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第三章 偽聖女の初陣
舞台裏・後半<グレイ視点>
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(エレノアさん、よくやってくれた。……君はやはり、そうなのか)
山中を高速移動するグレイは、抱く想いと共に、遠くに見えるエレノアの居る監視塔を一度だけ振り返った。
エレノアの持つ桁違いの魔力と魔法力による回復の物量を以て圧倒する戦術。作戦の遂行が無事終わりそうな今、彼女が聖王国の聖女候補である事は、いよいよ疑いようがないように思えた。
今作戦で自らは小鬼との戦闘で負傷する事はなかったが、継続的な回復が約束されていたお陰で、普段より強気な攻めを行う事ができたので、間接的には恩恵があったといって間違いない。
そして怪我により、戦闘の継続が困難となった民兵がたちまち全快する様子が何度も目に入った。最初は数で勝る小鬼相手に引き気味に剣を振るっていた民兵も居たが、三回目の全体回復が降り注いだ時は、光の女神の加護というものを強く理解し、そして、驚くくらいに勇敢な戦士と変貌を遂げていた。
エレノアの考案した戦術はほぼ成功に終わった。だが、一つだけ取り零したものがある。手下の小鬼を置き去りにして早々に戦場から離脱した小鬼王。想像以上に敵将は臆病、よく言えば慎重だった事である。
風魔法の助力により、全力で追跡を行っていたグレイは、ついに目標に追い付くと、一〇メートルはある高い樹の上から跳躍すると、地面に着地した。
「……やっと追い付いた。逃げ足が遅くて助かったよ」
グレイの目の前には小鬼王の姿があった。鬼神の如く攻勢に形勢不利を悟ったのか、早々に戦場から離れ逃走を決め込んだのだろう。グレイの予想よりもはるかに陣の放棄が早く、山中の深い処まで逃げられてしまった。
この早期離脱は剣王国の将であれば許されない行為ではあるが、小鬼にその軍規を照らし合わせても仕方の無い事であり、相手が規格外の魔力を持った光術師エレノアが相手と考えれば、自らの命が最優先であれば間違いなく好判断だったと言える。
既にエレノアの光魔法の射程範囲外まで来てしまっていた。グレイにとっても、ここは安全圏ではない。
【……貴様が、村の指揮官か】
小鬼王はグレイを睨み付けながら人語をもって話しかけてきた。二メートルの上背を軽く超える異常なまでに巨大な個体で、大鬼と呼ばれる別の種族と比べても遜色がなさそうに思えた。巨躯には大型の革鎧を纏い、手には全長二メートルはありそうな巨大な両手剣を引き摺っている。
「……人語を話せたのか。小鬼の分際で賢いな。一体誰に習ったのやら」
グレイは普段見せないような口汚い言葉で罵ると、目を細めて笑った。
【良く聞け人間……必ず再起し、逆襲する。貴様は、ここで両断】
「少し黙ってくれ」
グレイは小鬼王の人語を遮ると、外套《マント》を翻し、鞘から引き抜いたロングソードを構えた。
「先程から、砂王国訛りが耳障りで仕方ない」
◇
小鬼王は腕力でグレイに遥かに勝り、巨大な両手剣を存分に使いこなしていた。かといって鈍重でもなく、機動力もグレイに大きく劣るものではなかった。
数合に渡る競り合いの末、グレイはじりじりと後退を強いられていた。用いていた得物が強化された魔法のロングソードでなければ、刃は巨大な両手剣により、刃こぼれと共にへし折られていただろう。
『脆弱だ、所詮貴様も、ただの人間』
グレイの扱う剣は長さ一メートル程のロングソードである。決して短い得物ではなかったが、小鬼王は、二メートル程の両手剣をグレイと遜色ない速度で振り回していた。異様なまでに発達したアンバランスともいえる丸太のような腕が、それを可能とさせている。
(この図体で剣速は軽戦士そのものか。──父上や兄上には及ばないが、ここまでの剛剣使いはそういない)
グレイは自らの未熟を悟り、その端整な表情をわずかに歪めた。剣の技術では勝っていたが、それでも押し負けてしまうのは、圧倒的な腕力と一メートルもの射程が大きい。並みの腕力の人間なら攻撃速度で不利を受ける大剣も、小鬼王は通常と変わらない速度で振り回している。決死の覚悟で踏み込んだ攻撃も、間合いによって見切られて有効打に達することが出来ない。
