追放された最高魔力の偽聖女が、真の聖女と呼ばれるまで

銀麦

文字の大きさ
9 / 37
第一章 聖王都追放

ノートン商会

しおりを挟む
 居心地の悪い馬車の旅は、途中二回の休憩を挟み、かれこれ車内で八、九時間ほどは経過しようにエレノアは感じていた。朝早くからの出発を加味しても、そろそろ陽が落ちると思っていた頃、馬車は三度目の休止を迎えた。

「降りろ。ついたぞ」

 外からは下車を促す御者らしき男性の声。
 エレノアはその場から立つと、足のしびれで転ばないように、ゆっくりと馬車を降りた。
 すると、眩しい光と共に美しい夕景が、崖向こうに見える西空を茜色に染めているのが瞳に映った。絶景であり風情もあるが、今はそれを眺めて味わうような状況ではない。
 周辺は岩がごろごろした赤土色の地面。途中から馬車が悪路に入ったような感覚はあったが、どうやら標高のある場所まで来ているようだった。

(混沌の森ではなかったわね。まさかの山岳地帯。──とすると聖王都エリングラード北部。ああ本当にタチが悪い)

 エレノアは聖王都エリングラード周辺の地図を頭に思い浮かべていた。

 東部から南部にかけては実り豊かな平野が広がっている。
 西部は混沌の森と呼ばれる凶悪な魔物の住処。
 そして、北部は人の往来が殆どない、険しい山岳地帯が聖王都の近くに構えている。

 確かに国境に一番近いのはここである。国外追放という名目を果たすには、この人の寄りつかない山岳地帯に直行して放り出すのが手っ取り早い。平野を東に向けても南に向けても、最寄りの国外領までは最低でも四日くらいはかかる。
 偽聖女追放には、その費用さえ惜しい、もしくは嫌がらせ、おそらくは両方。
 
「……追放にしてもあんまりじゃないの。この山に放置って事かしら?」
「まあ、これ以上、馬車は進めんからなあ。もう少し先は聖結界の外側だ。下手すると怪物の餌になっちまうだろ?」

 そう言いながら兵士はにやにやと笑った。エレノアが怪物の餌になるのは知った事ではない。そういう嫌みを含ませた発言。
 聖女の張る聖結界の外縁を抜けた先は、結界に阻まれた怪物の巣になっている可能性もある。そして越境先の山岳地帯はどの国の領土でも無い中立地帯だった。山村があるという話は聞いたことがあったが、いずれにしろ困難な旅になる事は疑いようがない。

 今朝方に魔法力マジックパワーを多く消費した身で、手持ちの食料は残り三日分と少し。ここから先の旅は不安しかないが、結局彼らも上の命令に従っているだけである。これ以上、不満を訴えた処で意味はない。エレノアは諦めたように大きな溜息をついた。

「わかったわよ。ここで構わないわ。……じゃあ、さっさと手枷を」
「心配するな。放置なんてしないさ」

 エレノアの台詞を遮るように、背後から別の男性の声がして、エレノアは顔と視線を向けた。その先には、乗ってきたものとは違う馬車が停車している。
 別の馬車が先行していたのだろうか。傍には人影が三名。一緒にやってきた馬車の兵士と御者含めると六名。そして馬車に付いていた社章にエレノアは見覚えがあった。
  
(……あれはノートン商会の馬車。どういう事)

 エリングラードに根を張る大商会の社章を目にした時、エレノアはエリン大聖堂でノートン商会の会長を務める大商人ノートンから、偽聖女と罵られた腹立たしい一件、そして、聖王が病に伏せてから二年、商会に良い噂を聞かない事を思い出していた。

 エレノアは乗り合わせた兵士と含め、六名に囲まてしまった。
 その内の一人、赤茶色の手入れの行き届いていない髪をした大男が、くたびれたような様子で話しかけた。

「……よお、エレノア様」
「貴方は確かノートンの用心棒……アンガスだったかしら。どういう事?」
  
 アンガス。彼はノートン商会の用心棒のリーダー役を務める壮年の男で、個人的に会話をするのは初めてだったが、一応の顔見知りだった。
 見かけるのは当然、大商人ノートンの傍である。彼が個人行動をとるとしたら、それは主人の命令で仕事を任された時だろう。
 そして今、彼の傍に主人である大商人ノートンは居ない。

