くてくて~ロクデナシと賭博の女神~

日向 葵

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7つのくてくてと放浪の賢者

放浪の賢者、行き着く先は……_2

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 ヴィス達は、真っすぐ進み、落ちた賢者であるフェリズの元にたどり着いた。

「ようやく見つけたぜ、おいぼれ、さっさと俺のくてくてを返しやがれ」

 ヴィスは威圧的な態度でフェリズを睨む。一般的な人だったらビビってしまうだろうその威圧を、フェリズは笑って受け流した。さすが賢者と言うところだろう。ヴィスはその態度を鼻で笑った。

 セーラとアティーラはその以上的な雰囲気にビビってしまい、ゆっくりと後ろに下がる。でも流石はセーラというところだろう。ビビりながら後ろに下がりつつ、補助を促す神聖魔法をヴィスに唱えていた。
 ヴィスはフェリズにバレないようにグッと親指を立ててセーラにお礼を言う。そしてヴィスはまっすぐフェリズを睨みつけた。

「元気のいい若者じゃのう。ほれ、お前さんが欲しいものはこれじゃろう?」

 フェリズはこれ見よがしにくてくてを見せつけてくる。ヴィスはその行動にイラっとした。すぐにでもくてくてを奪い去りたいと思って行動に移そうと思ったが、そこでふとある事実に気が付いた。

「お前、それはっ!」

「ほっほっほっほ、気づかれたか若いの。これが全てのくてくてじゃ。7つすべて揃えておる」

 フェリズの前に置かれている7つのアイテム、それらすべてがくてくてだという。つまり、願いを叶える準備ができたということになる。なのにそれをしないフェリズをヴィスは不思議に思った。

「七つすべて集めていたのか。だがなぜ願いを叶えない」

「何、儂の願いは魔導の深淵を覗くこと。じゃが一人覗いてもつまらんでのう。傍観者が必要だと思ったのじゃ。そしてお前らが傍観者に選ばれた。光栄に思うがいい」

 爺のドヤ顔ほどひどい表情はない。ヴィスたちは口元を抑えて気持ち悪そうにした。
 フェリズはそれに気が付き、何かストンと表情が抜け落ちた。おそらく心に大きな傷を負ったのだろう。賢者様は意外と豆腐メンタルだった。
 フェリズが何かを呟くと、目の前に置かれたくてくてが光り輝きだした。

「っち、あいつ、俺たちの目の前で願いを叶えるつもりだ。そうはさせねぇぞっ」

 ヴィスはすぐに行動を開始する。賢者フェリズのもとにダッシュして、くてくての奪取を試みる。だが、ヴィスが手にする前に、賢者フェリズと共にくてくてが消えてなくなった。
 周りに浮かぶのは、見たこのと聞いたこともない魔法陣。ヴィスはそれを見て、願いの女神シュティアの力によるものだと考察した。
 流石のヴィスの神の領域に対してどうすることもできなかった。
 それから魔法陣の中心が黒く濁りだし、形のない真っ黒な泥ののような何かがドロドロと流れ出てきた。
 フェリズが何を願ったのかは容易に想像できる。賢者と呼ばれるほどに、フェリズは魔法に心酔しており、その行き着く先に何があるのかをずっと追い求めていた。そして限界を感じたからこそ、フェリズは神の力に頼ったのだと推測できる。

 だけどヴィスたちの目の前にあるものは、果たして魔法の行き着く先にあるものなのだろうか。

 形のない黒い泥の至るところに、三点のくぼみが浮き上がり、それはまるで人の顔のような形になっていた。シュミラクラ現象というものに近いかもしれないが、その三転のくぼみはまるで嘆いているかのように声を上げた。低く、濁ったようなうめき声のように聞こえるその音は、幾人もの怨嗟の声を彷彿とさせるものがある。セーラとアティーラは、耳をふさぎ、その場に座り込む。あまりにも恐ろしい光景に、どうすることも出来なくなったのだ。

 だけどヴィスは違った。いつになく真剣な表情をして剣を持ち、まっすく成れの果てを見つめている。

 どろどろと湧き出ていた黒い泥が全て出されると、魔法陣が何もなかったかのように消えて、くてくてが再び世界に飛び散る……なんてことは起こらなかった。ただ魔法陣が消えただけだ。

 形を持たない黒い泥は、心臓の鼓動のように、ドクン、ドクンと大きな音を鳴らし、触手のようなものがゆっくりと生えてきて辺りをぺたぺたと触り始めた。
 それからゆっくりと顔のような部分が現れる。

