上 下
7 / 22

洗礼

しおりを挟む
家に帰ると、勇気は母親の緑に聞いた。
「なあ母ちゃん、パンチを教えてくれよ。」
「前に言っただろ。成長期の前に筋力は鍛えすぎちゃあいけないってね。」
「だって、また上の奴らと揉めたら、フルボッコにされるじゃん。」
「まったく、お前みたいな可愛い子を平気で殴るなんて碌な奴らじゃあないね。母さんが半殺しにしてやろうか?」
「今更、いいよ。真斗が半殺し以上にしてたし。」
「さすが真斗だね。高校も一緒なんだから、真斗に守って貰いな。」
「何で、自分より弱い奴に守って貰わないといけないんだよ。」
いやあ、まいったわ。
こういうのを、美少女の皮を被ったガキ大将って言うんだろうか。
「なあ、母ちゃん、手加減するから、キック解禁してくれよ。」
「へえ。そんな器用な真似が出来るの、勇気。」
「で・・・。」
緑屋家家訓。
母親には、決して嘘はつかない。
これは、娘、息子はもちろん、夫も含まれた絶対的家訓。
「出来ない・・・。」
「じゃあ駄目だ。いいじゃないか、そうそう、浩ちゃんも同じ高校なんだろ?」
「浩一は駄目だ。何の役にも立たない。」
「そんな事ないだろ。先生を呼びに行くくらい出来るさ。」
「・・・。」
勇気の母親にもモブ扱いされる港浩一だった。

地元の普通高校は、少子化の波もあって、クラス数も少なく、真斗、勇気、浩一は、同じクラスになった。
「同じクラスだな。」
浩一が言った。
「なあ、他の中学出身で強い奴って誰だ?」
勇気が聞いた。
「何言ってんの、お前・・・。」
浩一が呆れながら言った。
「まずは1年をしめないと。」
「キックなしでか?」
「・・・。」
「高校生になったんだから、大人しくしようぜ。」
「絡まれたらどうすんだよ。」
「勇気は俺が守る。」
真斗が言った。
「俺より弱いくせに。」
「キックが無い勇気よりは、俺の方が強い。」
「くっ・・・。」
「大丈夫さ、高校は停学や退学があるんだ、そうそうからまれやしないさ。」
浩一は思った、もし、からまれるとしても真斗の方だろうと。
真斗の身長は180を超え、体つきも引き締まっていた。バイトと言う名のトレーニングのせいで。
「お前が、間壁だな。ちょっと、面かせ。」
1年の教室に3年が入ってきて、真斗を囲んだ。
「何だお前ら。」
食ってかかったのは、もちろん勇気だった。
「浩一、勇気を頼む。」
「わかった。」
浩一は、ガシッと勇気を羽交い締めにした。
「な、何するんだ浩一。」
「さて、先輩方、行きましょうか。」
真斗は手を出す気は更々なく、ボコられる覚悟でついていった。
生意気そうな新入生を集団でボコるのは、今も昔も無くならない。停学や退学がある為、そんなにひどい怪我を負うことはない。最初に大人しくしてれば、後は穏やかな学生生活が送れるだろうと真斗は考えていたのだが。
真斗が連れていかれた場所には十人以上の3年生らしき生徒が待ち構えていた。
思った以上に多いな・・・。
少しだけ不安になった。
「まずは俺らから行かせてもらおう。」
3人の3年生が、真斗の前へ出る。
まずはって・・・、何回もやられるのか・・・。
やれやれ。
真斗は、無抵抗で殴られる覚悟を決めた。
「俺たち野球部は、最高でも3回戦という弱小だが。」
「えっ?ちょっと待ってください。」
突然、何を言い出したのかと思い真斗が止めた。
「なんだ?」
「何なんですかこれ?」
「何って、部活の勧誘だが?」
「は?」
「お前に各部のアピールを聞いてもらって、入部する部を決めて貰おうと思ってな。」
なんじゃそりゃっ!
真斗は、心の中で突っ込んだ。
「ま、待ってください。俺はバイトをしていますし、部活する暇はありません。」
「うちは普通校だから、バイトは出来ないぞ?」
「うちは、片親なので・・・。」
その言葉に3年達がざわつく。
「大学へ行くための学費を貯めています。中学でも許可は出ましたし、高校も申請中です。先生も問題ないと言ってました。」
「そ、そうか・・・。野球部は、何だかんだ言って金がかかるしな。わかった。うちは手を引くよ。」
「すみませんでした。」
「お前が謝ることじゃないさ。」
殆どの3年が諦めかけた時、一人の男が立ち上がった。
「話は、聞かせて貰った。是非、我がバレー部へ入部したまえ。」
「えっと、本当に聞いてました?」
「ああ、もちろん。我がバレー部は弱小でね、総勢9名しかいない。即ベンチ入りできる。練習も来られる時でいいさ。」
「バレー部だって、お金は掛かるでしょう?」
高校バレーであれば、シューズにサポーターと個人的に購入しなければならない物もある。
「うちの家は、スポーツ店でね。君が入部してくれるなら、全て進呈するよ。」
「ちっ、スポーツ店のボンボンがっ!」
他の3年生たちが舌打ちした。
「え、えーと・・・。」
断れる理由が見当たらない。
「とりあえず、練習を見に来てくれるかい?」
「は、はあ・・・。」
なし崩し的に、練習を見に行くことになってしまった。

1年の教室に戻ると、勇気と浩一が駆け寄ってきた。
「大丈夫だったか?」
浩一が。
「無傷じゃないか、全員殺したのか?」
勇気が。
「部活の勧誘だった。」
「「はっ?」」
真斗は、二人に事情を説明した。
しおりを挟む

処理中です...