暁を願う

わかりなほ

文字の大きさ
10 / 12

遣らず雨

しおりを挟む
 「まだ、抵抗するのか…! 」
絞り出すような声。迫っていた刀は、首に触れるか触れないかの位置で止まっていた。カタカタとその剣先が震える。
「邪魔するな…!」
呻き声。刀が落ちる。憑鬼は頭を抱え込む。
「ぐっ、ああっっ」
苦しげな声がしたと思うと、ピタリと動きが止まった。
静寂が訪れる。
「…?…」
「…俺がこの人格を保っていられるのは15分が限界だ…」
唐突に切り替わった一人称に息を呑む。身体を縫い付けていた刃が落ちた。
頭を抱え、顔を覆うようにしていた手がゆっくりと離れる。

そこにあったのは、狂気に満ちた金の瞳ではなく、海のように深い青色の瞳だった。

朝から降り続けていた雨の音が遠ざかる。

「恭…さん?」
は、懐から煙管を取り出し咥えた。
「ああ。そうだ」
やっと、声が届いた。
「…馬鹿野郎。忘れろって書いただろ。俺のことなんざ忘れて幸せになってくれって…。なのに、何で来ちまうんだよ。何でっ…お前らは…」
苦しそうに言葉を吐き出していく。
「当たり前じゃ無いですか」
「お前は、俺らをずっと守ってくれた。だから、次は俺らの番だろ」
くくっと恭さんが笑う。
「2年は、長いな。雪も玲も、大きくなりやがって…。来てくれて、ありがとな」
最後の方の声は、震えていた。
1度瞳を閉ざし、彼はもう一度瞳を開けた。その視線が射貫くようなものに変わる。
「なぁ、よく聞いてくれ」
小さく頷いた。
「憑鬼の弱点は、ココだ」
彼は、雫のペンダントの下に隠れる、黒い石がはめ込まれた飾りを指す。ブローチの類いだろうか。
「この石を壊せば、こいつは死ぬ」
彼は、自嘲するような笑みを浮かべ、さらに続ける。
「もう、俺は多分ダメだ。完全にこいつに呑まれた。2度と『夜月恭哉』に戻ることは出来ねぇ。ごめんな。どうしようもない野郎で」
その悲痛な表情に胸が痛くなる。
「俺の心臓ごと、この石を貫いてくれ。お前らの手で、終わらせてくれ。頼む」
深く深く恭さんは頭を下げた。
「…貴方がそれを望むなら、私たちは何でもします。でも、もう一度戦うことは出来ませんか」
「恭哉。お前がいない世界は、苦しいよ」
玲は弱々しく笑う。分かっている。どれ程残酷なことを言ってるかなんて。でも、どうしても一緒に居て欲しかった。もういなくならないで欲しかったのだ。
顔を上げた恭さんは、グッと眉根を寄せる。苦しそうな表情だった。
「それ…は」
彼の冷え切った手を、そっと握る。
「私たちも頑張るから。戦いますから。貴方もどうかっ…どうかもう一度っ…」
涙が溢れた。玲も小さい子どものように涙を零す。止まることの無いソレには構わず続ける。
「俺たちは、まだお前といたい。もう何も失いたくないんだよっ!」
感情に言葉が追いつかない。その距離を埋めるように、強く強く恭さんの手を握った。
不意に握りしめていた手がほどかれる。代わりに、確かな温もりを頭に感じた。彼は、私たちの頭に手を乗せたまま何も言わなかった。ただ、柔らかな色を瞳にのせ、穏やかに笑ったのだ。
「…離れていろ」
優しく身体が離される。そして、深い青は狂気の金に染まっていく。
「ああー。やっと戻れたぜ。とっととお前らを殺して終わりにしねぇとな」
もう一度。進む力を。刀を構えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

そんなに義妹が大事なら、番は解消してあげます。さようなら。

雪葉
恋愛
貧しい子爵家の娘であるセルマは、ある日突然王国の使者から「あなたは我が国の竜人の番だ」と宣言され、竜人族の住まう国、ズーグへと連れて行かれることになる。しかし、連れて行かれた先でのセルマの扱いは散々なものだった。番であるはずのウィルフレッドには既に好きな相手がおり、終始冷たい態度を取られるのだ。セルマはそれでも頑張って彼と仲良くなろうとしたが、何もかもを否定されて終わってしまった。 その内、セルマはウィルフレッドとの番解消を考えるようになる。しかし、「竜人族からしか番関係は解消できない」と言われ、また絶望の中に叩き落とされそうになったその時──、セルマの前に、一人の手が差し伸べられるのであった。 *相手を大事にしなければ、そりゃあ見捨てられてもしょうがないよね。っていう当然の話。

処理中です...