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Summer Camp
第63話
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「あと一点とってサヨナラでこのゲームを終わらせろ!」
夕美の檄は少々荒っぽくなったが、選手たちも十分にこの事態を理解していた。りかこをあと一歩のところまで追いつめるも併殺をくらい、得点圏でランナーを返すことが出来ず終盤まで試合の主導権を奪えなかった。りかこ・翔子のバッテリーはピンチになるとセカンド、ショートに打たせる配球に切り替えることでヒット性の打球をアウトにしていた。これは玄武大学の配球を参考にしていたが、そもそも生島姉妹ほどの守備力が備わってこそできる作戦であり、短期間で模倣できるものではない。それだけ光栄大学の成長度が高いことを肌に感じて次第に焦ってプレイをしていたのだ。
この回の先頭バッターは一番の月子から。変わったばかりの久留実の初球を捉え早々に出塁すると、陽子がセオリーどおり送りバントでランナーを進める。夕美は三番の瀬戸を呼び戻した。
「瀬戸分かってると思うけど確実に後続に繋ぎなさい、あのピッチャーからホームランを打っているからって自分で決めようと思わないでね」
「……はい」一拍変な間があって瀬戸が返事をする。
「あなたもしかしてホームランでも狙ってるわけじゃないでしょうね、分かってると思うけどこの試合は秋季のメンバー選考も兼ねているのよ。一軍に上がりたくないの?」
「分かっとります」
返事にいつもの覇気がない。夕美は瀬戸が何を考えているのか分からなかった。「言いたいことがあるならはっきり言いな!」そう言いかけて思い直し、背中を叩き念には念を入れて瀬戸を送り出す。
瀬戸は打席でバットをぐるぐる回しながらピッチャーに向かって吠える。瀬戸は初球からバットを振った。確かにキャッチャーの構えたアウトコース低めではなく逆球のインコースひざ元へのあまいボールだったが、この場面でするような一か八かの長打狙いのフルスイングはナンセンスだ。それを無理やり引っ張った。打球はストレートの威力におされライトの定位置手前で失速し平凡なフライになる。案の定、打球が浅すぎて二塁ランナーがタッチアップもできない。
「どんな意図があって打ちに行ったの?」
一塁を回ったところで悔しそうに引き返してきた瀬戸を呼び戻し詰問する。
「後続に繋げろって言ってんだよ、初球からあんなに振り回して、どういうつもり?」
「すみませんでした」額から落ちる汗を拭い瀬戸が顔を下げたが、深く反省はしていないようだった。
「純粋な勝負がしたくても実力が伴っていなけれなばダメなのよ、二軍ではクリンナップを打てるけど一軍では通用しないことが分からないの? 野球はチームスポーツよ、まずは自分の役割を果たしなさい。それができない選手はここから先の舞台には進めないわ」
ここまで言って瀬戸がようやく顔を上げた。彼女はまだ一年生だが「ここから先の舞台に進めない」という脅しに気が付いたのだろう。瀬戸は早くからその才能を認められ来年には一軍のレギュラーの座を狙っているはずだ。先ほどまでの不貞腐れた顔からすっかり血の気が引き威勢をなくしている。
木製バットの乾いた音に気が付いてグラウンドに視線を移した。四番の久井田がセンター前ヒットを放ちツーアウトながら一、三塁のチャンスだ。
「この試合に延長はない、頭を冷やすために私がいいって言うまで外周を走ってきなさい」
瀬戸はもう一度頭を下げるとすぐにベンチを後にした。
野球というチームスポーツにおいて自分勝手にしてもいいなんてことはない。例え女子プロ野球や社会人野球で活躍できる力を持っていても。
夕美はため息をついて反対側のベンチに仁王立ちする菜穂を見つめた。代表に選ばれ大会を通してバッテリー組んだ。アメリカを倒し始めて世界制覇した時、菜穂はチームのエースとしてマウンドに立ち、夕美は正捕手として優勝を分かち合った。
「もう十年以上前のことになるのね」
呟いていた。菜穂と夕美は野球に対する考え方が違うため意見のぶつかりあいが多く、仲は良くなかったが、お互いにその実力を認め合っていた。それでも夕美が理解できなかったのは、菜穂が投げると決まって相手の強打者が力の勝負を熱望することだ。まるで自分の今の実力を試すように、確実に進塁を意識しなくて行けない場面でもフルスイングで挑んでくる。先ほどの瀬戸のように。菜穂のストレートには球速以上にバッターの心情を狂わす特別な魅力があった。そして今マウンドにいるあのピッチャーにも。
菜穂から合宿の要望があった時、夕美が快く引き受けたのには目的があった。光栄大学と同リーグの創世大学の情報収取と個々の選手のデータをとること、そして無限の可能性を持った咲坂久留実をつぶすことだった。そのためにミックスの練習試合を多く組んだのに彼女は外野手にコンバートされ、打ち込まれて戦意喪失することはなく首の皮一枚であのマウンドに立っている。
「まったくやってくれるわね菜穂」
夕美は諦めたように笑いを漏らしながらフォアボールで出塁する野路原に拍手する。
「日浦!」
ネクストバッターズサークルから打席に向かう芙蓉の名前を叫んだ。
「ホームラン打ってこい」
