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第二章 籠城する村への道
原因
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ノーラス村に空から侵入する準備が整い、エレノアは片膝を突きながら、光魔法の詠唱を始めた。
『熾天翼』
エレノアの手に光が宿ると共に、背に光翼が宿る。そして翼の揚力を補助としてグレイを、お姫様だっこの体勢で抱き上げた。気が進まないのは侵入作戦そのものではなく、この事である。
重労働が嫌だとか、グレイの事が嫌だとかそういう事ではなく、生まれて初めてのお姫様だっこで自分が抱える側になりたくなかったというナイーヴな話だった。この期に及んで些末な事といえばそうではあるし、エレノアは凛々しい顔立ちをしていたので、傍から見る光景としては割と良く似合っていた。
「すまないね。本来なら僕がエレノアさんを抱えられれば良かったが」
「それは余計な気遣いというものよ。早くしなさい」
光翼をはためかせながら空中停止をするエレノアが、グレイに急ぐように促した。
『射撃防御』
抱きかかえられた体勢のグレイの手から風が渦巻くと、二人の身体を風の結界が纏った。
そして、そのまま、グレイの手のひらからは微かな風が渦巻き続けている。
射撃防御はレベル4の風魔法に該当し、弓矢や投石、果ては弾丸などの魔法効果の含まれない飛来物を完全に遮断する効果を持っている。
一見強力な効果だが、術者が念じ続けている間しか、この魔法は効果が持続しない。完全な飛び道具遮断効果を齎す変わりに、詠唱以外の別の動作がほとんど出来なくなる。
そこで、エレノアがグレイを抱えて飛行するという案。エレノアが光翼で移動の役割を担えば、グレイは抱えられたまま射撃防御の詠唱を続け、対弓矢の防壁を張り続けることが可能だった。
(射撃防御の使い手は生まれて初めて見たわ。……魔法騎士かしら)
正直な処、彼の実力を見誤っていた。聖都エリングラードにある魔法院の風魔法科ではレベル4の風魔法の使い手は存在しなかったと記憶している。元々聖王国は光魔法以外に力を入れてないせいでもあるが、レベル4魔法は一朝一夕で修得出来るものではない。生涯レベル4認定に到達出来ず一生を終える術師が大半である。
剣の腕は定かではないが、このレベルの風魔法を使いこなすとなれば魔法の実力は確かである。少なくとも高度な教育を受けた者である事は間違いない。剣王国には魔法騎士と呼ばれる剣と魔法を両立させた兵科が存在すると聞いた事がある。彼はその所属という可能性も考えられた。
「──行くわ。詠唱を閉ざさないで」
エレノアはグレイに対する考察を打ち切ると、精神を集中させた。
光の翼をはためかせ、ゆっくりと地上から離れていく。光の翼があるとはいえ、グレイはそれなりに重く感じた。分厚い本を何冊か抱えて運ぶくらいの重みである。
ただ、この程度の重さなら問題ない。エレノアはそう思っていた。
「──ひゃう!」
グレイがエレノアの肩に腕を回して間もなくの事である。エレノアは変な悲鳴と共にバランスを崩し、すぐさま草むらに向かって倒れ込むように着陸した。
浮上を開始して間もなくだったので大事には至らなかったが、高空を舞った後だったら、ただでは済まなかったに違いない。
エレノアがバランスを崩した原因は二つある。
一つは重い物を抱えて飛んだ経験に乏しかった事。ただ、これはエレノアの目論見としては、重量面では問題はなかったはずだった。
もう一つ、抱きかかえているグレイの顔があまりにも近かった。それはもうエレノアの集中を阻害する程に。
加えて首の後ろから肩に回された手も、彼女の集中を阻害した。グレイは落下しないようにバランスを取りたかっただけなのだろう。突然の落下に面食らわせてしまったかもしれない。
「……エレノアさん、大丈夫か!?」
グレイは、自らが地面に投げ出された事を気にすることもなく、すぐさま立ち上がるとエレノアに声をかけた。
「ご……ごめんなさい、私は大丈夫。……グレイは?」
「問題ないよ。こちらこそ申し訳ない。良いアイディアだと思ったけど、どうやら僕が重すぎたようだね。高度が上がる前に無理と気づいて良かった」
「……え、ええ。本当に。……この案はちょっと無理だと思うわ。魔法力もあまり余裕がないの」
