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第三章 偽聖女の初陣
凱旋と
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跳ね橋の降りた西門から、ノーラス村の民兵団が意気揚々と引き上げてきたのが見えた。
民兵たちの身に着けているものは、返り血や刀傷、矢傷でボロボロだったが、誰一人として怪我を残した者はなく、逆に回復魔法によって元気そのものである。
だが、その中にグレイの姿だけがない。中央の監視塔から西門に駆け付けたエレノアは慌てた様子で、先頭を歩くレナードと合流した。
「エレノアお嬢ちゃん、こっちは概ね作戦通りで片付いた。本当に感謝している」
「ねえ、レナード。……グレイは?」
肩で息をしながら、感謝の言葉を遮るエレノアの迫真の表情を察したのか、レナードが渋い表情を浮かべた。
「グレイは小鬼王を追った。お嬢ちゃんの範囲回復魔法が届く範囲で仕留められるのがベストだったんだがな。図体に似合わずここまで臆病な将だったのは想定外だったな」
「……ノーラス村から小鬼の軍を追い払えるだけで良かったはずよ。一人で小鬼王を追うなんて」
エレノアはレナードの説明に納得がいかない様子で、表情を険しくしながら問い詰めた。勝利の余韻を害するような責めを受け、レナードは気まずそうにしていたが、エレノアは全く意に介さなかった。グレイの事が心配で仕方がなかったのである。
「お嬢ちゃんの言いたいことは分かる」
レナードも神妙な表情を見せていた。前置きを一拍置いた後、さらに続ける。
「だが、グレイは最初から小鬼の大将目当てで剣王国から来たらしい。……だから止めなかった。追いつけるとしたら風魔法で高速移動が出来るアイツだけだ」
レナードの説明にも上の空で、エレノアの鼓動は高まりっぱなしだった。
小鬼王を目的にノーラス村訪れたという話には納得出来なくはなかった。今までのグレイの会話に、そういった節が全くなかった訳ではない。
「そう……私の作戦に不備があったのね」
「それは違う。民兵の死傷者ゼロが最優先ならお嬢ちゃんの作戦で正しい。小鬼王が武勇を誇る猪武者だったり、部下を見捨てない将なら、上手く仕留められる機会もあったはずだ」
「でも、グレイが一人で行かなくても他の方法だってあったはずよ。例えば私が……」
「お嬢ちゃんが小鬼王を光翼で強襲をするって作戦か? リスクの上でグレイを先行させるのと何が違う」
レナードの言葉にエレノアは思わず言葉を噤んだ。それは出会ったばかりの頃グレイに伝えた提案の一つである。決して冗談ではなく熾天翼の強さを踏まえ打算があって言ったものだったが、それ故に本気で受け取られた可能性は高かった。
「……そうしかねないと、グレイが心配していたぜ。エレノアお嬢ちゃんは剣王国と聖王国、両国の友好の為に、万が一の事があってはいけない人ともな」
両国の友好の為という言い方からして、グレイはエレノアの素性を察したのかもしれない。おそらくは聖王国から逃亡した聖女候補とでも思い込んでいる。
そうだとしたら全くの誤解である。偽聖女となった今、万が一があったとしても誰も困らない人間に成り果てたのだから。
(……大丈夫。グレイは強いのだから。私が慌て過ぎているだけだわ)
エレノアは大きく深呼吸をして、ひとまず心を落ち着かせる事にした。
まずグレイが姿を消した理由はエレノアの作戦に不備があったわけでもなく、小鬼王を追うという意思に基づいたものだった。後は彼が無事戻ってきてくれるのを待つだけである。
それに、自らが光翼で倒せると言った小鬼王を、グレイでは無理だと考えるのは優れた剣と魔法の技量を持つ彼に対する侮辱かもしれない。
全てが思い通りにコントロールできないと気が済まないというのは傲慢の表れだ。そもそも昨日、作戦を立案するまで、誰もがエレノアの範囲回復魔法を想定していなかった。それを踏まえるとグレイの行動がおかしいという事はない。
過度に心配し過ぎているのは明白だった。彼に対する想いで思考に偏りが生じている。
「レナード、ごめんなさい。勝利に水を差して悪かったわ。彼の姿が見えなかったから心配だったの」
