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Summer Camp

第43投

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「泉さん先頭お願いします」
 マウンド上の泉にあんこは声をかけた。久しぶりの四年生バッテリーだ。

 真咲のミットはアウトコース低めを要求する。審判のプレーがかかり投球モーションに入った。

 オーソドックスな右のオーバーハンド。ストレートは平均110キロと変化球はスライダーを軸にカットボール、シュートと構成されていた。横の変化が中心で防御率は3点台。可もなく不可もないのが特徴の投手だが、試合をしっかり作ることができるという点では抜群の安定感を誇る投手だ。

 初球のスライダーがミットに吸い込まれていく。真咲はミットの芯で捕ろうとボールを待ったが、躊躇なく振り抜かれたバットは的確に芯で捉えられた。

「くっ!」

 小さく叫んだ後、泉はマウンドにしゃがみ込んだ。

「眞子!」

 泉のすねを強打した打球はサードを守る眞子の守備範囲内に飛んだことで、一塁はアウトになったが、マウンド上の泉は片膝をついて立ち上がることができない。

「泉さんを一回ベンチへ運んで」

 菜穂は穏やかな口調で呼びかけたが内心焦っていた。りかこを4回から登板させるつもりだったからまだ準備をさせていない。

「先生、私はまだいけます」

「泉さんそうして欲しいのは山々だけど、右足の踏ん張りが効かない状態では無理よ」

「でも他に誰がいますか? 初回の初球で準備してるピッチャーなんていないですよね」

 真咲の意見はもっともだったが、手負のピッチャーがこの先の回を抑えられるほど玄武大学はあまくない。

「あたしは今からでも行けますよ」

 右手にグラブをはめたりかこが肩を回しながら菜穂を見る。

 菜穂がりかこと視線を合わせようとしたその時だ。

 ブルペンの方から花火のように弾けるミットの音が響いてきた。

「久留美ちゃん」

「そういえば希もいない」

 真咲とりかこは顔を合わせて、うなづく。

「先生、咲坂で行きましょう。ゲームが壊れそうになったらすぐにあたしが代わりに投げます」

 菜穂は翔子に目配せして、久留美を呼んでくるように指示をおくる。

「わかった。久留美で行こう。早乙女さん頼んだよ」

「はい」

 菜穂はグラウンドに歩き審判に投手交代を告げた。

 
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