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「若い使用人たちへの教育は、あなた達3人が行っているんでは?」

「はい、その通りです。」

エルミナが答えた。
「紅茶を淹れる事が、出来る者が居ないの?」

「申し訳ありません、奥様。現在の使用人たちでは、お嬢様に敵う者もおりません。」

「アウエリアはこんなに早く、淹れられるようになったのに?」

「私たちの指導不足です。」

エルミナが謝った。

「他の使用人に、紅茶を淹れてあげたりはしていないの?」

私が聞いた。

「そんな事はしません。」

リリアーヌがキッパリと答えた。

「ダリアは?」

「お菓子を渡すことはありますが・・・。」

「じゃあ、しょうがないんじゃない?」

「しょうがない?」

「紅茶の淹れ方を知っていても、正解が解らないなら、そこに到達する事は不可能でしょ?」

「「「???」」」

「私は、毎日、美味しい紅茶を飲んでるのよ、自分が淹れた紅茶が、それに近づいたかどうかは、自分で判断できるわ。」

「確かに・・・お嬢様の自己採点は完璧です。」

リリアーヌが言った。

「なるほどアウエリアが言う通りね。例え練習していたとしても、それが正解かわからなければ、上達のしようがないわね。」

「で、では、私たち3人が持ち回りで・・・。」

エルミナは、そう言ったが。

「エヴァーノに頼んだらどうかしら?」

私が、そう提案した。

「エヴァーノにはゆっくりしておいて欲しいのだけど。」

「エヴァーノなら喜んで引き受けてくれると思いますよ。お母様。」

使用人の紅茶の指導員がエヴァーノに決定した。




後日、エヴァーノの所へ行くと苦情を言われた。

「まったく、何で今更、私が・・・。」

とても嬉しそうだった。

◇◇◇

朝食時、お父様に言われた。

「明日は、王宮へ行く予定だったね?」

「はい。」

「申し訳ないが、延期してくれないか?」

「???」

日程変更?
何故に?
私が、展示室でスケッチするだけで、延期する意味がわからない。

「ごめんなさいね。アウエリア、明日は私の予定がつかないのよ。」

そうお母様に言われたが、余計に意味がわからない。
私が王宮へ行くのに、何の関係が?

「えっと、お母様の予定と何の関係が?」

「えっ?私と一緒に行くに決まっているでしょ?」

「はい?」

意味がわからず、お父様の方を見ると困った顔をされた。

「もし何だったら、明日はレントン商会へ出向いたらどうだろう?」

お父様が提案した。

「それはいい考えね。」

お母様が同意したことで、明日の私の日程が決まった。




午前中の・・・。
もういいや。

午後は、クロヒメに騎乗した。
元気いっぱいのクロヒメを宥めるのに苦労したが、なんとか乗りこなした。

そしてレントン商会へ出向く日。

「・・・。」

私は無言のまま周りを見渡した。

私の隣にはクロヒメが纏わりついている。
まあ、正門で引き離される運命(さだめ)なのだが。
側に仕えるは、リリアーヌ。
うん、ここまではデフォルトだが・・・。

クロヒメから離れるように囲むは、ピザート家の精鋭6名。
多すぎね?

