チート火消に憧れて、火消になってはみたけれど

落花生

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鳥は空を飛ぶものだけど、地上で走らせても結構早い

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「げっ、鴉隊長が外に出ている!!」
 春は、人が行きかう通りを指差す。
 霧人も目を凝らすと、そこには四十万と共に歩いている鴉がいた。屋根と屋根の間を跳ぶこともせずに、普通に地面を歩いている。春は、もうすっかり自分が助けた女のことを忘れたらしい。
「……なんか、普通に歩いている隊長に違和感を感じる」
 普段飛び跳ねている鴉を見慣れているせいで、春は首をかしげた。むろん、鴉の怪我の状態で飛び跳ねるなど言語道断なのは理解しているのだが。
「春、鴉隊長だって道を歩くときもあるんだ」
 霧人は、春の肩を叩いた。
 四十万も鴉も今日は仕事をする気はないらしく、私服姿である。四十万が一歩引いて歩くから、鴉はまるでどこかの大店の跡取りみたいにも見えた。
「鴉隊長!」
 春は、鴉の元へと駆け寄る。春に気が付いた鴉は、びっくりしたようであった。近くで見れば、鴉の着物は春が一緒にいるときに購入した古着であった。
「あれ、春。どうしたんですか?」
「それはこっちのセリフです。出歩いてもいいんですか?」
 春は、四十万を見る。
 彼がちゃんとついてきているということは、今回の外出は鴉に負担がかからないと判断したのであろう。久々の外出に、春の表情も晴れやかであった。
「心配しないでください。散歩ついでに、改良をお願いした刀を取りにきただけですから」
「無茶なお願いに、今度こそ職人が泣いていましたよ……」
 四十万は、ため息をつく。
 鴉の刀の扱いは最悪で、戦闘中に邪魔と判断すれば容赦なく捨て、回収すらしないことも多々あったらしい。さらに職人に対して「この刀は重いから、軽くしてください」と無理難題をふっかける。おかげで、今では職人たちから「おまえには絶対に名刀は持たせない!!」と鴉は宣言されていた。
「今回は、簡単な改良でしたよ。刀を苦無風にしてもらっただけですから」
 せっかく打った刀が、バラバラである。
 今日も、鴉は職人に嫌われていく。
「刀を苦無になんて、武士だったら考えてもやろうとは思わないでしょうね」
「俺たちは火消です。武士の魂も矜持も関係ない。生きて鬼さえ殺せればそれでいい。そうでしょう、四十万」
 鴉の言葉に、四十万は「まぁ、そうではありますけど……」と答えた。彼としては職人の苦労も分かるので、鴉の意見に賛成しにくいのであろう。春も思わず苦笑いを浮かべる。
「それに、さすがは贔屓にしている刀鍛冶です。非常によいものを作っていただけました」
 そんな周囲の反応なんて気にもせずに、鴉は新しく打ってもらったという刀を取りだす。それは、たしかにもう苦無であった。そもそも鴉は短い刀を使用していたが、新しい刀は掌ぐらいの大きさしかない。その代り、その苦無はいくつも作られている。
 短すぎる刀は、鴉の動きをいっさい阻害しないであろう。
 鴉は、これからもっと早く動けるようになる。むろん、両腕がそろっていた全盛期には届かないであろうが、それでも近づく努力をしている。
 春は、拳を握る。
 ――近づきたい。
 ――でも、近づきたいと願う人はいつもすごい速さでたどり着けない高みへと登っていく。
 ――それが、少し悔しくて嬉しい。
「隊長、今は怪我をちゃんと治してくださいね」
「うん。でも、新しい武器ってすぐに使ってみたくなりますよね。四十万、今から山とかに行って何か狩ってこようよ」
 鴉の提案を四十万は当然許可しなかった。
 それでも鴉は、嬉しそうである。
「鴉隊長は、今度はそれで鬼と戦う気ですか?」
 霧人の言葉に、鴉は頷いた。
「素早く……首を狙いますよ。苦しむ暇なんてあたえません」
 鴉の言葉に、春はぞくりと寒気がした。
 低い鴉の声には、普段にはないものが含まれていた。
 それは、きっと殺意だ。
 霧人もそれを感じ取ったらしく、一歩下がった。霧人は、鴉の殺気を恐ろしいと感じたらしい。それをごまかすように、鴉はにこりと笑う。
「鬼の話ですよ」
 そうとは聞こえなかったのは、春が鬼を人の形状の時に殺すと隊長たちが話していることを知っているからなのか。春は、思わず自分の首をなぞった。
「鬼の話だって言っているでしょうに」
 あなたが恐怖してどうするんですか、と鴉は苦無を仕舞う。
「俺が動くのは怪我が治ってからです。それまで、春を頼みますよ」
 鴉は、霧人の肩を叩く。
 四十万はそのとき、霧人の顔をよくよく見たようだった。そして、首をかしげていた。
「失礼しますが、あなたはもしや先代の青龍隊長のご親戚ですか?顔があまりに似ているので」
 四十万の言葉に、春も霧人の顔を見る。
 だが、そもそも春は先代の青龍隊隊長を直接知らない。現青龍隊隊長に少しばかり話を聞いたことがあるくらいである。任期は短くも、立派に青龍隊の隊長を務めたらしい。定火消の隊長は現場で死ぬことが多く、任期の短いのは珍しいことではない。
