない。なんかもう悪口だよね。
「あんた今日は私が内野にいるんだから、なじられたくなければ抑えなさい」
 りかこがファーストから激を飛ばす。今日の光栄大学のオーダーは少し変わっていた。

 光栄大学              
一番ショート 佐藤
二番セカンド 安城
三番センター 新庄
四番キャッチャー 早乙女
五番ファースト 三橋
六番レフト 織部
七番サード 鈴木
八番ピッチャー 咲坂
九番ライト 堀越

慶凛大学
一番サード 前田
二番ライト 望月
三番ファースト 志水
四番ピッチャー 鳴滝
五番ショート 野宮
六番セカンド 江口
七番レフト 長谷川
八番センター 谷藤
九番キャッチャー 大宮

 一番にソヒィーを持ってきて相手エースの三振スタートを確実に防ぐ。更に久留実のサポート役でファーストにりかこを置いて精神面をカバーする。対慶凛大戦用攻撃的オーダーだった。
 サイレンと共にベンチからの野次もひどくなる。
 久留美はサインに頷く。
 初球はもう決まっていた。
 投球フォームは変わらず直前までそのまま、体重を前に移動させて高く上げた足が地面についたその瞬間私は手首に意識を入れる。腕の振りはストレートの時と比べて若干遅く投げた。ボールは空高く舞い上がり、ほとんど回転のないままゆっくりとホームベースをかすめて真咲のミットに吸い込まれる。
 高々と球審の腕が上がり一瞬慶凛大のベンチが静まる。

「ナイスボール」
 真咲が勢いよくボールを投げ返す。
 ハエが止まるほど回転がゆっくりで、頭の上から落ちてくるスローボール。
 一番驚いていたのはバッターだ。目線を少し上げて久留美が投げたボールの軌跡を眺めている。
「前田~なめられてんじゃん。そんなふざけた球打ち返せよ」
 静まりかえったベンチがまたうるさくなってきてすぐに投球モーションに入った。
「こいつまた」
 スローボールを続ける久留実にバッターは鬼の形相で打ちにいくがタイミングが合わず空振り、追い込んだ。
「久留美ちゃーん決めちゃえ」
 あんこの声に驚いて言われるがまま腕を振り下ろす。
 バシィィィィィィィィ。
 目を開ける、 
 アウトローにピタリと吸い込まれたストレートにバッターは見送った。審判の腕が上がっていた。
 見逃し三振。
 よっしゃぁ。
 耳栓をしていても聴こえてくる光栄ナインの雄たけび。
 その後も私はハエどまりスローボールとストレートを混ぜて打者を翻弄初回を三者三振に切ってみせた。
「一巡目はこの調子でいくよ」
ベンチに戻り久留美はさっそく真咲と秘球を投げたときの感覚の良し悪しを確認をして次のバッターの初球の入りの打ち合わせをする。
 野手は円陣もそこそこに今日一番に入るソヒィーに声援を送っていた。
「く~ちゃんよく見てなさい慶凛大学のピッチャー鳴滝のピッチングを」
 美雨が真剣な眼差しでマウンドを指差す。
 右投げ。身長は女子選手にしては高く一七〇センチほどで髪の毛をまとめて結っているのか帽子が少し浮いていた、
ユニフォームの上からでも分かる大きな胸にがっちり(むっちり?)としたお尻。よく見ると化粧もしている。雰囲気からしてエロい感じのお姉さんという印象だった。
「気に食わないわ、みかこのやつ化粧なんかしてピッチャーをなんだと思ってんの」
 りかこがぴりぴりし始めた。
 二人の間にどんな確執があったのか久留美は知らないがなんとなくかみ合わないのは分かる。
「みかここっちも三振スタートだよ」
「ぶっちぎれ」
 鳴滝は内野陣にピースサインするとゆっくり振りかぶった。
 足を振り上げたときに腰を曲げ膝が大きな胸にあたる。まるでメジャーリーガーのようだ。一呼吸おくと、軸足の膝が折れ上体が低くなった。そのまま足が地面につくと腕を勢いよく振り下ろす。
 低い。そう思いソヒィーはバットを止めた。
「ストライク!」
 低めいっぱいのストライクの判定にソヒィーはこちらを向いて人指しを上げる。
 すごい伸びだ。
「スピードは久留美の方が速いが球の回転数は鳴滝の方が多い」
 詩音がつぶやく。たしかにすごい伸びだった。
 ソヒィーは二球目、三球目をファールにして粘りを見せる。鳴滝はキャッチャーのサインに一度首を振るとにやりと笑って四球目を投げた。
 コースは真ん中。ソヒィーのスイングの軌道は完全にとらえたがボールはバッターの手元でグワンと変化しバットを避けるように斜めに落ちた。
 ソヒィーのバットが空を切る。ここからでもわかるほど大きな落差だ。
「去年よりさらにキレを増してる」
 真咲は深刻な顔で言った。
 あの球はいったい?
「シンカーよ。しかもストレートと変わらないスピードで変化する高速シンカー」
 りかこはマウンドを睨む。
 すると鳴滝もこちらのベンチに視線を向けてグローブを前に突き出す。
「今からあなたたちが味合うのは圧倒的な屈辱と歴史的大敗だ。なめてかかると完全試合喰らうわよ光栄大学!!」
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