戦力外スラッガー

うさみかずと

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最後の投球

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 太一が少しずつ自信を取り戻し堂々とプレーができるようになると、総司のピッチングは丁寧になった。
 インコースを突き、アウトコースに散らし、カーブも要所で使うことでバッターのタイミングを惑わせる。ほとんどストレートとカーブだけの組み立てだったが、プレートの位置や間をとってじらすことでテンポを変え投げ込んだ。今まで打ち込んでいたボールに少しの変化を加えただけで、打ちごろのはずだった総司のボールは相手バッターに違和感を与えているに違いない。
 五回、六回と総司が三者凡退に切って取った。胸を張ってベンチに戻る総司を雄大がからかう。
「もう完投しちゃえよ」
 総司が無言でにやりと笑い、ベンチの最前列にどっかりと腰を下ろした。
「うるせぇ、お前らで点取れや」
「ナイスピッチ」
 雄大が褒めると総司はマウンドで投球練習を始めた相手ピッチャーを見ながらぼそぼそつぶやく。背番号1を背負った谷村学院のエース前田は、二年生からエースを張っていて中学シニア時代も関東大会に出場経験があるという。淡々と投げ込んでくる彼にはこれが打てるか、といった気負いがなく、勝って当たり前の合同チーム相手に最後の三年間を賭けた激しい思いすら微塵もないだろう。
「遅かったかな」総司のつぶやきが雄大の耳に聞こえてきた。
「何が?」
「別に」総司が寂しそうに笑って自分の左手を見つめた。スコアをつけていた金井に確認をする。
「校長、俺今何球投げた?」
「百八球かな、たぶん」
 金井の答えを聞いて、総司が肩をすくめる。
「そっか、すげぇなこんなに俺の体って投げられるんだ」
「まだ行けるか? 俺はいつでも代わるぜ」
 雄大から見れば総司は限界に近付いているように見えた。
「いけるに決まってんだろうが、つーか他のやつらが点取ってくんないとまじで負ける」
「それは困るって、でも総司今は一人じゃないんだぞ……」
「分かってるそんくらい、だけど行けるとこまで行かしてくれよ」
「分かったよ」
「おいおい」
 突然声が頭上から降ってきた。振り向くと、腕組をした康太が二人をにやにやしながら眺めている。
「一応監督は俺だからね、選手交代を判断するのは一応監督の俺だからね」
「ハッ、そういやぁそうだったわ」
 総司は悪びれることなく言って首をすくめた。雄大は打ち取られていくチームメイトに援助を期待して待つ総司を不憫に思った。
 いい打球を打っても正面をつき、風で飛球が伸びなかったり運にも見放されている。
 出塁できればいい。ヒットでも、デットボールでも、エラーでも、なんだっていい。打線が爆発する、爆発するきっかけが欲しかった。
 
 前の回を三人で抑えきった総司は、ピッチャーとしてのエネルギーをすべて使い果たしてしまったように見えた。先頭バッターを追い込んだ末に最後は肩口から甘く入ってきたカーブが一、二塁間を破られる。続くバッターにもエンドランを決められ二塁にランナーを進めた。迎えるは連続安打中の四番バッター。ここで一打出れば裏の回に無得点ならコールドゲームが成立する場面で、内野陣がマウンドに集まる。
「歩かす?」
 朔があえて穏やかな口調で全員に話しかけた。
「いや、まだ行けんぞ俺は」
 総司は大きな息を吐いたあと、肩を上下させながら言った。
「雄大に任せようぜ、あいつ打席以外はベンチ裏の鏡の前でシャド―ピッチングして準備してたんだろう。今だってほら」
 翔の言葉に、総司は首を捻ってセンターを見た。雄大が腕を回しながらマウンドのやりとりと康太の出方を窺っている。
「あと少しでいいんだよ、もう少しだけ投げさせてくれ」
 総司がつぶやく。その声に力強さはなかった。
「でもよぉ、ここで点いかれたら終わりだぜ」
 翔が忠告する。
「任せてくれ、俺はまだ投げたいんだ」
 総司がそう吐き捨てるように言った。
「無理すんなってもう限界だろう。交代しなくても今のお前に谷村学院を抑えんのは無理だって」
 翔が言うと反抗するように総司が首を振った。
「うるせぇ! この回までは俺の責任だ、雄大に押し付けられるか」
「ここは間宮くんに任せよう」
「デカブツ……」
「まぁ穂波が言うなら仕方ねぇか」
「だね」
 お互いの意見のぶつかり合いに殺伐とした空気の中で、太一の放った心強い言葉に翔はあっさり折れた。
 早くしろよと審判の咳払いがマウンドまで聞こえてきて内野は自分たちのポジションに戻っていった。太一は二人だけになったマウンドで総司に何か声をかけようかとも思ったがバックネットのさらに上、大空の彼方を見る目つきで両手でボールをこね、手になじませている総司は、励ましも、否定も、説得ですら受け付けていなかった。ただあと少し、もう少しだけこのマウンドの感覚を味わっていたい。その強い意志を感じたのだ。
『間宮くん頑張れ』
 太一はそう心の中で声をかけホームベースに戻った。
 前回、前々回の打席に安打を放っている四番バッターは自信を持って初球を攻めてきた。総司の初球、アウトローのストレートを上手く合わされ打球はライト前に運ぶ。打球が強かったことと、ライトを守る銀二が素早く丁寧な捕球から中継に返球したことが幸いしランナーは三塁でストップした。
 総司が大きな深呼吸をして肩を上下させている。
 もう無理だ、限界だ。誰もがそう思いベンチに視線を走らせたが、監督である康太は一向に動こうとはしなった。
「菱田くん、試合を捨ててまで間宮と心中するつもりかね! 交代しなさい!」
 ――分かってるそんなことはとっくに分かってるんだ。康太は心の中で叫んでいた。何としても勝たなければいけない試合であるのは理解している。この回の総司は明らかにストレートの威力は落ち、カーブもキレや制球力がない。まして一点でも入れば次の攻撃が無得点だった場合、合同チームの夏と大学との協定は終わる。ここは雄大の援助で無失点に抑えるべきだ。
 しかし康太は動くことができなかった。マウンドに立つ総司の眼がまだバッターに集中していて、このままじゃ終われないという強い意志が全身に纏わりつき康太を威嚇していたのだ。金井や他の観客には明らかな采配ミスに見えるし、実際はその通りだ。でも最後の最後でつかみ取った自分の居場所をそう簡単に手放すことはできない。それはわずかなチャンスしか与えられなかった四年間の現役生活の中であがき続けた康太だからわかる総司の心情だった。
「菱田くん!」
「分かってます、もし点を取られたら雄大に交代しますから、せめてそれまでは」
 カキーン。
 金属バットの甲高い音が聞こえてきて康太は右中間に飛んだ打球を見上げた。
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