芙蓉は力強く頷いて打席に歩みを進める。夕美はベンチに腰をかけ腕組をしたまま、この対決を見守ることにした。
夕美の檄は少々荒っぽくなったが、選手たちも十分にこの事態を理解していた。りかこをあと一歩のところまで追いつめるも併殺をくらい、得点圏でランナーを返すことが出来ず終盤まで試合の主導権を奪えなかった。りかこ・翔子のバッテリーはピンチになるとセカンド、ショートに打たせる配球に切り替えることでヒット性の打球をアウトにしていた。これは玄武大学の配球を参考にしていたが、そもそも生島姉妹ほどの守備力が備わってこそできる作戦であり、短期間で模倣できるものではない。それだけ光栄大学の成長度が高いことを肌に感じて次第に焦ってプレイをしていたのだ。
この回の先頭バッターは一番の月子から。変わったばかりの久留実の初球を捉え早々に出塁すると、陽子がセオリーどおり送りバントでランナーを進める。夕美は三番の瀬戸を呼び戻した。
「瀬戸分かってると思うけど確実に後続に繋ぎなさい、あのピッチャーからホームランを打っているからって自分で決めようと思わないでね」
「……はい」一拍変な間があって瀬戸が返事をする。
「あなたもしかしてホームランでも狙ってるわけじゃないでしょうね、分かってると思うけどこの試合は秋季のメンバー選考も兼ねているのよ。一軍に上がりたくないの?」
「分かっとります」
返事にいつもの覇気がない。夕美は瀬戸が何を考えているのか分からなかった。「言いたいことがあるならはっきり言いな!」そう言いかけて思い直し、背中を叩き念には念を入れて瀬戸を送り出す。
瀬戸は打席でバットをぐるぐる回しながらピッチャーに向かって吠える。瀬戸は初球からバットを振った。確かにキャッチャーの構えたアウトコース低めではなく逆球のインコースひざ元へのあまいボールだったが、この場面でするような一か八かの長打狙いのフルスイングはナンセンスだ。それを無理やり引っ張った。打球はストレートの威力におされライトの定位置手前で失速し平凡なフライになる。案の定、打球が浅すぎて二塁ランナーがタッチアップもできない。
「どんな意図があって打ちに行ったの?」
一塁を回ったところで悔しそうに引き返してきた瀬戸を呼び戻し詰問する。
「後続に繋げろって言ってんだよ、初球からあんなに振り回して、どういうつもり?」
「すみませんでした」額から落ちる汗を拭い瀬戸が顔を下げたが、深く反省はしていないようだった。
「純粋な勝負がしたくても実力が伴っていなけれなばダメなのよ、二軍ではクリンナップを打てるけど一軍では通用しないことが分からないの? 野球はチームスポーツよ、まずは自分の役割を果たしなさい。それができない選手はここから先の舞台には進めないわ」
ここまで言って瀬戸がようやく顔を上げた。彼女はまだ一年生だが「ここから先の舞台に進めない」という脅しに気が付いたのだろう。瀬戸は早くからその才能を認められ来年には一軍のレギュラーの座を狙っているはずだ。先ほどまでの不貞腐れた顔からすっかり血の気が引き威勢をなくしている。
木製バットの乾いた音に気が付いてグラウンドに視線を移した。四番の久井田がセンター前ヒットを放ちツーアウトながら一、三塁のチャンスだ。
「この試合に延長はない、頭を冷やすために私がいいって言うまで外周を走ってきなさい」
瀬戸はもう一度頭を下げるとすぐにベンチを後にした。
野球というチームスポーツにおいて自分勝手にしてもいいなんてことはない。例え女子プロ野球や社会人野球で活躍できる力を持っていても。
夕美はため息をついて反対側のベンチに仁王立ちする菜穂を見つめた。代表に選ばれ大会を通してバッテリー組んだ。アメリカを倒し始めて世界制覇した時、菜穂はチームのエースとしてマウンドに立ち、夕美は正捕手として優勝を分かち合った。
「もう十年以上前のことになるのね」
呟いていた。菜穂と夕美は野球に対する考え方が違うため意見のぶつかりあいが多く、仲は良くなかったが、お互いにその実力を認め合っていた。それでも夕美が理解できなかったのは、菜穂が投げると決まって相手の強打者が力の勝負を熱望することだ。まるで自分の今の実力を試すように、確実に進塁を意識しなくて行けない場面でもフルスイングで挑んでくる。先ほどの瀬戸のように。菜穂のストレートには球速以上にバッターの心情を狂わす特別な魅力があった。そして今マウンドにいるあのピッチャーにも。
菜穂から合宿の要望があった時、夕美が快く引き受けたのには目的があった。光栄大学と同リーグの創世大学の情報収取と個々の選手のデータをとること、そして無限の可能性を持った咲坂久留実をつぶすことだった。そのためにミックスの練習試合を多く組んだのに彼女は外野手にコンバートされ、打ち込まれて戦意喪失することはなく首の皮一枚であのマウンドに立っている。
「まったくやってくれるわね菜穂」
夕美は諦めたように笑いを漏らしながらフォアボールで出塁する野路原に拍手する。
「日浦!」
ネクストバッターズサークルから打席に向かう芙蓉の名前を叫んだ。
「ホームラン打ってこい」
芙蓉は力強く頷いて打席に歩みを進める。夕美はベンチに腰をかけ腕組をしたまま、この対決を見守ることにした。
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