チート火消に憧れて、火消になってはみたけれど

落花生

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首席になって弟子入りしました

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「春。あなたは、本当に鴉隊を希望するのですね?」
 青龍隊の定火消屋敷で、春は隊長の青龍に尋ねられた。
 うららかな春の陽気に、江戸では花見やら団子やらに浮かれる季節である。だが、青龍隊で基礎訓練を終えた火消たちにとっては、自分の配属される隊が決まる大切な季節でもあった。ほとんどの者は自分の意思に関係なく割り振られた部隊に配属されることとなるが、春は一番の成績で青龍隊の卒業課題に合格した。
 慣例として首席卒業者は、自分の行きたい部隊を選ぶことができる。春はもちろんそのことを知っており、自分が配属される部隊に鴉隊を望んだのである。
 定火消とは、江戸の町を鬼から守るものたちのことだ。
 鬼とは人が激情にさいなまれるとなるもので、驚くほどに巨大な炎の人型である。一説には人間のなかにある鬼火というものが燃えて、人は鬼になるのだという。定火消は、この鬼と戦い江戸の町や人々を守ることを使命としている。普通の火事を相手にする、町人を中心にして結成された町火消とは一線をかくする職業である。
「はい。俺はずっと鴉隊長に憧れてきました」
 春は、目を輝かせて青龍に答えた。
 家族や財産をすべて失った日に見てしまった――鴉の戦う姿。
 その姿を見た瞬間から、春は一羽の鳥に憧れた。焦がれに焦がれて春は定火消となり、今年めでたく新人の訓練の役目も背負っている青龍隊から巣立つ季節がやってきたのである。
「鴉に憧れるのは良いですが……あの男は片腕を失い、しばらく鴉隊を離れていたのですよ」
 青龍は、少しばかり不安そうな面持ちでいた。生真面目な教師風の青龍は、滅多に不安を表すことはない。新人が多く集まる青龍隊では、自分の不安がすぐに伝播してしまうと知っているからである。
 だから、青龍はいつも澄ましている。
 その立ち振る舞いは、先代のものとよく似通っているという。歴代隊長のなかでも珍しく先代朱青龍隊隊長は女性だったというが、任期の短かった前任者を春は知らなかった。現青龍隊隊長の顔には強い不安が浮き出ていた。
「もちろん、その噂は知っています。ですが、今でも鴉隊長は最速の火消です」
 春は、意気揚々と答える。
 憧れの鴉の身に起きた大事件の噂は、春も耳に入れていた。
 去年、鴉の兄が火付け盗賊改め方に捕えられてしまった事件があった。火付け盗賊改め方はありえぬことに「鬼となり江戸に火をつけて、その後人間に戻った」として鴉の兄を捕えた。
 兄の危機に鴉は片腕を切り落とし「兄が鬼になったらな、未熟な自分の腕など切り落とされていた。この腕が先ほどまでくっついていたのが何よりの証拠」と文を書き、火付け盗賊改め方の屋敷に投げ入れたらしかった。その恐慌には火付け盗賊改め方も恐れをなし、また鬼になった者が人に戻ることなどありえないと上から沙汰がおりたせいもあって、鴉の兄は無罪で釈放されたのだという。どこまでが真実なのかは春には分からないが、鴉はその後に兄が隊長を務めていた朱雀隊隊長を数か月間だけ務めている。
「……集団戦は苦手で、朱雀隊隊長の任を数か月で降りた隊長ですよ」
「それは、周囲の人間も分かっていたことでしょう」
 春の言葉に、青龍も言葉に詰まった。
 鴉は並外れた実力者ではあったが、その一方で集団行動は苦手という弱点を抱えていた。一日中江戸の民家の屋根と屋根の間を飛び跳ねて移動し、火事や鬼を見つければどの部隊よりも早く駆けつける。その姿は印象的だが、朱雀・玄武・白虎・青龍のそれぞれの隊に分かれて江戸での治安を守っている定火消から見れば鴉の行動は縄張り荒しでしかない。
