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Spring Season

第22投

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 ――今私たちは東京にいる。
 一塁側ブルペンからレフトの上空を見上げれば羽田空港から飛び立つジャンボジェットが見えた。ここは大田スタジアム。高校野球の会場にもなるこの球場はとても綺麗な人工芝で両翼九十.七メートル。中堅百二十二メートルもある大きな球場だ。(今回はラッキーゾーンがあるから実際はもっと距離は短い)マウンドは高くこのリーグで使用する球場の中で一番投げやすいと教えてもらった。
 首都リーグもこの球場を使用するためこのリーグは多く使用できないがそれでも多くの選手は満足だった。
 しかも今日はスピードガンが電光掲示板に表示されるためピッチャーのテンションが上がる。
 ただ一人を除いては。
「久留美さんラストです」
 ブルペンキャッチャーを買って出てくれた二年生の希がシートノックの様子を見て伝えてくれた。
 久留美は真咲にブルペンでは七割弱の力で調整しておいてという忠告を破りラストのボールを思いっきり腕振って投げた。
「きゃっ」
 希は思わず身体をひるがえし避ける。
 ドン!! 
 後ろの壁にあたったボールはそのまま久留美のところまで跳ね返ってきた。
「びっくりしたぁ。めっちゃ速かったですよ。いまの」
「すみません。舞い上がってしまって……」
 希は気にしないでと言ってミットをパンと鳴らしベンチに戻ろうと言った。ちょうどシートノックも内野のバックホームをやっていた。
「希さん」
「どうしたの?」
「本来ならシートノックを受けているのに私の調整に付き合わせてしまってすみません」
「そんなことないですよ。私が好きでやったことだし、ほら私って教育学部で実習が多くてなかなかチームに貢献できないから」
「そんなことないです。希さんはチーム一守備の練習をしていますし最終回の守備固めなんかはピッチャーとしても安心しますよ」
 あんこがセカンドを守ってから希の出番は確実に少なくなった。ここまでの試合いずれも出場機会はおもに第二回戦の守備で打席には立っていない。
 野球に限らずチームスポーツは残酷だ。
 どんなに頑張っていても試合に出場する人数は決まっているから活躍する選手の陰で何十人もの選手がやるせない思いを抱えている。
 リトルリーグ時代はじめてエース番号をもらった時、おじいちゃんに「久留美が努力して勝ち取ったその背番号1はただの布切れじゃない。選ばれなかった人の思いを無下にしなさんな」と言われたことを思い出した。
 ありがとうと言って希はベンチに戻っていった。久留美はブルペンのマウンドを軽くならすと急いでベンチに向かった。
「いよいよ王者との対戦、みんなは調子はどう?」
 ベンチ前でエンジンを組んで真咲はみんなに問いかける。
「今期は絶対ベストナインをとるぞ! 中島に勝つ!」
「柊の奴、最近テレビの露出が増えて調子乗ってるから、ここでその鼻を明かしてやるわ」
「ホームラン打つだけ」
 みんな口々に思いのたけを言った後に整列して審判の集合を待つ創世大の選手を見た。隣の芝は青く見えるということわざみたく強敵に見える。無言のプレッシャーだ。
 集合!
 両チーム掛け声とともにホームベースをはさみ相まみえた。
 創世大学対光栄大学の試合を始めます。礼。
 観客席の拍手の音と創世大の応援の太鼓の音が鳴り響き久留美は先発ピッチャーとしてまっさらなマウンドに立った。
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