なるほど、これが護送っていう奴か・・・。

ピザート家の正門で、ブレンダとアンが苦労して私からクロヒメを引き離すと、私たちは、ピザート家の正門から一番近い貴族門へと向かった。

貴族と平民を隔てる門は、王都内に5カ所。
私が普段使うのは、そのうちの1カ所だけ。
そして、毎度の事ではあるが、門番とリリアーヌの遣り取りが繰り広げられる。

「今日は、お嬢様なんだな。」

「ええ、私の妹にこのような警護は不要でしょ?」

「あくまでも別人と言い張るんだなっ!」

「私の妹は以前、一人で平民街に出たことがあります。」

「あ?ああ確か、そんな事があったな。」

「もし、あれがお嬢様だとしたら?」

リリアーヌの言葉に、門番の顔が真っ青になった。

「よ、よし、わかった。うん・・・。」

「私の妹であっても、今後は一人で平民街に出る事は、無いようお願い致します。」

「わ、わかった。直ぐに屋敷の方へ連絡を入れるようにする。」

ちっ、今後は一人で行くのは、無理っぽい。
まあ一人では、行かんけど。

「ようこそ、いらっしゃいました。」

レントン商会に出向くと、会頭が出迎えてくれた。
そのまま、妹であり、職人であるエンリの所へ案内してくれた。

「急に決まってしまって、御免なさい。」

「とんでもありません。お昼も用意しておりますので、それまでは、妹がお相手いたします。」

「エンリ、宜しくね。」

「はい、お嬢様。」

職人の部屋というよりは、エンリの個室に残ったのは、私とエンリ、そしてリリアーヌの3人だけだ。

「それで、お嬢様、デザインの方はどんな感じですか?」

「まだ、展示室の物をデッサンしてるだけよ。」

「見せて貰ってもいいですかね?」

リリアーヌに言って、持ってきているデッサンの紙を3枚渡した。
それは展示室でデッサンした物のみであり、あっちのデッサンは、自室に保管してある。

「す、凄い・・・。」

「イミテーションと言ってもデザインは凄いでしょ?」

「い、いえ。お嬢様のデッサン力に驚いてます。」

「そう?」

「はい、こんなに描けるなんて・・・。」

そりゃあ、まあ、前世で美術部だったし。
何となくだがデッサンの描き方なんてものを覚えている。
それに、城に行く前は、寝る前にデッサンの練習しまくったし。
この世界の紙は、貴重品なので、おいそれと使える物じゃあないかもしれないが。
そこはそれ。
私、侯爵令嬢だし。

「まだデッサンし足り無いんだけど、中々、展示室へ行けないのよねえ。」

「それは、そうでしょう。貴族以外立ち入り禁止の場所ですからね。」

エンリがそう相槌を打ったが。
問題は、別なのだけども。

「そうそう、いし拾いで、拾った物を加工してもらえる?」

「はい。緑のやつですね。」

「ええ。」

リリアーヌが持っていた緑のメノウをエンリに手渡した。

原石の大まかな作業としては、石部分の切削、宝石部分の形状作り、研磨といった感じ。
エンリは、丁寧に石部分を切削していった。

「お嬢様、形状はどうしましょう?」
「うーん。」
石部分を切削した原石は、楕円形で平べったいものだった。
「この感じだとブローチかなあ?」

「そうですね、この大きさならブローチがいいと思いますよ。」

「じゃあ楕円形で、お願い。できれば縞模様が見えない様に。」

表側は、縞模様がない綺麗な緑だが、裏側は、層が出来ていた。それが若干表の端部分にかかっている個所もあったので、バッサリと切削してもらった。

その後、磨き作業も終わり、綺麗な真緑のメノウが完成した。

うん、これ綺麗だ。

ついでに、出店で買った小さい原石も、磨きをかけて貰った。
赤と黄と青の球体の石だ。
色石と呼ばれるもので、宝石のような透明感は少ないものの、混じりっけの無い物を選んでいるから、綺麗だった。

一旦、昼食となった。
普段と変わらぬようなメニューなのだが。

私が普段と変わらないという事は、レントン商会め、かなり無理をしてるな。

「こんな豪華なランチは久しぶりです。お嬢様、毎日来てくれませんか?」

エンリが、そんな事を言うので、会頭の方を見ると笑顔が引き攣っていた。

安心してほしい、毎日は来ないから。

私は心の中で、そっと呟いた。




午後からはブローチとなる土台の制作。
まずは、デザインからだ。
あまり凝ったのをデザインすると、後で苦労する。

銀粘土なんて、ないんだろうなあ・・・。
日本で開発された物で、確か平成だったはず。

「ブローチの土台は銀?」

「はい。あ、あのう・・・私が彫金するので、なるべく細かくないようにデザインして頂くとありがたいです・・・。」

ふむ。

「私、彫金やってみたい。」

「えっ・・・。」

「別にお披露目で使うわけでもなく、商品でもないし。」

「そ、そうですね。難しいですが、やっちゃいますか。」

という事で、自分でデザインして、自分で彫金する事になった。
実をいうと、私は彫金経験者だ。
何せ、宝石鑑定師の通信教育を受けてたくらいだ。シルバーアクセサリーの1つや2つ作ってる。
と言っても、彫金は、体験教室でやったくらいだけど・・・。
結構、音響くし、家じゃあ出来まへん。

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