「顔と名前を覚えて頂けていたとは光栄。……聖王国からの行き先は、天国って事さ。……悪く思わないでくれ」
「……私は追放って事になっているはずよ」
「怒りはごもっとも。俺だってこんな事はしたくない。……自分の足で、そこの崖から飛び降りてくれると助かる」

 指さすアンガスから吐き出される言葉は、無情かつ無機質なものだった。

「お断りよ。自死なんて」
「……そうやって拒否されると、少し痛い思いをさせてから、その崖から突き落とす事になっちまう」

 アンガスの殺気からして、どうやら冗談でもなんでもなく、エレノアを始末するのは既定路線らしい。

「アンガス。私に勝てるつもりなの。もしかして最高魔力スリーナインの意味を知らなかったのかしら」
「……よく知っているさ。そして魔封銀の錠が、その称号を台無しにしちまっている事もな。もったいない話だ」

 アンガスはこめかみの近くにある古傷を掻きながら、虚ろな視線でエレノアを睨みつけていた。
 同情はするが容赦はしないとでも言わんばかりだった。最近評判が頗る悪い商会の用心棒である。汚れ仕事には慣れていそうで、情に訴えるのは不可能だろう。
 おそらくは主人であるノートンの指示。そしてノートンは第一王子リチャードと繋がっている。表向きは追放という体裁にしたものの、結局の処、許す気はなかったという事だろうか。

「アンガスさん! 証拠を持ち帰らないと、あの方は納得しません。飛び降りさせるのは甘いのでは?」
「そうですよリーダー。……それに、ただ殺すのは勿体ない。どうせロクでもない売女だ、仕置きが必要でしょう」

 エレノアと同伴していた、兵士の格好をした二人が飛び降りに反対した。リーダーという言葉からして、どうやら彼らもノートン商会に所属する者だったらしい。
 護送に当たっていたガラの悪そうな男たちは、聖王国の兵士ではなかったのだろう。

「少し黙ってろ。……さあ、どうする、エレノア様よ? ……あまり時間は与えられないぜ」

 アンガスは革帯ベルトに吊るしてあるダガーを引き抜いて握り締めると、エレノアの返事を待っていた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

追放された聖女は旅をする

織人文
ファンタジー
聖女によって国の豊かさが守られる西方世界。 その中の一国、エーリカの聖女が「役立たず」として追放された。 国を出た聖女は、出身地である東方世界の国イーリスに向けて旅を始める――。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

「女のくせに強すぎて可愛げがない」と言われ婚約破棄された追放聖女は薬師にジョブチェンジします

紅城えりす☆VTuber
恋愛
*毎日投稿・完結保証・ハッピーエンド  どこにでも居る普通の令嬢レージュ。  冷気を放つ魔法を使えば、部屋一帯がや雪山に。  風魔法を使えば、山が吹っ飛び。  水魔法を使えば大洪水。  レージュの正体は無尽蔵の魔力を持つ、チート令嬢であり、力の強さゆえに聖女となったのだ。  聖女として国のために魔力を捧げてきたレージュ。しかし、義妹イゼルマの策略により、国からは追放され、婚約者からは「お前みたいな可愛げがないやつと結婚するつもりはない」と婚約者破棄されてしまう。  一人で泥道を歩くレージュの前に一人の男が現れた。 「その命。要らないなら俺にくれないか?」  彼はダーレン。理不尽な理由で魔界から追放された皇子であった。  もうこれ以上、どんな苦難が訪れようとも私はめげない!  ダーレンの助けもあって、自信を取り戻したレージュは、聖女としての最強魔力を駆使しながら薬師としてのセカンドライフを始める。  レージュの噂は隣国までも伝わり、評判はうなぎ登り。  一方、レージュを追放した帝国は……。