 だが、鴉の戦力は定火消をやめさせるには惜しい。しかも、その集団行動の苦手さは鴉の方向音痴からきているため改めさせることも難しい。
 そんな経緯で生まれたのが、鴉一人の定火消部隊――鴉隊であった。鴉が朱雀隊の隊長になったことから一時は活動を停止していたが、鴉が朱雀隊に戻ったことで復活している。
「たとえ首席卒業者が隊を希望しても、そこの隊長が許可を出さなければ所属はできないのですよ。今までの新人の希望は鴉がすべて断っていましたが、今回は何故か承諾しました」
 青龍の言葉に、春の心臓は高鳴った。
 自分の実力が、鴉に認められたと思ったのである。
「ですが、鴉は新人教育の経験がありません。今は朱雀隊副隊長だった四十万が鴉隊にいてくださっていますが、間違いなくあなたは放っておかれるでしょう。もう、野良猫のごとく勝手に育てと言われるはずです」
 はぁ、と春は相槌を打った。
 青龍は、はぁとため息をつく。
 定火消の隊長は、隊長に就任すると共に名前を捨てて隊の名前をいただく。そのため、目の前の青龍も勿論本名は別にある。もっとも、本名で呼ばれているところなど一度も見たことがない。一度名を捨ててしまえば、青龍は死ぬまで青龍であるのだ。
「優秀な人材が、そんなところで躓くのは正直見たくはありません。悪いことはいいませんので、鴉隊はあきらめなさい。あそこは、憧れだけで所属するような部隊ではありません」
 青龍の言葉に、春は首を振る。
「俺は、絶対に鴉隊にいきます。絶対に鴉隊に行って、あの人と同じように火事で巻き込まれた全員を助けられるようになります」
 鴉が自分を救ってくれたように自分も人を救うのだ、という決心が春にはあった。
 青龍はその決心を見て、すっと立ち上がった。
「もしも、なにか困るようなことがあれば相談しに来てください。鴉や四十万だけに頼るようなことはせずに」
「先生……そんなに鴉隊長を信用してないんですか?」
 春の言葉に、青龍は困ったような顔をした。
「鴉は実力はありますが、精神的にはかなり未熟です。部下を支えるのではなくて、部下に支えられて隊長として何とかやっていけています。経験豊富な四十万との相性はいいでしょうが、あなたとの相性は悪いです」
 だから心配なのですよ、と青龍は言う。
「しかも、四十万は鴉に甘いですから」
「隊長、俺は大丈夫です」
 春の言葉に青龍は「やはり、不安です」と呟いた。
 そんなとき「失礼します」という言葉と共に部屋の障子が開かれた。
 青龍隊隊長の部屋に現れたのは、渦中の人である四十万であった。死亡率が高く世代交代が早い定火消という職に就いていながら、四十歳の四十万は年寄りの部類に入る。現に、青龍よりも十歳は年上であろう。
「こちらに鴉隊への入隊希望者がいると聞きまして、隊長に命じられて迎えに来ました」
「随分と過保護な命令ですね」
 鴉らしくない、とでも青龍は言いたげであった。
「隊長は、青龍隊の屋敷から鴉隊の屋敷に一人で迷わずに行けるはずがないと考えているようで……」
「鴉に、すべての人間が自分のような方向音痴ではないと伝えなさい。というか、その場で訂正しなさい」
「隊長のお決めになったことですから」
 四十万のはっきりとした物言いに、青龍はあきれたようであった。
「その無意味な甘やかし方はなんとかなりませんか?」
「隊長は一人で責務に耐えているのです。私ぐらいが甘やかさなければ、かわいそうではないですか」
 青龍は、無言で春を見つめた。
 考え直すのならば今です、とでも言いたげな顔だった。
 それでも、春は考えを曲げない。
 「四十万さん、これからよろしくお願いします」
 春は、頭を下げる。
 その胸には、相変わらず将来への希望が満ち溢れていた。
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