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稼業が嫌で逃げたらそこは異世界だった

19.結局風呂に来たわけだが……

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 結局、風呂に来た。別にリセに言われていくことになったわけじゃない。
 最後のゴブリン退治に行く町の名が、オン・セン町という、温泉街だった。何たる偶然かと思いながらその町に足を運ぶ。町の中に入ると、温泉街特有の硫黄のにおいが漂ってくる。このにおいを嗅いでいると、なんだか元の世界に戻った気がしてとても懐かしい気がした。

「ねえ諸刃、温泉って何?」

「は? お前温泉知らないの。温泉は良いものだぞ」

「はあ、温泉ってあの看板みたいなやつ?」

 リセが指差した方には、ピンク色の怪しい看板が掛けられていた。男っぽいキャラと女っぽいキャラが一つのお湯に入って笑顔を浮かべているイラストが描かれている。男女ともに頬が赤く、ハートがいっぱい描かれたなんともいかがわしいものだった。横には18歳未満立ち入り禁止の文字も。

「リセ、あれは見ちゃいけません」

「え、なんで、私一応18なんですけど」

「じゃああの看板になんて書かれているかわかる」

「何が書いてあるぐらいわかるよ。”性乱れる混浴風呂。男女が憧れる夢の楽園。さぁ、すべてを解き放ち本当の自分をさらけ出そう”でしょう。意味は分からないけど」

「意味が分からないんだったら行く必要はないな。というか絶対に行くなよ。行ったらお前捨てるからな」

「わわわ分かったから。だから捨てないでっ」

「ならよし」

 なんちゅうもんが街中にあるんだよと思わず叫びたくなるのを何とかこらえた。
 リセにもいくなと言う説得ができたし、まあ良しとしよう。
 それにしても、混浴は古代ローマや日本にもあったが、あそこまで性欲丸出しの混浴風呂なんて存在しなかったぞ。この世界の連中、ちょっとヤバいんじゃないだろうか。
 後、リセがあそこに書かれていることの意味が分からないって言ってたな。こういうのって教えとかないといろいろとまずいだろうな。でもどうやって教えるか……。
 年頃の娘を持つシングルファザーがどうやって性教育をすればいいのか悩んでいる時の気持ちがなんとなく分かった気がする。

 ちょっと問題のありそうな風呂屋があると分かったので、町を歩きながら健全でリセに問題のない風呂屋を探す。途中、おいしそうな温泉卵やまんじゅうが売っていたので買ってリセに渡すと嬉しそうに受け取ってほぐほぐと食べ始める。まるでペットに餌を与えているみたいだ。いや、リセはペットじゃないんだけど、こう、なんか、ペット臭がするんだよなコイツ。

「お、この風呂屋なんていいんじゃないか」

「ここ? ”健全が売り、男女別々に別れています。健全な方のみご入浴してください、健全風呂屋”って書いてあるけど、さっきと何が違うの」

「まあ色々だよ。男女別々だったり色々さ」

 ここまで健全を押すとなんか逆に怪しく思えてくるのだが、まあここなら大丈夫だろう。きっと何も問題は起こらないはず。

「とりあえず行くぞ」

「あ、待ってよっ。ちょっと待ってってばー、置いてかないでーー」

 俺たちは健全言い張るちょっと怪しい風呂屋の中に入っていった。そしてすぐに出て来た。

「ちょっと、どうしてすぐ出てくるの?」

「嫌なに、ちょっと悪寒がしてな」

 別にほかの風呂屋と違っていかがわしいものがあったわけでもなく、いたって普通の風呂屋だった。ただ、風呂屋の番頭がとても怪しいおばさんだった。鋭い視線を感じたので思わず出てしまったのだ。こればかりは仕方がない。

「ち、違うところにしようか」

「でも、他のところは皆諸刃がダメって言ってたじゃん。ほかに風呂屋なんてないよ?」

 そこでようやく思い出す。そういえば、ここが最後の風呂屋だった。健全なところが一店しかないってどんだけだよ。
 仕方なく再び健全な風呂屋に入る。番頭のおばちゃんがぎょろりとこちらに視線を送った。背筋にぞくりと悪寒を感じる。
 番頭のおばちゃんは口元を手で押さえ、「くえっくえっくえ」と笑っていた。笑い方がとても気持ち悪かった。