王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります

cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。 聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。 そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。 村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。 かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。 そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。 やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき—— リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。 理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、 「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、 自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。

宮廷から追放された聖女の回復魔法は最強でした。後から戻って来いと言われても今更遅いです

ダイナイ
ファンタジー
「お前が聖女だな、お前はいらないからクビだ」 宮廷に派遣されていた聖女メアリーは、お金の無駄だお前の代わりはいくらでもいるから、と宮廷を追放されてしまった。 聖国から王国に派遣されていた聖女は、この先どうしようか迷ってしまう。とりあえず、冒険者が集まる都市に行って仕事をしようと考えた。 しかし聖女は自分の回復魔法が異常であることを知らなかった。 冒険者都市に行った聖女は、自分の回復魔法が周囲に知られて大変なことになってしまう。

「人の心がない」と追放された公爵令嬢は、感情を情報として分析する元魔王でした。辺境で静かに暮らしたいだけなのに、氷の聖女と崇められています

黒崎隼人
ファンタジー
「お前は人の心を持たない失敗作の聖女だ」――公爵令嬢リディアは、人の感情を《情報データ》としてしか認識できない特異な体質ゆえに、偽りの聖女の讒言によって北の果てへと追放された。 しかし、彼女の正体は、かつて世界を支配した《感情を喰らう魔族の女王》。 永い眠りの果てに転生した彼女にとって、人間の複雑な感情は最高の研究サンプルでしかない。 追放先の貧しい辺境で、リディアは静かな観察の日々を始める。 「領地の問題点は、各パラメータの最適化不足に起因するエラーです」 その類稀なる分析能力で、原因不明の奇病から経済問題まで次々と最適解を導き出すリディアは、いつしか領民から「氷の聖女様」と畏敬の念を込めて呼ばれるようになっていた。 実直な辺境伯カイウス、そして彼女の正体を見抜く神狼フェンリルとの出会いは、感情を知らない彼女の内に、解析不能な温かい《ノイズ》を生み出していく。 一方、リディアを追放した王都は「虚無の呪い」に沈み、崩壊の危機に瀕していた。 これは、感情なき元魔王女が、人間社会をクールに観測し、やがて自らの存在意義を見出していく、静かで少しだけ温かい異世界ファンタジー。 彼女が最後に選択する《最適解》とは――。

主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから

渡里あずま
ファンタジー
安藤舞は、専業主婦である。ちなみに現在、三十二歳だ。 朝、夫と幼稚園児の子供を見送り、さて掃除と洗濯をしようとしたところで――気づけば、石造りの知らない部屋で座り込んでいた。そして映画で見たような古めかしいコスプレをした、外国人集団に囲まれていた。 「我々が召喚したかったのは、そちらの世界での『学者』や『医者』だ。それを『主婦』だと!? そんなごく潰しが、聖女になどなれるものか! 役立たずなどいらんっ」 「いや、理不尽!」 初対面の見た目だけ美青年に暴言を吐かれ、舞はそのまま無一文で追い出されてしまう。腹を立てながらも、舞は何としても元の世界に戻ることを決意する。 「主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから」 ※※※ 専業主婦の舞が、主婦力・大人力を駆使して元の世界に戻ろうとする話です(ざまぁあり) ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

役立たずと追放された聖女は、第二の人生で薬師として静かに輝く

腐ったバナナ
ファンタジー
「お前は役立たずだ」 ――そう言われ、聖女カリナは宮廷から追放された。 癒やしの力は弱く、誰からも冷遇され続けた日々。 居場所を失った彼女は、静かな田舎の村へ向かう。 しかしそこで出会ったのは、病に苦しむ人々、薬草を必要とする生活、そして彼女をまっすぐ信じてくれる村人たちだった。 小さな治療を重ねるうちに、カリナは“ただの役立たず”ではなく「薬師」としての価値を見いだしていく。

処理中です...