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Spring Season

第19投

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ゲームセット。

「ただ今の試合5対2をもちまして光栄大学の勝利となりました」
 アナウンスが流れ観客席から両チームに拍手が贈られた。整列を済ましてベンチに戻るとようやく勝利をかみしめてみんなと抱き合ったり握手をしたりハイタッチを交わした。
「ほらぐずぐすしないで! はやく撤収するわよ」
 りかこの怒号が響きすぐに二試合目の東京国際学院大学がベンチに入ってきた。
「光栄さん勝ったね、おめでとう」
 真咲に声をかけたのは、東京国際学院大学のキャプテン虹村博美だ。ユニフォームには東京国際学院大学の頭文字をとった【TIU】のエンブレムが装飾されている。
「ありがとうございます。ちなみに今年は十分に優勝を狙えるレベルですよ。もちろんベストナインも」
「そう、それは楽しみにしてるよ。早乙女さん」
「はい、虹村さん」
 二人のにこやかな会話は違和感だらけだった。
 なんというか、胸筋を緩ませているだけで目は笑ってない。 
「相変わらず喰えない女ですね、虹村は」
 すれ違いざまにりかこが真咲につぶやいた。すると真咲は笑って「彼女は国際のブレインだからちかたないよ。国際が優勝には届かないものの、リーグ二強を揺るがないものにちているのは、彼女の功績が大きい」
 真咲が虹村の実力を認めているには訳がある。彼女は去年の秋季リーグのキャッチャー部門でベストナインに選出されているのだ。女子大学リーグにはシーズン事にベストナインやタイトルを特集する記事があり、選ばれた各選手に異名がつく風習があるらしい。国際大のブレインは秋季リーグで呼ばれだした虹村の異名だ。真咲の鳴滝キラーもそれにあたる。タイトルを逃したものの秋季に最多奪三振を獲得した鳴滝がインタビューで各大学の四番打者で唯一打ち込まれた悔しさを喋ったことから名付けられた説もあるという。
 ちなみに虹村率いる国際大は上位二チームが出場できる秋季リーグ戦で関東大会に出場を果たし、全国大会には行けなかったものの関東の猛者と健闘しチームをベスト8に導いた。
 久留美たちはベンチをはけ外に出るとすぐに明日の試合のミーティングを始めた。
 

 慶凛大との第二回戦は午後二時プレイボールだった。というのも午前中の東京国際学院大学と駿台大学の試合が延長に入ったためだった。
 延長タイブレークの末、東京国際学院大学が辛くも勝利し勝ち点をとっていた。

 先攻の光栄大は初回に二点を先制するも先発のりかこが連打をくらい逆転された。
 昨日とは打って変わって乱打戦になる。
 五回終わって七対八。一点を追いかける光栄大は六回、詩音のタイムリーヒットと真咲のランニングホームランで三点をとり逆転した。
 この試合スタメンでただ一人ヒットを打っていないのは雅だけで相手の緩い変化球に全くタイミングがあわない。
 裏の守備でこの試合初めて0点で抑えたりかこは心身ともに疲れ切っていて、ネクストバッターにも関わらず濡れタオルを頭にのせベンチにもたれている。
 そもそも打たせて取るが信条のりかこがなぜこんな試合展開になるまで点を取られたかというと電光掲示板のEの下を見てもらえばわかるが7と表示されている。
 そう光栄大の守備陣の崩壊がこの現状を作ってしまったのだ。ゴロを打たせればファンブルし捕球したと思えば暴投。外野フライは落球。少しドライブ回転がかかったライナーに目測を誤り長打。
 いつもならチョンボした選手に不機嫌になり、人一倍怒るりかこが全く口を開かず、にやにやしながらマウンドに大人しくいる。
 その姿にただならぬ危険を感じた野手人は死に物狂いで打ちまくった。
 最終回。
 ワンアウトから出塁を許すも続く三番志水を6ー4ー3のダブルプレーに抑えてゲームセット。
 
 10対8。
 辛くも光栄大の勝利で試合は終った。七回で二時間半もかかったこの試合。ふと観客席を見るとがらがらになっている。
 何はともあれこれで勝ち点2。順位も創世大学と同率首位にたっていた。
「この試合で私に言いたいことがある人ベンチ裏の控室集合~」
 りかこの声で静まり返るベンチ。
 すると当事者たちがそろそろと控室に向かっていく。順番に美雨、雅、ソヒィー、眞子、そしてあんこ。
「おいおい、久留美今そっちにいかないほうがいいぞぉ」
 詩音にそう忠告されたがりかこにアイシングを持ってくるよう頼まれていたので無視するわけもいかず、
 久留美は恐る恐る控室を覗くと腕を組み不敵に笑うりかこを前に五人は正座をしていた。
 異様な空気が立ち込める。
「すみませんでした。ほんとにすみませんでした!!」
 久留美は人生で初めて生土下座を目の当たりにした。それはとても綺麗な土下座だった。
「私はあなたたちにはほとほと呆れました」
 りかこがいうと美雨が頭を上げる。
「まぁまぁ、ぷんこ。私たちもやばいと思って打ったしとりあえず勝ったんだし」
「はぁ(怒)」
「りかこさんすいません」
 美雨はすぐに頭を下げると今度は雅が反論した。
「勝てばいいじゃん、リーグ戦は」
「一打席目ボール球に手を出してサードゴロ、二打席目変化球になすすべもなく三振。三打席目……」
 りかこは雅に顔を近づけると耳元で今日の雅の全打席の凡退の内容を事細かにささやいた。
 すると雅はおでこを床にこすりつけるほど落胆してしまった。雅にはエラーした事実より打てなかったことを指摘するほうが精神的ダメージを受けることりかこは知っていた。
「ソヒィー、前に出る緩いゴロを素手でとりにいくな、グラブを使えメジャーリーグじゃないのよ」
「眞子はエラーした後下向くな、ごめんとかなんか喋りなさい」
「あんこはプレーが雑、それで何個ゲッツーが取れなかったと思ってんの」
 といったようにりかこの説教が続き終わるころには陽も暮れかかっていた。ようやく外に出てきた五人はみっちりしごかれた様子で、
 美雨はやつれ果て雅はまだ立ち直れずにいる。ブラジル出身、日系三世の陽気なソヒィーですらラテン系の明るさが失われ先ほどから遠くを見つめている。
 眞子は音もたてずに泣いてる。しかしあんこだけはけろっとした顔つきで泣いている眞子を慰めていた。
 最後にでてきたりかこの満面の笑顔にお説教を免れたメンバーの顔が引きつる。
 恐るべしりかこさん。
「と、とりあえずこれで首位にたった。次の創世大戦の前に空き週をはさむから来週は全員で創世大の偵察にいこう」
 真咲はミーティングでそういうと全員承諾して解散した。

 
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