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Summer Camp

第40投

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 2人の出会いは、中学生一年生の春だった。
 埼玉県で女子選手も受け入れている栄西シニアに投手として入団した香坂遥はブルペンで咲坂久留美のボールを間近で見た時、衝撃を受けた。
 同年代の男子よりストレートが速く。しかも手元で変化する癖のあるボールは、捕球が難しく先輩キャッチャーの親指をことごとく突き指にしていた。
 それから久留美がマウンドで脚光を浴びるまで時間は掛からなかった。
 マドンナジャパンが世界大会で優勝したことがきっかけで、女子野球の人気が高まっていたこともあって連日のようにメディアが久留美目当てでグラウンドに押し入ってくる。
 しかし、少なからず女子選手の圧倒的な才能に嫉妬を覚えた一部の男子部員に巧妙な嫌がらせを受けていたのも事実だ。
 女子のくせに生意気だとか、女子は軟式野球でもやってろとか。そう言った言葉が聞こえるたびにマウンドで躍動する姿は圧巻だった。
 だからこそ二年生になってから彼女がマウンドに上がるたびに味方選手のプレーが怠慢になることを遥は許せなかった。
 一年で体格が大きく成長する男子は、少しずつ久留美のストレートにも力負けしなくなって、真っ向勝負ができないもどかしさから涙を流す日々が増える。
「わたしがくるみちゃんを勝たせるよ。二人だけで勝とう」
 誰もいなくなったマウンドで唇を噛みしめながらシャドーピッチングしていた久留美にそっと近寄って言った。



「意外だった。まさかこんなところでくるみちゃんに会えるなんて」
 二人は書店を出て近くの喫茶店に入った。レトロな雰囲気で静かな音楽が流れこれでパンケーキでも頼めばインスタ映え間違いないのだがあいにく持ち合わせが足りずにコーヒーを一杯頼んだ。
「私も会えるなんて、全国大会おしかったね」
「うん、点差以上に力の差を感じたよ」
 創世大の選手は全国大会出場のご褒美で二週間のオフをもらったこと、全国大会で対戦したチームのこと、結局野球の話しばかりだった。
「はるかちゃん、イップスなんだね」
 遥は深く頷きため息をついたあと絞り出すような声で言う。
「正義さんって度が過ぎるほどの完璧主義者で、食事とかもストイックすぎて一切外食とかしないんだぁ。おまけに毎日実業団やプロのスカウトがくるでしょ。ブルペンなんかすごい緊張感で、私なんかもうびくびくしながら捕ってるのよ。返球一つでもそれるものなら柊さんの顔つき変わりますからね。おかげでホームからマウンドまでの距離の力加減が分からなくなって……」
「はるかちゃんでもそんなことあるんだね」
「うん、まぁだれでも久留美ちゃんもそうなんでしょ」 
「いや、どうかなアハハ」
 探りをいれるような話し方に身構えながら久留美はあなたがとどめを刺したからだ、とは言えなかった。
 喫茶店をでて外に出るともうすっかり陽も暮れて街頭に明かりが灯っていた。
「はるかちゃん、私たちまた昔みたいに戻れるよね?」
「……それは久留実ちゃん次第だと思う。それじゃあ秋の大会で」
 見送る久留実は時間を確認すると早足で駅に向かった。
 

 
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