「いや。エレノアお嬢ちゃんが正しい。……ったく、勝利に導いた光の女神様を心配させるとは不遜なヤツだ」
レナードは顔をしかめると、エレノアから視線を反らすように、渋面でグレイが居るであろう西側を見た。それは無事戻ってきたら説教でもしてやろうといった表情だった。
「エレノアさーん!」
村中央の監視塔側からリリアが走ってくるのが見えた。鐘の合図を任せっきりにしたまま、置きざりにしてしまったのである。
「……リリア、ごめんなさい。置いていってしまって」
「びっくりしました。エレノアさん、かなり魔法で消耗しているように見えます。無理はしないで下さい……」
息を切らして走って来たリリアは、エレノアを心配そうに見上げていた。
そんなつもりは全くなかったが、表情に出てしまっているのだろうか。
「後はグレイが戻って来てくれれば作戦終了ね。……無事だといいけど」
「知っているかもしれんがグレイは強いぜ。一〇年以上傭兵として生きて来た俺よりもな。正面切っても相当な腕だが、いざという時の奥の手をいくつも隠し持っている。負ける姿は想像出来んな」
「貴方がそういうなら、そうなのでしょうね。……剣王国から小鬼王目当てで来たと言っていたけど」
エレノアは言葉を区切った。彼に聞くべきか迷ったが、レナードに尋ねてみる事にした。
彼ならおそらくグレイの素性を知っている。
「……グレイは一体何者なの? お互い詮索しない約束にしてて……聞いてはいけない事なのかもしれないけど、彼は剣王国の騎士なんでしょ?」
エレノアの質問に対し、レナードはどう返すか迷った素振りを見せたが、少しして口を開いた。
「グレイは騎士じゃない。……俺の立場じゃこれ以上は流石に言えん。ノーラス村でも知っているのは俺と村長」
──その時だった。
西側の方角で爆発音と、それに伴う振動と共に、巨大な火柱が上がったのが見えた。西門から一キロ以上はゆうに離れていそうな距離である。
「うわっ!?」
「なんだ、なんだ!」
「爆発……!?」
勝利の余韻を吹き飛ばすような尋常ならざる様子に、ざわめく民兵たち。
爆発音とそれに伴う火柱は小鬼王と、それを追っていたグレイに何かしらの関係があると思わせるには十分な異変だった。
「……おい。グレイの奴、まさか」
「レナード。民兵団は動かさないで。……私が行くわ」
レナードの唖然としたような呟きを聞いたエレノアは行動を始めていた。
『熾天使』
手には光の魔力が宿り、背には光の翼が宿る。
魔法力の残量には余裕がない。だが、今のエレノアには、そんな事は関係がなかった。
「エレノアさん!」
「エレノアお嬢ちゃん、俺が行く! 無茶は止めろ!」
レナードの忠告をよそに、エレノアは光翼を背に、火柱の上がった方角へ向けて飛び立った。
民兵たちの身に着けているものは、返り血や刀傷、矢傷でボロボロだったが、誰一人として怪我を残した者はなく、逆に回復魔法によって元気そのものである。
だが、その中にグレイの姿だけがない。中央の監視塔から西門に駆け付けたエレノアは慌てた様子で、先頭を歩くレナードと合流した。
「エレノアお嬢ちゃん、こっちは概ね作戦通りで片付いた。本当に感謝している」
「ねえ、レナード。……グレイは?」
肩で息をしながら、感謝の言葉を遮るエレノアの迫真の表情を察したのか、レナードが渋い表情を浮かべた。
「グレイは小鬼王を追った。お嬢ちゃんの範囲回復魔法が届く範囲で仕留められるのがベストだったんだがな。図体に似合わずここまで臆病な将だったのは想定外だったな」
「……ノーラス村から小鬼の軍を追い払えるだけで良かったはずよ。一人で小鬼王を追うなんて」
エレノアはレナードの説明に納得がいかない様子で、表情を険しくしながら問い詰めた。勝利の余韻を害するような責めを受け、レナードは気まずそうにしていたが、エレノアは全く意に介さなかった。グレイの事が心配で仕方がなかったのである。
「お嬢ちゃんの言いたいことは分かる」
レナードも神妙な表情を見せていた。前置きを一拍置いた後、さらに続ける。
「だが、グレイは最初から小鬼の大将目当てで剣王国から来たらしい。……だから止めなかった。追いつけるとしたら風魔法で高速移動が出来るアイツだけだ」
レナードの説明にも上の空で、エレノアの鼓動は高まりっぱなしだった。
