太陽のマウンド ～勇気を出して一歩踏みだせば理想のエースになれるかも～

Summer Camp

第37投

　夏休みが始まって最初のオープン戦は久留実たちのリーグ戦でも頻繁に使用する。岩槻区の野球場を借りて行われた。神奈川リーグは今春神奈川リーグを制した横浜大学、神奈川商科大学などが有名である。相手の先発ピッチャーは右のスリークォーターでブルペンからの投球練習を見る限りスライダーを中心に投球をしてきそうだった。
　光栄大学は先発ピッチャーをりかこ。キャッチャー翔子のバッテリー。打撃好調のあんこが二番に打順を上げている。
「久留美はこっち」
　菜穂は久留実に登板する予定はないと伝えると自分の隣に座らせる。
「ブルペンとか行かなくていいから、試合の流れを見てなさい」
　久留美はこくりと頷いたが、菜穂の狙いが分からなかった。
　審判がプレイボールを宣言する。
　後攻の光栄大学がまず守備についた。先頭バッターは小柄で足の速そうな左バッターだ。ランナーがいないのにバッターボックスの後ろまで下がり構えていた。
　りかこは初球セオリー通りのアウトコース低めいっぱいにスライダー投げ込んだ。その瞬間バッターはバッターボックスの最後方から走り出したのだ。
　そしてトスバッティングのようにバットをボールに当てるとそのまま一塁に向かって走り出した。スタートが遅れたサードの眞子は慌ててボールを捕りに行く。
「間に合わない見送れ」
　翔子の声に眞子は足を止めた。しかし無情にも三塁線の内側でボールが止まり内野安打となる。
「なんつー打撃、まるでソフトボールね」
「りかこ今のは仕方ない切り替えて」
　翔子の声かけにりかこは頷くと次のバッターに集中した。一塁ランナーは挑発するようにリードを大きくとり、りかこは何度もけん制を入れる。しかしランナーはリード幅を変えようとしないどころか先ほどより一歩大きくリードをとる。
「高野走れるぞ！」
　相手ベンチの声にりかこは神経質に反応していた。
　二番バッターはバントの構えをしていたがランナーが気になるりかこは落ち着かず一度プレートを外し、またプレートを踏んで翔子からのサインを見る。
　一度首を振り頷く。内角高めのスライダー。右バッターが一番バントしにくいコースだ。
　しかし二番バッターは簡単にサードに転がしてランナーを進める。
　ワンアウト二塁。
　サインをマウンドから見てまた首を振るりかこ。選んだボールは外に逃げるシュート。バッターの踏み込んだ左足が地面について快音が響く。打球は一、二塁間を抜けた。
「美雨！」
　翔子は叫んだか美雨のバックホームもかなわずたった三球で一点を失った。
「りかこは意図的にストレートを投げないつもりね」
　菜穂はつぶやいた。
「先生本当にブルペンで準備しなくていいんですか？」
「ええ、この試合はりかこには最後まで行ってもらう。何点取られようと投げ切ってもらうわ」
　まっすぐにマウンドを見つめる。りかこは顔をしかめて汗をぬぐった。
　　
「センターバック！」
　翔子の声がこだまする。ここで頭を越されたら試合が終わってしまう。
「こんにゃろう」
　センターの詩音が懸命に背走しながらグラブを伸ばす。後ろを向きながらグラブを高く上げた。
　グラブのポケットの中にはしっかりボールが入っていた。打者一巡の猛攻の末、四点を失ったマウンドを降りるりかこはすでに肩で息をしていた。
「まだ初回だ。ここから巻き返せる一点でも多く打ってかえそう」
　ベンチ前で円陣を組み真咲の檄が飛ぶ。
　一番打者の詩音はりかこを少しでも休ませるために初球打ちをせずタイミングを計って見送った。相手バッテリーはそれを予測していたかのように簡単にストライクをとってきた。ツーストライクまで手を出す気がない詩音の様子を悟り、二球目も変化球でカウントをかせぐ。
　三球目に投げてきたのはスライダー、ストライクからストライクになる横滑りのスライダーを詩音はなめるなと言わんばかりにジャストミートした。打球はピッチャーの股間を抜けセンター前へ。
　二番のあんこへの菜穂のサインは打てだ。通常なら送りバントの場面だが四点差もある。手堅くいく必要はない。
　相手のピッチャーは一塁ランナーの詩音を見ようともしない。走らないと決めつけているようだ。あんこへの初球は外に逃げるスライダー。しかしコースはあまり厳しくない。ボール一個分曲がり切らなかった失投とだれもがそう思った。あんこも当然絶好球を見逃さない。綺麗にバットを振りぬいていた。
　逆らわず右へあんこの巧みなバットコントロールで一、二塁間を抜けると思われたがセカンドの選手が定位置より少し一、二塁間を詰めていたために打球に追いついたのだ。
　ダブルプレーになる。そう感じた詩音はセカンドベースへのスライディングを遅らせてボールを受けるショートの選手の送球を塁審に妨害をとられない程度に邪魔をした。しかしそんな小細工が通用する相手ではなかった。いとも簡単にファーストに送球すると何事もなかったようにダブルプレーを成立させた。
　三番のソヒィーが出塁するも四番の真咲が凡退に終わり、得点には至らない。

　二回、三回と小刻みに点を取られ光栄大は出塁こそするもののあと一歩のところで点が奪えない。イニングを進めるうちに安打数は変わらなくなるもののチャンスをものにできずにいた。特に五番に座る雅がブレーキになっていた。
　一打席目にレフトオーバーのスリーベースをかっ飛ばしたが二、三打席目に満塁のビッグチャンスを凡打しダブルプレーを喰らった。
　完全に配球にやられていたが、追い込まれてもホームランを狙ったスイングは変わらない。

　最終回。得点差は八点まで開いていた。最後のバッターは皮肉にもピッチャーのりかこ。
　相手ピッチャーは初回と変わらないテンポで余裕をもって投げ込んでくる。
　ストライク。アウト！　
　完敗だった。
　整列が終わるとベンチに前に集合する。菜穂は全員の顔を見回した後。口を開いた。
「まずは受け入れなさい。これがいまのあなたたちの現状です」
　菜穂は怒るわけでもなく呆れるわけでも諭すように静かな口調だった。
「ベンチから見てても皆さんのプレーは悪くはありませんでした。しかしそれでは関東大会クラスでさえ通用しないことが分かったと思います。だから私からあえてなにも言いません」
　菜穂のミーティングはそれだけだった。
　選手だけのミーティングが始まる。
「みんなごめん。この敗戦は私のせいだ、こんなに打たれて情けない」
　りかこの謝罪から始まったミーティングは重苦しい空気が流れた。
　センターの奥のバックスクリーンの上の電光掲示板。エラーは一つもなくフォアボールもなかった。
「安打九本も打って得点なしは打者の責任でもある八人も残塁させた私に問題がある」
　雅はりかこをかばうように静かに言った。併殺が五回もあっては勝てるはずもない。
「力の差は歴然。この試合で他リーグとの力の差を十分に感じた。特に打撃はチャンスで一本打てるようにしないと勝てない。課題は山のようにあるこの夏までにクリアにしていこう」
　真咲はミーティングの内容をまとめ菜穂に伝えるともう一度集合する。
「明日は千葉リーグ二位の情報大学とオープン戦を入れておいたから今日自分自身が感じた課題を意識して実践するように、あと明日の先発バッテリーは久留美真咲。あんこがサードでセカンドに希ね」
　夏の連戦は続く。久留実は久しぶりのマウンドが遠く感じた。