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キャプテン
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「アウト」
左腕を高らかに上げてコールする関口の姿を康太は二塁審をしながら、眺めていた。
キャプテンとしてチームのために何かしたいと荒田監督に懇願したと聞いている。康太は最後のバッターのアウトを見届けてからベンチ横に用意された給水所で水を飲む関口に歩み寄った。
「関口、五回だから交代」
「おう、いやでもええで、最後までいくよ」
「え、でも」
「ええんや、俺はどうせけが人やし、なにもできへん」
「ちげぇよ、ほら後半組が控えてるんだ。お前がそうやって審判やってたら星コーチに怒られるのはあいつらなんだ」
康太はベンチ裏で控えていた後輩たちを指さして言った。
「そうやけどな」
「いいんだってキャプテン。それにまだサポートは残ってるんだ。あそこの木陰の下のベンチに座って俺と一緒にファールボーイだ。新球なくすと星コーチがうるせぇからな」
関口は少し考えてから納得したようで微笑み頷いた。五回終了と同時にグラウンド整備が行われるその間の時間を利用して所定の位置についた。康太と関口はグラウンドを眺めながら今後の試合展開を話し始めた。
「六回が山やな、堀尾のやついつも中盤でつかまるけ」
康太は相づちをうちながら右腕に吊られた三角巾に視線を奪われていた。関口もそんな康太の目の動きに気が付いたのか会話を中断し遠くの空を見るように口を開いた。
「俺はまだ諦めてへんねん、こんななりしていうのもへんやけどな」
「あぁそうだよな」
試合後、荒田監督とともに病院に付き添った臼井からだいたいの話しは聞いていた、右肘内側側副靱帯を損傷。日本人メジャーリーガーとして活躍するあの大谷翔平選手と同じ症状であり、そのダメージ具合は断裂の一歩手前であったという。
「トミージョン手術受けるのか?」
「受けたら秋のリーグ戦間に合わへんやろ」
「関口……」
「なんて嘘や、嘘。そんな顔すんなや、今さら無理したってしょうがないもんな。それにな俺、オファーを受けていた社会人野球のチームから入団断わられてな。だから別に焦る必要もないねん」
「え、なんで」
関口が入団するはずだった社会人野球チームは確かに都市対抗にも出場し優秀な選手をプロにも多く輩出している。一時期は盛り上がりを見せていた社会人野球も今は企業の事業縮小に伴って年々予算を削られていると聞いたことがある。どこの企業もけが人を置いておくほど余裕はない。もしかしたらプロ野球よりシビアな世界かもしれない。
「この前の試合、たまたま社会人の監督が見に来ててん、まじで運悪かったわぁ」
「……苦しくないのか」
「苦しいもなにも、俺には野球しかないからな。今から就職活動も無理やろ」
「それはただ、野球に縋ってるだけじゃないのか?」
茶化すこともなく真顔でそう言い切った関口を見ていると康太は不思議と意地悪を言いたくなる。それはきっとけがをしてプロの道やメンバーに選ばれることを諦めた自分にとっての当てつけかもしれない。怒られてもしょうがない、幻滅されたってかまわなかった。
「そうなぁ、そうかもしれん。ガキの頃から真っ黒になってボール追っかけて、三度の飯より野球が好きでろくに勉強もしてへん。だからなぁ、ある意味菱田がうらやましいと思ってんねん、お前はちゃんと将来のことしっかり考えて勉強してたやろ、そんなこと俺にはできへんもん」
関口は怒ることもなく、淡々と言った。なんだよそれ。
「何言ってんだ、羨ましいってそんなこと一年からレギュラーはってるお前が万年補欠の俺をか?」
「なに怒ってんねん」
別に怒っているわけじゃなかった。ただ自分が一番欲しかったものを持っていた奴が、なにも得ることが出来なかった奴に対して羨ましいという言葉を使ったことに腹がたっただけだ。