そして隙を見せれば、一撃で持っていかれかねない両手剣が、グレイの身体ギリギリをかすめていった。宣言通り、一瞬でも油断すれば胴体ごと両断されかねない。将としては臆病だったが、一個の武人としては紛れもない強敵だった。
(手加減は出来ないか。──仕方ない)
グレイは剣を鞘に収め、居合の構えを取った。
【馬鹿め、小細工など、通用するか!】
小鬼王は両手剣を振りかぶり、そして、グレイはロングソードを鞘から抜刀した。
一瞬だけ早く振り抜かれたグレイのロングソードの刃を、小鬼王は同じ間合いでかわすと共に、大剣を振り下ろす。
勝負は決した。グレイの深く踏み込んだ間合いでは、もはや大剣をかわしきる事は不可能のように思えた。
『真空刃』
その呟きと共に、抜刀したグレイのロングソードの剣先には渦巻く風の刃が形成され、三メートル程の太刀に変貌を遂げていた。
間延びした風の斬撃が、小鬼王の胴体を血飛沫と共に切り裂くと、グレイを両断するはずだった大剣の一振りは地面の土を抉ったに留めた。
グレイは剣を鞘に収め、素早く両手を突き出す。
『氷雪槍』
グレイの手から冷気が漂うと共に、馬上槍のような氷塊が至近距離から放たれると、小鬼王の右足首に突き刺さった。
震える手の力が緩み、大剣が転がり落ちる。小鬼王の理解不能といった驚愕の表情と、苦しそうな呻き声、そして崩れ落ちる音。
「……初見殺しで悪かった。ノーラス村への所業は許さないが、小鬼の分際と罵ったのは撤回する」
グレイは神妙な面持ちで、転げまわる小鬼王を見下ろしていた。あの足の様子からして、まともに移動する事さえ難しいだろう。
「……趣味ではないが、今から尋問をしなくてはいけない」
【ふざけるな、卑怯な手を!】
「誰の差し金かな。思えば、あれだけの武装や攻城兵器。小鬼が用意するには過ぎたるものだったが」
【黙れ、黙れ、卑怯者!】
グレイは再び鞘からロングソードを抜くと、小鬼王の右手首を一閃し、切断した。
『グギアアアアアア!』
「これ以上させないでくれ。……誰の差し金か。訛りから想像はつくが言質を取りたい」
グレイの問いかけの後、一瞬の間があった。絶望にも似た小鬼王の表情。
やがて裏切る覚悟を決めたのか、小鬼王は言葉を紡ぎ始めようとしていた。
『……サ、サ、さオウこく、……ううううう……グアアアア』
そう言いかけた小鬼王が突然痙攣し、続いて革鎧が炎に包まれた。鎧が灰となって崩れ落ち、露出した小鬼王肌には緋色に輝く呪印が焼け付いている。
(火の呪印……!)
グレイは小鬼王の異変に気付くと、咄嗟に退避行動を取った。
その刹那、小鬼王は火柱と共に、周囲を巻き込んで巨大な爆発を起こした。
山中を高速移動するグレイは、抱く想いと共に、遠くに見えるエレノアの居る監視塔を一度だけ振り返った。
エレノアの持つ桁違いの魔力と魔法力による回復の物量を以て圧倒する戦術。作戦の遂行が無事終わりそうな今、彼女が聖王国の聖女候補である事は、いよいよ疑いようがないように思えた。
今作戦で自らは小鬼との戦闘で負傷する事はなかったが、継続的な回復が約束されていたお陰で、普段より強気な攻めを行う事ができたので、間接的には恩恵があったといって間違いない。
そして怪我により、戦闘の継続が困難となった民兵がたちまち全快する様子が何度も目に入った。最初は数で勝る小鬼相手に引き気味に剣を振るっていた民兵も居たが、三回目の全体回復が降り注いだ時は、光の女神の加護というものを強く理解し、そして、驚くくらいに勇敢な戦士と変貌を遂げていた。
エレノアの考案した戦術はほぼ成功に終わった。だが、一つだけ取り零したものがある。手下の小鬼を置き去りにして早々に戦場から離脱した小鬼王。想像以上に敵将は臆病、よく言えば慎重だった事である。
風魔法の助力により、全力で追跡を行っていたグレイは、ついに目標に追い付くと、一〇メートルはある高い樹の上から跳躍すると、地面に着地した。
「……やっと追い付いた。逃げ足が遅くて助かったよ」
グレイの目の前には小鬼王の姿があった。鬼神の如く攻勢に形勢不利を悟ったのか、早々に戦場から離れ逃走を決め込んだのだろう。グレイの予想よりもはるかに陣の放棄が早く、山中の深い処まで逃げられてしまった。
この早期離脱は剣王国の将であれば許されない行為ではあるが、小鬼にその軍規を照らし合わせても仕方の無い事であり、相手が規格外の魔力を持った光術師エレノアが相手と考えれば、自らの命が最優先であれば間違いなく好判断だったと言える。
既にエレノアの光魔法の射程範囲外まで来てしまっていた。グレイにとっても、ここは安全圏ではない。