エレノアは表情に出さないように努めていたものの、内心では酷く狼狽していた。まだ痺れるような、ぞくっとした感覚が脳裏に焼き付いている。
抱えたグレイは決して軽くはなかったが、決して無理な重さではなかった。もし仮に同じ重量の穀物入りの麻袋なら問題なく飛べた自信がある。
ともすれば、しくじったのは男性に免疫がないせいかもしれない。ここまで密着した経験は思い返してもなかった。
男性が苦手だとは思った事は記憶にない。仇敵といえるリチャード王子とはしのぎを削っていたし、聖騎士ランスとはよく話をした。会話だけなら全く問題ないのだ。稀にあった誘いを避けていたのも、聖女候補としての使命と自らの出自を鑑みて、自発的に遠ざけていただけである。
先程の事が引っ掛かっていたのか、グレイに手を差し伸べられたが、その手を取らずに、ゆっくりと自力で立ち上がると、大きく深呼吸をし何事もなかったかのように取り澄ました顔を浮かべた。
「……空からは難しそうね。振り出しに戻ってしまったけど、どうしたらいいかしら」
エレノアはわざとらしく嘆息しつつ、グレイに意見を求めた。
「エレノアさん。実はもう一つ、ノーラスに侵入する方法が無いわけではない。……秘密通路だ」
「……え?」
「村が小鬼に包囲される様子を見て、それを使ってノーラスに入ろうと決意した処だった。そうしたら、美しい翼を広げた君を見かけたという流れだよ」
どうやらグレイは空以外からの侵入手段である、秘密通路を知っているらしい。
間違いなく朗報ではあったが、無様を晒したエレノアは、グレイに面白く無さそうな表情を向けた。
「……それなら、もっと早く言ってくれればいいのに。恥をかいてしまったわ」
「いずれ使えなくなりそうな古い通路でね。やはり相応のリスクがある。それと村の者の許可を取らず、エレノアさんに独断で教えていいものかを考えてた。……でも、非常事態だし、何より君は信用出来そうだ」
「その言い方からすると、グレイは村の人と知り合いって事?」
その質問に対し、エレノアは即座に否定するように付け加えた。
「今のは無し。……ごめんなさい、お互いの立場は詮索はしない約束だったわね。でも私を信用するって、今の無様な飛行を見てそう思ったのかしら?」
エレノアがグレイをジトっとした目で見ると、グレイは目を細めて微笑を浮かべた。
「無様なんて事はなかったよ。それに、やはり素敵な翼だと思う」
グレイは笑みを隠すように外套のフードを被ると、明後日の方を向いた。
『熾天翼』
エレノアの手に光が宿ると共に、背に光翼が宿る。そして翼の揚力を補助としてグレイを、お姫様だっこの体勢で抱き上げた。気が進まないのは侵入作戦そのものではなく、この事である。
重労働が嫌だとか、グレイの事が嫌だとかそういう事ではなく、生まれて初めてのお姫様だっこで自分が抱える側になりたくなかったというナイーヴな話だった。この期に及んで些末な事といえばそうではあるし、エレノアは凛々しい顔立ちをしていたので、傍から見る光景としては割と良く似合っていた。
「すまないね。本来なら僕がエレノアさんを抱えられれば良かったが」
「それは余計な気遣いというものよ。早くしなさい」
光翼をはためかせながら空中停止をするエレノアが、グレイに急ぐように促した。
『射撃防御』
抱きかかえられた体勢のグレイの手から風が渦巻くと、二人の身体を風の結界が纏った。
そして、そのまま、グレイの手のひらからは微かな風が渦巻き続けている。
射撃防御はレベル4の風魔法に該当し、弓矢や投石、果ては弾丸などの魔法効果の含まれない飛来物を完全に遮断する効果を持っている。
一見強力な効果だが、術者が念じ続けている間しか、この魔法は効果が持続しない。完全な飛び道具遮断効果を齎す変わりに、詠唱以外の別の動作がほとんど出来なくなる。
そこで、エレノアがグレイを抱えて飛行するという案。エレノアが光翼で移動の役割を担えば、グレイは抱えられたまま射撃防御の詠唱を続け、対弓矢の防壁を張り続けることが可能だった。
(射撃防御の使い手は生まれて初めて見たわ。……魔法騎士かしら)
正直な処、彼の実力を見誤っていた。聖都エリングラードにある魔法院の風魔法科ではレベル4の風魔法の使い手は存在しなかったと記憶している。元々聖王国は光魔法以外に力を入れてないせいでもあるが、レベル4魔法は一朝一夕で修得出来るものではない。生涯レベル4認定に到達出来ず一生を終える術師が大半である。