「俺は、ずっとお前が羨ましかったんだ。常にチームの中心で調子が悪くても試合に無条件で出て、さもそれが当然って感じで余裕を持って練習しているお前のことが先輩の嫌がらせや理不尽な暴力に脅えることもないお前に俺の気持ちなんて分かるはずもない。だからずっとお前のことを憎たらしいと思っていたよ」
四年間胸の奥にしまっていた関口に対しての本音を解放した。康太の言葉を黙って聴いていた関口は急に笑い出して康太を見た。
「当り前や、補欠の奴の気持ちなんて大してわからへんわ。じゃあ逆に聞くけど部員百人を超えるチームでキャプテンを任された俺の苦悩をお前は分かるんか? 分かるはずないわな、最初から立場が違うもんな」
「立場が違うってお前」
その言葉に康太はバカにされたように感じて食い下がったがすぐに関口が左手を目の前で振り訂正した。
「ちゃうってそう言う意味じゃ無くてな、なんというか周りの期待に応えようと無理した結果がこれやねん」
自分の右腕を康太の方に向ける。遠投百メートルを投げる力を持つ関口の右腕はその面影を忘れてしまったように力なくぶら下がっていた。
「実はな高校の時からすでにいつかこうなると医者に言われててん。だけど手術となったら一年はなにもできへんやろ。だから半年に一回とか痛み止めの薬をもらって凌いでたんやけど、それが三か月、一ヶ月って期間が短くなって最近じゃ一週間に一回注射打ってもらってたんや。そのつけが大事なところで出たんやな」
「そんな大事なことなんで黙ってたんだ」
「俺はチームのキャプテンやから」
そう言って関口は口を閉ざした。康太は一度グラウンドに視線を向けると、すでにグラウンド整備が終わり、六回表のマウンドに堀尾が上がっていた。
「関口、ひとつ聞いていいか?」
「なんやねん」
「お前の野球はいつ終わるんだ? どうすれば完結するんだ?」
「終わらへんよ。俺の野球もきっとお前の野球も一生な」
間の悪いファールボールが二人の頭上を越えていった。康太は慌てて電子ホイッスルのボタンを押した。ボールはテニスサークルが練習をしているテニスコートも飛び越えて更に奥の林の中に消えていった。
「菱田! ファールボールどっちが先に見つけられるか競争な、負けたらジュースばい」
関口は立ち上がってボールが飛んで行った場所を目指して走って行った。
左腕を高らかに上げてコールする関口の姿を康太は二塁審をしながら、眺めていた。
キャプテンとしてチームのために何かしたいと荒田監督に懇願したと聞いている。康太は最後のバッターのアウトを見届けてからベンチ横に用意された給水所で水を飲む関口に歩み寄った。
「関口、五回だから交代」
「おう、いやでもええで、最後までいくよ」
「え、でも」
「ええんや、俺はどうせけが人やし、なにもできへん」
「ちげぇよ、ほら後半組が控えてるんだ。お前がそうやって審判やってたら星コーチに怒られるのはあいつらなんだ」
康太はベンチ裏で控えていた後輩たちを指さして言った。
「そうやけどな」
「いいんだってキャプテン。それにまだサポートは残ってるんだ。あそこの木陰の下のベンチに座って俺と一緒にファールボーイだ。新球なくすと星コーチがうるせぇからな」
関口は少し考えてから納得したようで微笑み頷いた。五回終了と同時にグラウンド整備が行われるその間の時間を利用して所定の位置についた。康太と関口はグラウンドを眺めながら今後の試合展開を話し始めた。
「六回が山やな、堀尾のやついつも中盤でつかまるけ」
康太は相づちをうちながら右腕に吊られた三角巾に視線を奪われていた。関口もそんな康太の目の動きに気が付いたのか会話を中断し遠くの空を見るように口を開いた。
「俺はまだ諦めてへんねん、こんななりしていうのもへんやけどな」
「あぁそうだよな」
試合後、荒田監督とともに病院に付き添った臼井からだいたいの話しは聞いていた、右肘内側側副靱帯を損傷。日本人メジャーリーガーとして活躍するあの大谷翔平選手と同じ症状であり、そのダメージ具合は断裂の一歩手前であったという。
「トミージョン手術受けるのか?」
「受けたら秋のリーグ戦間に合わへんやろ」
「関口……」