「なんだこれは、なんだこれはっ!」

 その顔が叫ぶ。顔もその声も、放浪の賢者フェリズのものであった。
 ヴィスは、「まあこんなものか」と何か納得したように頷く。

「セーラ、アティーラを連れてここから逃げろ。それぐらいできるだろう?」

 屑男とは思えないかっこいいセリフを言うが、セーラはゆっくりと首を振った。恐怖で腰を抜かしており、歯をがちがちと鳴らしている。あの名状しがたい泥のような何かの恐怖はセーラのいつもの強気すら奪っていた。

「っち、仕方ないな。大丈夫だ、絶対に俺が何とかしてやるよ」

「これは、これは何なのだっ!」

「うるせぇ、くそじじぃ。こうなるのは分かっていただろう」

「分かっていた? 分かっていただとっ! 貴様は、貴様は魔法の深淵を覗いたことがあるとでも言いたいのかっ! ただの戦士風情がっ」

「っけ、そのぐらい見に行ったことあるに決まってるだろう。何もなかったよ。ただ真っ暗でドロドロとしているだけだ。生きる希望も死者の怨嗟の声さえもない、あるのは禍々しく名状しがたい力のみ。魔法の行き着く先なんていうのはよう、なんでもできてなんにでもなれる力だけだ。結局、それで形作るのは人の意志なんだよ」

「ふざけるな、ふざけるなっ!」

 泥のような触手が硬化してヴィスに襲い掛かる。だがヴィスは、当たり前のようにその触手を切り伏せた。

「なぜ、なぜだ、なぜこれが切れるっ」

「そんなのも分からねぇのかよ。賢者様も大したことねぇな」

 剣を構えるヴィス。いつもと真面目そうな雰囲気にセーラもアティーラも、敵であるはずのフェリズでさえもその風格に飲み込まれていた。
 フェリズはハッとしたように何か気が付いた。

「まさか、貴様は……貴様はっ」

 予想外の敵でも見るようにわなわなと震える。黒い泥のような姿のため、ぷるぷる揺れているという表現が近いかもしれない。
 思わず揺れてしまうほどにフェリズは同様していた。
 この状況についていけなくなったセーラとアティーラは怯えながらもヴィスとは何者なのだろうかと興味を持つ。
 そして次に放たれたフェリズの言葉に驚愕した。

「大陸戦争を終結さえた英雄ヴィスかっ! なぜ貴様のような奴がこのような場所にいる。4大陸の女神たちに寵愛を受ける貴様が……なぜっ」

「なぜって、いるんだからしかたないだろう。それに俺は寵愛をもらうだけでなんも返してないぜ。あいつら意外とちょろかったぜ、けっけっけ」

 あくどい笑みを浮かべるヴィスに、セーラとアティーラが苦笑いを浮かべる。その言葉はいかにもヴィスらしいと思った。女を侍らせて貢がせる、典型的な屑野郎だ。なぜこのような男が英雄などと呼ばれているのか、世の中理不尽である。

「んで、どうするよ。俺たちはお前を放っては置けない。さっさと討伐させてもらおうか」

「え、なんか私達も戦うことになってる。私は賭博の女神だから戦えないんだけどっ」

「借金、少し黙るですっ!」

 セーラに口を塞がれるアティーラ。女神とはいったい何なのだろうか。そこには威厳も何もない。

「くそ、くそくそくそくそくそ、なぜだ、なぜこうなった。なぜなのだっ! 儂はただ、魔法のその先に、たどり着きたかっただけなのに……」

「その先にあるものを神っていうんじゃねぇの? 知らんけど。さて、さっさと討伐しようじゃねぇかっ! セーラっ!」

「はいです、師匠っ!」

 さすがはセーラ、と言ったところだろう。ヴィスの一言で何をしなければいけないのかを察して、ヴィスに向けて強化の神聖魔法を繰り出した。魔法の効果により、ヴィスの身体能力が向上する。さらにヴィスは今まで隠してきた力を開放する。
 圧倒的な存在感と可視できる程の魔法的力、それに賢者フェリズに構える大剣を持つその姿はまさしく英雄だった。

 たいしてフェリズは黒い泥をさらに形作り、禍々しいものへと進化を遂げる。それはまさに魔王と呼ぶにふさわしいものへと変化を遂げる。
 まさに、決戦が行われようとしていた。
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