剣の腕は定かではないが、このレベルの風魔法を使いこなすとなれば魔法の実力は確かである。少なくとも高度な教育を受けた者である事は間違いない。剣王国には魔法騎士と呼ばれる剣と魔法を両立させた兵科が存在すると聞いた事がある。彼はその所属という可能性も考えられた。
「──行くわ。詠唱を閉ざさないで」
エレノアはグレイに対する考察を打ち切ると、精神を集中させた。
光の翼をはためかせ、ゆっくりと地上から離れていく。光の翼があるとはいえ、グレイはそれなりに重く感じた。分厚い本を何冊か抱えて運ぶくらいの重みである。
ただ、この程度の重さなら問題ない。エレノアはそう思っていた。
「──ひゃう!」
グレイがエレノアの肩に腕を回して間もなくの事である。エレノアは変な悲鳴と共にバランスを崩し、すぐさま草むらに向かって倒れ込むように着陸した。
浮上を開始して間もなくだったので大事には至らなかったが、高空を舞った後だったら、ただでは済まなかったに違いない。
エレノアがバランスを崩した原因は二つある。
一つは重い物を抱えて飛んだ経験に乏しかった事。ただ、これはエレノアの目論見としては、重量面では問題はなかったはずだった。
もう一つ、抱きかかえているグレイの顔があまりにも近かった。それはもうエレノアの集中を阻害する程に。
加えて首の後ろから肩に回された手も、彼女の集中を阻害した。グレイは落下しないようにバランスを取りたかっただけなのだろう。突然の落下に面食らわせてしまったかもしれない。
「……エレノアさん、大丈夫か!?」
グレイは、自らが地面に投げ出された事を気にすることもなく、すぐさま立ち上がるとエレノアに声をかけた。
「ご……ごめんなさい、私は大丈夫。……グレイは?」
「問題ないよ。こちらこそ申し訳ない。良いアイディアだと思ったけど、どうやら僕が重すぎたようだね。高度が上がる前に無理と気づいて良かった」
「……え、ええ。本当に。……この案はちょっと無理だと思うわ。魔法力もあまり余裕がないの」
エレノアは表情に出さないように努めていたものの、内心では酷く狼狽していた。まだ痺れるような、ぞくっとした感覚が脳裏に焼き付いている。
抱えたグレイは決して軽くはなかったが、決して無理な重さではなかった。もし仮に同じ重量の穀物入りの麻袋なら問題なく飛べた自信がある。
ともすれば、しくじったのは男性に免疫がないせいかもしれない。ここまで密着した経験は思い返してもなかった。
男性が苦手だとは思った事は記憶にない。仇敵といえるリチャード王子とはしのぎを削っていたし、聖騎士ランスとはよく話をした。会話だけなら全く問題ないのだ。稀にあった誘いを避けていたのも、聖女候補としての使命と自らの出自を鑑みて、自発的に遠ざけていただけである。
先程の事が引っ掛かっていたのか、グレイに手を差し伸べられたが、その手を取らずに、ゆっくりと自力で立ち上がると、大きく深呼吸をし何事もなかったかのように取り澄ました顔を浮かべた。
「……空からは難しそうね。振り出しに戻ってしまったけど、どうしたらいいかしら」
エレノアはわざとらしく嘆息しつつ、グレイに意見を求めた。
「エレノアさん。実はもう一つ、ノーラスに侵入する方法が無いわけではない。……秘密通路だ」
「……え?」
「村が小鬼に包囲される様子を見て、それを使ってノーラスに入ろうと決意した処だった。そうしたら、美しい翼を広げた君を見かけたという流れだよ」
どうやらグレイは空以外からの侵入手段である、秘密通路を知っているらしい。
間違いなく朗報ではあったが、無様を晒したエレノアは、グレイに面白く無さそうな表情を向けた。
「……それなら、もっと早く言ってくれればいいのに。恥をかいてしまったわ」
「いずれ使えなくなりそうな古い通路でね。やはり相応のリスクがある。それと村の者の許可を取らず、エレノアさんに独断で教えていいものかを考えてた。……でも、非常事態だし、何より君は信用出来そうだ」
「その言い方からすると、グレイは村の人と知り合いって事?」
その質問に対し、エレノアは即座に否定するように付け加えた。
「今のは無し。……ごめんなさい、お互いの立場は詮索はしない約束だったわね。でも私を信用するって、今の無様な飛行を見てそう思ったのかしら?」
エレノアがグレイをジトっとした目で見ると、グレイは目を細めて微笑を浮かべた。
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