小鬼王を目的にノーラス村訪れたという話には納得出来なくはなかった。今までのグレイの会話に、そういった節が全くなかった訳ではない。
「そう……私の作戦に不備があったのね」
「それは違う。民兵の死傷者ゼロが最優先ならお嬢ちゃんの作戦で正しい。小鬼王が武勇を誇る猪武者だったり、部下を見捨てない将なら、上手く仕留められる機会もあったはずだ」
「でも、グレイが一人で行かなくても他の方法だってあったはずよ。例えば私が……」
「お嬢ちゃんが小鬼王を光翼で強襲をするって作戦か? リスクの上でグレイを先行させるのと何が違う」
レナードの言葉にエレノアは思わず言葉を噤んだ。それは出会ったばかりの頃グレイに伝えた提案の一つである。決して冗談ではなく熾天翼の強さを踏まえ打算があって言ったものだったが、それ故に本気で受け取られた可能性は高かった。
「……そうしかねないと、グレイが心配していたぜ。エレノアお嬢ちゃんは剣王国と聖王国、両国の友好の為に、万が一の事があってはいけない人ともな」
両国の友好の為という言い方からして、グレイはエレノアの素性を察したのかもしれない。おそらくは聖王国から逃亡した聖女候補とでも思い込んでいる。
そうだとしたら全くの誤解である。偽聖女となった今、万が一があったとしても誰も困らない人間に成り果てたのだから。
(……大丈夫。グレイは強いのだから。私が慌て過ぎているだけだわ)
エレノアは大きく深呼吸をして、ひとまず心を落ち着かせる事にした。
まずグレイが姿を消した理由はエレノアの作戦に不備があったわけでもなく、小鬼王を追うという意思に基づいたものだった。後は彼が無事戻ってきてくれるのを待つだけである。
それに、自らが光翼で倒せると言った小鬼王を、グレイでは無理だと考えるのは優れた剣と魔法の技量を持つ彼に対する侮辱かもしれない。
全てが思い通りにコントロールできないと気が済まないというのは傲慢の表れだ。そもそも昨日、作戦を立案するまで、誰もがエレノアの範囲回復魔法を想定していなかった。それを踏まえるとグレイの行動がおかしいという事はない。
過度に心配し過ぎているのは明白だった。彼に対する想いで思考に偏りが生じている。
「レナード、ごめんなさい。勝利に水を差して悪かったわ。彼の姿が見えなかったから心配だったの」
「いや。エレノアお嬢ちゃんが正しい。……ったく、勝利に導いた光の女神様を心配させるとは不遜なヤツだ」
レナードは顔をしかめると、エレノアから視線を反らすように、渋面でグレイが居るであろう西側を見た。それは無事戻ってきたら説教でもしてやろうといった表情だった。
「エレノアさーん!」
村中央の監視塔側からリリアが走ってくるのが見えた。鐘の合図を任せっきりにしたまま、置きざりにしてしまったのである。
「……リリア、ごめんなさい。置いていってしまって」
「びっくりしました。エレノアさん、かなり魔法で消耗しているように見えます。無理はしないで下さい……」
息を切らして走って来たリリアは、エレノアを心配そうに見上げていた。
そんなつもりは全くなかったが、表情に出てしまっているのだろうか。
「後はグレイが戻って来てくれれば作戦終了ね。……無事だといいけど」
「知っているかもしれんがグレイは強いぜ。一〇年以上傭兵として生きて来た俺よりもな。正面切っても相当な腕だが、いざという時の奥の手をいくつも隠し持っている。負ける姿は想像出来んな」
「貴方がそういうなら、そうなのでしょうね。……剣王国から小鬼王目当てで来たと言っていたけど」
エレノアは言葉を区切った。彼に聞くべきか迷ったが、レナードに尋ねてみる事にした。
彼ならおそらくグレイの素性を知っている。
「……グレイは一体何者なの? お互い詮索しない約束にしてて……聞いてはいけない事なのかもしれないけど、彼は剣王国の騎士なんでしょ?」
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レナードの唖然としたような呟きを聞いたエレノアは行動を始めていた。
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「エレノアさん!」
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