「俺、遠慮しとくから楽しんで来いよ。お前が風呂入ってる間にゴブリン退治しておくからさ」

「そういって私のことを置いていくつもりなのね、そんなことはさせないわ」

「させないわって言うかさ、俺のことちょっとは信用してくれないかな!?」

 こいつ、離れるようなことになるたびに突っかかってくるな。まあ、こいつの今までのボッチ人生が壮絶だったからな、こうなってしまうのも仕方ないのかもしれないが。

「わ、分かったわよ。私一人で行ってくる。お風呂ぐらい一人でできるもん」

「一人で出来なきゃ今までどうやって入ってたんだよ」

「………………人形と入ってた。語り掛けるとね、寂しくないの」

「……ゴメン、聞いた俺が悪かった」

 ここまでくるほどの重傷だったか。ちょっと黒歴史を突き過ぎたかな。リセの目がちょっとばかし死んでいる。
 とりあえず、リセは体を綺麗にしたいそうなので、健全な風呂屋に置いていくことにした。
 俺はのじゃロリを持って依頼主のところに挨拶をしに行く。のじゃロリは『儂もきれいになりたいのじゃぁ!』と言ってきたので泥水をかけてやったら大人しくなった。ちょっとだけすすり泣く声が聞こえたような気がするが、まあ気にする必要はないだろう。

 依頼主のところで話を聞いて、俺とのじゃロリは討伐に向かった。リセは健全な場所で待っているように言いつけたから、何も問題は起こらないだろう。こうやって一人で行動するのも久しぶりな気がした。いつも寂しいからかまってと言ってくるリセがいないと、ちょっと物静かな感じがした。
 異世界転移なんてとんでもないことに巻き込まれて、訳も分からぬままのじゃロリ言う刀を拾い、気が付いたらゴブリン退治をするという訳の分からない生活を送っていた。
 こんなよく分かんない状況でも気が付いたらそれが当たり前のようになっている。慣れってある意味で凄いなと思った。

 陽がゆっくりと沈み、空を青色から茜色に染めていく夕暮れの時。町を出た時間が少しばかし遅かったせいか、もうこんな時間になっていた。ゴブリンはいまだ見つけられていない。もうすでにゴブリンの目撃情報があった場所にたどり着いているわけだが、一向に姿を現さない。
 できれば陽が完全に沈み切る前にゴブリンの討伐を終わらせたいと思いながら散策していると、斜め後ろの茂みががさりと揺れた。
 何も気が付かないフリをしながら、呼吸を整え、集中する。
 茂みから飛び出してきたゴブリンは、石の斧を振り回しながら俺を襲ってきた。奇襲に成功したと思っているゴブリンの顔が頭に浮かぶ。

 ちょっとかわいそうかなと思いながらも、敵であるゴブリンの不意打ちを受け止めた。奇襲に成功したと思いきっていたゴブリンは戸惑いの表情を見せる。それをあざ笑うかのように、俺はゴブリンに刀を振り下ろし、息の根を止めた。

 なんだろう、俺が悪役みたいな感じになっている気がするのだが、襲われ側は俺なのに……。

 ゴブリンが一匹いたということは、ここいらにこいつらの根城があるはずだ。
 空を見上げると、茜色が紺色に侵食されていくように空模様が変わり始めている。もうすぐ日が完全に落ちてしまう。
 別に明かりがなくても気配でなんとなくわかるんだけどな。ただ、あまり遅くなると寂しがりやのリセが健全な風呂屋で捨てられたと泣き始めてしまう。

『のじゃ、もう時間も時間じゃから帰りたいのじゃ。儂もきれいにしてほしいのじゃ。あんな泥水ですすがれるとか、最悪すぎると思うのじゃ!』

「っち、とりあえずさっさとゴブリンを片付けるぞ。お前が頑張れば後できれいに磨いてやる」

『のじゃ! 約束なのじゃ! 絶対なのじゃ!』

「はいはい、約束な。さっさと終わらせてリセのところに戻りたいし、そういえばのじゃロリって探知とかできないの?」

『のじゃ? 探知なら鬼限定で出来るのじゃ。儂は鬼伐刀きばつとうじゃからのう』

「そんな便利機能があるなら早く教えてほしかった」

『にょほほほほほ、とりあえずもう少し進んだ辺りに鬼の気配がするのう。そっちに行ってみるのじゃ!』

「あいよ、さっさと討伐して全部終わらせようぜ」

 俺はのじゃロリと共に、ゴブリンがいるであろう場所に向かっていった。そこには、ゴブリンがありのようにうじゃうじゃといて、何やら奇妙なダンスを踊っている。
 中央の玉座のようなところにひと際大きなゴブリンが座って、雌のゴブリンを侍らせていた。

「前に倒したゴブリンキングより大きいな」

『のじゃ? じゃあゴブリンエンペラーとでも命名しておくのじゃ。大きくたってしょせんは鬼なのじゃ!』

「そりゃそうだな。どんな鬼だって切り伏せる、それが俺達鬼狩りだ」

 自然と口元に笑みが浮かぶ。さあ、楽しい鬼狩りの始まりだ。
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