 だが、先代の青龍隊隊長は女性であった。定火消の歴史を見ても女性の火消は少なく、隊長にいたっては歴代で二名しかいない。
「はい、先代の青龍隊の隊長――本名鈴鹿は俺の姉です」
 霧人は、そう答えた。
「やはり、優秀な方でしたので記憶に残っていました。それに、女性の火消はとても珍しいので」
 四十万も女性の火消は珍しいというし、現に今の火消に女はいない。例外としてあるのは、吉原の自衛団の猫隊であろうか。
 吉原にある女性だけの自衛団は、主に治安維持の方向性で活躍をしている。火事や鬼と戦うまでの戦力は持ち合わせていないが、予算の関係上猫隊は火消の一部と数えられることが多い。話によると鈴鹿は、その猫隊から引きぬかれて青龍隊隊長まで昇格したらしい。
 青龍隊は、新人育成も兼ねる部隊である。そのため隊長には、戦闘能力よりも教師としての才能が求められる。鈴鹿には、その才能があったのである。
「はい、優秀な姉でしたので」
「あんなことになってしまって……火消らしい、立派な最後でした。」
 火消の大半が、鬼と戦って死んでいく。
 隊長も変わらず、むしろ隊長こそ勇んで鬼に立ち向かって死ぬ。だからこそ、火消の隊長は代替わりが早い。霧人の姉も、火消らしい最後を迎えたらしい。
「四十万、もう帰るよ」
 鴉に急かされて、四十万は春たちに背を向ける。
 春は、ぽつりと霧人に尋ねてみた。
「霧人は、姉に憧れて火消になったのか?」
 春の問いかけに、何故か霧人は面食らったような顔をしていた。
「ああ、そうだ。俺が火消になったら、姉さんの代わりが見つかると思った。でも……全然見つからなかった。姉さんみたいに、江戸中の人間すべてを助けたいなんて言っているような人間なんて火消のなかにはいなかったな」
 現実的ではないことを話す姉だった、と霧人は語る。
 たしかに、霧人の姉の言葉は現実的ではないであろう。いくら実力をつけようとも救えない命など山のようにある。むしろ、火消になればそれを目の当たりにすることのほうが日常となる。それでも、そんな霧人は懐かしむように目を細める。
「なら、お前はその夢を叶えればいいじゃないか」
 春は、夕飯のおかずを口にするような気軽さで唇を開く。
「お前が、姉の夢を引き継げばいいんだよ。それで、お前が駄目でも俺が引き継ぐ。まぁ、もっともソレは俺の夢でもあるってだけだけど」
 霧人は、恐れるようなものを見るように春を見る。
 若気のいたりで大層な夢を見ている、と笑うこともできただろう。
 だは、霧人は理解していた。春は、姉と同じ人種の人間であると。夢を抱いて、その夢のために努力することを苦にしない人間であると。
「今でよかった……」
 霧人は呟く。
「お前に会ったのが、今で本当に良かった」
「何を言っているんだよ、霧人」
 疑問符を浮かべる春に、霧人は笑いかける。
 その笑顔にも、春は違和感を覚えた。
 いや、違和感ならばずっと前に感じていた。今、それがようやく違和感であると気が付いたのである。霧人は、助けた女に声をかけろと進めたときに「女辻斬りはもうでないだろうが」と言った。
「……霧人、どうしてお前は女辻斬りがもうでないって言ったんだ。確かに被害者は少なくなっているけど、確実にいなくなったとは言えないだろ。それなのにどうして……」
 女辻斬りは、たしかにこの頃は活躍していない。
 それでも江戸の人々は、その恐ろしさをまだ忘れていない。ましてや定火消がその恐ろしさを忘れるには、あまりに時間が短すぎる。
 霧人は、春よりも長く定火消をやっている。
 注意しろ、と注意をすることはあっても安心しろとは言うのがおかしいような気がした。ああそうか、と春は一人で納得する。
「霧人、お前は女辻斬りのことについて何かを知っているんじゃないのか?」
 春は、霧人が何かしらの情報を掴み、手柄を立てるために隠していると思った。
 そうなれば、霧人の疑いを晴らすことにもなるかもしれないと思ったのだ。霧人は、消え鬼が出現したときに現場にいた。隊長たちに疑われている団員の一人である。だから、女辻斬りの犯人を上げれば霧人の疑いも晴れるのではないかと春は考えた。
 霧人は、善人であるのだ。
 だから、それを証明するだけでいい。
 霧人が、消え鬼であるわけがない。
「教えてくれ、霧人。俺、それを手伝うから」
 春の言葉に、霧人は言葉を失ったように思えた。
 そんな霧人に向かって、春は手を差し伸べる。
「大丈夫、俺はお前を信じる。だから、一番最初の協力者にさせてくれ」
 春の言いたことを理解したらしい霧人は、なぜか寂しそうな顔をした。
 自分の思いと春の思いがかみ合わないと痛感したような顔であった。
「……小腹が空いたな、団子でも食べながら話そう」
 霧人が指差す方向には、団子屋があった。子供の小遣いでも足りる安い団子を注文し、二人は店先にある腰かけに座る。二人の眼前には、平和な江戸があった。
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