【……貴様が、村の指揮官か】
小鬼王はグレイを睨み付けながら人語をもって話しかけてきた。二メートルの上背を軽く超える異常なまでに巨大な個体で、大鬼と呼ばれる別の種族と比べても遜色がなさそうに思えた。巨躯には大型の革鎧を纏い、手には全長二メートルはありそうな巨大な両手剣を引き摺っている。
「……人語を話せたのか。小鬼の分際で賢いな。一体誰に習ったのやら」
グレイは普段見せないような口汚い言葉で罵ると、目を細めて笑った。
【良く聞け人間……必ず再起し、逆襲する。貴様は、ここで両断】
「少し黙ってくれ」
グレイは小鬼王の人語を遮ると、外套《マント》を翻し、鞘から引き抜いたロングソードを構えた。
「先程から、砂王国訛りが耳障りで仕方ない」
◇
小鬼王は腕力でグレイに遥かに勝り、巨大な両手剣を存分に使いこなしていた。かといって鈍重でもなく、機動力もグレイに大きく劣るものではなかった。
数合に渡る競り合いの末、グレイはじりじりと後退を強いられていた。用いていた得物が強化された魔法のロングソードでなければ、刃は巨大な両手剣により、刃こぼれと共にへし折られていただろう。
『脆弱だ、所詮貴様も、ただの人間』
グレイの扱う剣は長さ一メートル程のロングソードである。決して短い得物ではなかったが、小鬼王は、二メートル程の両手剣をグレイと遜色ない速度で振り回していた。異様なまでに発達したアンバランスともいえる丸太のような腕が、それを可能とさせている。
(この図体で剣速は軽戦士そのものか。──父上や兄上には及ばないが、ここまでの剛剣使いはそういない)
グレイは自らの未熟を悟り、その端整な表情をわずかに歪めた。剣の技術では勝っていたが、それでも押し負けてしまうのは、圧倒的な腕力と一メートルもの射程が大きい。並みの腕力の人間なら攻撃速度で不利を受ける大剣も、小鬼王は通常と変わらない速度で振り回している。決死の覚悟で踏み込んだ攻撃も、間合いによって見切られて有効打に達することが出来ない。
そして隙を見せれば、一撃で持っていかれかねない両手剣が、グレイの身体ギリギリをかすめていった。宣言通り、一瞬でも油断すれば胴体ごと両断されかねない。将としては臆病だったが、一個の武人としては紛れもない強敵だった。
(手加減は出来ないか。──仕方ない)
グレイは剣を鞘に収め、居合の構えを取った。
【馬鹿め、小細工など、通用するか!】
小鬼王は両手剣を振りかぶり、そして、グレイはロングソードを鞘から抜刀した。
一瞬だけ早く振り抜かれたグレイのロングソードの刃を、小鬼王は同じ間合いでかわすと共に、大剣を振り下ろす。
勝負は決した。グレイの深く踏み込んだ間合いでは、もはや大剣をかわしきる事は不可能のように思えた。
『真空刃』
その呟きと共に、抜刀したグレイのロングソードの剣先には渦巻く風の刃が形成され、三メートル程の太刀に変貌を遂げていた。
間延びした風の斬撃が、小鬼王の胴体を血飛沫と共に切り裂くと、グレイを両断するはずだった大剣の一振りは地面の土を抉ったに留めた。
グレイは剣を鞘に収め、素早く両手を突き出す。
『氷雪槍』
グレイの手から冷気が漂うと共に、馬上槍のような氷塊が至近距離から放たれると、小鬼王の右足首に突き刺さった。
震える手の力が緩み、大剣が転がり落ちる。小鬼王の理解不能といった驚愕の表情と、苦しそうな呻き声、そして崩れ落ちる音。
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グレイは神妙な面持ちで、転げまわる小鬼王を見下ろしていた。あの足の様子からして、まともに移動する事さえ難しいだろう。
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『グギアアアアアア!』
「これ以上させないでくれ。……誰の差し金か。訛りから想像はつくが言質を取りたい」
グレイの問いかけの後、一瞬の間があった。絶望にも似た小鬼王の表情。
やがて裏切る覚悟を決めたのか、小鬼王は言葉を紡ぎ始めようとしていた。
『……サ、サ、さオウこく、……ううううう……グアアアア』
そう言いかけた小鬼王が突然痙攣し、続いて革鎧が炎に包まれた。鎧が灰となって崩れ落ち、露出した小鬼王肌には緋色に輝く呪印が焼け付いている。
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