「なんて嘘や、嘘。そんな顔すんなや、今さら無理したってしょうがないもんな。それにな俺、オファーを受けていた社会人野球のチームから入団断わられてな。だから別に焦る必要もないねん」
「え、なんで」
関口が入団するはずだった社会人野球チームは確かに都市対抗にも出場し優秀な選手をプロにも多く輩出している。一時期は盛り上がりを見せていた社会人野球も今は企業の事業縮小に伴って年々予算を削られていると聞いたことがある。どこの企業もけが人を置いておくほど余裕はない。もしかしたらプロ野球よりシビアな世界かもしれない。
「この前の試合、たまたま社会人の監督が見に来ててん、まじで運悪かったわぁ」
「……苦しくないのか」
「苦しいもなにも、俺には野球しかないからな。今から就職活動も無理やろ」
「それはただ、野球に縋ってるだけじゃないのか?」
茶化すこともなく真顔でそう言い切った関口を見ていると康太は不思議と意地悪を言いたくなる。それはきっとけがをしてプロの道やメンバーに選ばれることを諦めた自分にとっての当てつけかもしれない。怒られてもしょうがない、幻滅されたってかまわなかった。
「そうなぁ、そうかもしれん。ガキの頃から真っ黒になってボール追っかけて、三度の飯より野球が好きでろくに勉強もしてへん。だからなぁ、ある意味菱田がうらやましいと思ってんねん、お前はちゃんと将来のことしっかり考えて勉強してたやろ、そんなこと俺にはできへんもん」
関口は怒ることもなく、淡々と言った。なんだよそれ。
「何言ってんだ、羨ましいってそんなこと一年からレギュラーはってるお前が万年補欠の俺をか?」
「なに怒ってんねん」
別に怒っているわけじゃなかった。ただ自分が一番欲しかったものを持っていた奴が、なにも得ることが出来なかった奴に対して羨ましいという言葉を使ったことに腹がたっただけだ。
「俺は、ずっとお前が羨ましかったんだ。常にチームの中心で調子が悪くても試合に無条件で出て、さもそれが当然って感じで余裕を持って練習しているお前のことが先輩の嫌がらせや理不尽な暴力に脅えることもないお前に俺の気持ちなんて分かるはずもない。だからずっとお前のことを憎たらしいと思っていたよ」
四年間胸の奥にしまっていた関口に対しての本音を解放した。康太の言葉を黙って聴いていた関口は急に笑い出して康太を見た。
「当り前や、補欠の奴の気持ちなんて大してわからへんわ。じゃあ逆に聞くけど部員百人を超えるチームでキャプテンを任された俺の苦悩をお前は分かるんか? 分かるはずないわな、最初から立場が違うもんな」
「立場が違うってお前」
その言葉に康太はバカにされたように感じて食い下がったがすぐに関口が左手を目の前で振り訂正した。
「ちゃうってそう言う意味じゃ無くてな、なんというか周りの期待に応えようと無理した結果がこれやねん」
自分の右腕を康太の方に向ける。遠投百メートルを投げる力を持つ関口の右腕はその面影を忘れてしまったように力なくぶら下がっていた。
「実はな高校の時からすでにいつかこうなると医者に言われててん。だけど手術となったら一年はなにもできへんやろ。だから半年に一回とか痛み止めの薬をもらって凌いでたんやけど、それが三か月、一ヶ月って期間が短くなって最近じゃ一週間に一回注射打ってもらってたんや。そのつけが大事なところで出たんやな」
「そんな大事なことなんで黙ってたんだ」
「俺はチームのキャプテンやから」
そう言って関口は口を閉ざした。康太は一度グラウンドに視線を向けると、すでにグラウンド整備が終わり、六回表のマウンドに堀尾が上がっていた。
「関口、ひとつ聞いていいか?」
「なんやねん」
「お前の野球はいつ終わるんだ? どうすれば完結するんだ?」
「終わらへんよ。俺の野球もきっとお前の野球も一生な」
間の悪いファールボールが二人の頭上を越えていった。康太は慌てて電子ホイッスルのボタンを押した。ボールはテニスサークルが練習をしているテニスコートも飛び越えて更に奥の林の中に消えていった。
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