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憂鬱
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「……ん、もうこんな時間か」
五畳半の、薄暗い居室にて。
寝ぼけ眼を擦り、枕元にて鳴り響くスマホを取り音を止める。画面を見ると、時刻は16時40分。まあ、この時間にセットしたのだから当然ではあるけれども。
ともあれ、ぼけっとした頭のまま徐に身体を起こし立ち上がる。そして、キッチンへ向かい蛇口を捻ると、勢いよく流れ出た水がシンクに溜まった食器に跳ね返り僕の顔に……うわ、冷た。
ともかく、シンクに埋もれたコップを軽く洗い、水を一杯注ぎ口へ含む。別に美味しくもないけど、乾いた喉を癒やすには十分だ。
それから、軽く身支度を済ませハンガーから制服を手に取る。アルバイト先の、某ファーストフード店の制服を。そして、それを乱雑に鞄へと……はぁ、憂鬱。
「――どうもありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
それから、およそ二時間後。
カウンターにて、申し訳程度の定例句を口にするも、最後まで聞き届けることなく談笑しながら店を去っていく陽気な学生達。まあ、正直助かるけども。
それにしても……前々から思っていたけど、案外クビにならないものだよね。やる気も愛想もなく、ただただ機械のように決まり切った業務をこなしているだけだというのに。まあ、僕としては大いに助かる……いや、そうでもないか。
――ただ、それはそれとして。
(うっわ、またあの人と同じシフトかよ。開始早々気が滅入るわ)
(あんたなんてまだ良いじゃん。あたしなんて、もう四日連続で被ってるんだよ? 空気が重いのなんのって)
接客の最中、少し後方からそんなやり取りが耳に届く。不運にも、僕と時間が被ってしまった大学生のスタッフ達だ。多少なりとも声を潜めているとは、僕にというよりお客さんに対しての配慮だろう。……うん、だったら言わなきゃいいのに。
ただ、そうは言ってもやはり申し訳ない気持ちはある。僕が彼らの立場でも、こんな陰鬱な雰囲気を纏う人間と近しい空間にいるなど、願わくば御免被りたい。とはいえ、そこは是非とも割り切って頂けたらと。仕事ってそんなもんだし。
「――本日もお疲れ様です、冬樹先輩! 是非、熱々のコーヒーをどうぞ!」
「えっと……すっごく冷めてますよね、これ。……ですが、ありがとうございます藤島さん」
「いえいえ、お気になさらず! 30分ほど前、お客さんが注文したんですけど、やっぱりオレンジジュースが良いとのことで。ですが、このまま廃棄になるとも忍びないと思い、是非先輩にと」
「……なるほど」
勤務後、休憩室にて。
そう、すっかり冷めた薄茶色の紙コップを差し出し告げるミディア厶ショートの女の子。彼女は藤島陶奈さん――僕の三つ歳下の大学生で、僕なんかにもこうして眩いばかりの笑顔を見せてくれる、ある意味僕以上に異質な存在だ。……うん、流石に失礼かな?
ともあれ、折角なので差し出されたカップを有り難く受け取る僕。まあ、会社のルールに則ると、ほんとは廃棄しなきゃ駄目なんだろうけど……うん、まあ良いよね? ほら、昨今はフードロス問題が声高に叫ばれているわけだし、廃棄なんて以ての外……うん、誰に言い訳してるんだろうね。
それから数十分ほど、他愛もない閑談を交わす僕ら。藤島さんが積極的に会話をリードしてくれるお陰で、コミュ障の僕なんかでもどうにか会話が成立する。だけど……そんな素敵な技術や労力を、こんな僕なんかのために割いて頂くのは大変申し訳ない。なので、事あるごとに先に切り上げようとするのだが――
「――えぇ、もっとお話ししましょうよ冬樹先輩!」
そう、僕の腕をぐっと掴み引き留める藤島さん。……うん、こう言っては大変失礼だとは思うのだけど……ほんと、僕なんかと話して何が楽しいのだろう。
すっかり夜も深くなった、午後11時30頃。
帰宅後、洗面所にて鏡に映る顔をぼんやり眺める。いつもながら、何とも生気のない自身の顔を。よくもまあ、こんな有り様で接客業が務まるものだと我ながら呆れ返る。
そして、さっと顔を洗った後ポツリと呟く。さながら、鏡に潜む自分に言い聞かすように。
「……なんで、まだ生きてるんだろう」
五畳半の、薄暗い居室にて。
寝ぼけ眼を擦り、枕元にて鳴り響くスマホを取り音を止める。画面を見ると、時刻は16時40分。まあ、この時間にセットしたのだから当然ではあるけれども。
ともあれ、ぼけっとした頭のまま徐に身体を起こし立ち上がる。そして、キッチンへ向かい蛇口を捻ると、勢いよく流れ出た水がシンクに溜まった食器に跳ね返り僕の顔に……うわ、冷た。
ともかく、シンクに埋もれたコップを軽く洗い、水を一杯注ぎ口へ含む。別に美味しくもないけど、乾いた喉を癒やすには十分だ。
それから、軽く身支度を済ませハンガーから制服を手に取る。アルバイト先の、某ファーストフード店の制服を。そして、それを乱雑に鞄へと……はぁ、憂鬱。
「――どうもありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
それから、およそ二時間後。
カウンターにて、申し訳程度の定例句を口にするも、最後まで聞き届けることなく談笑しながら店を去っていく陽気な学生達。まあ、正直助かるけども。
それにしても……前々から思っていたけど、案外クビにならないものだよね。やる気も愛想もなく、ただただ機械のように決まり切った業務をこなしているだけだというのに。まあ、僕としては大いに助かる……いや、そうでもないか。
――ただ、それはそれとして。
(うっわ、またあの人と同じシフトかよ。開始早々気が滅入るわ)
(あんたなんてまだ良いじゃん。あたしなんて、もう四日連続で被ってるんだよ? 空気が重いのなんのって)
接客の最中、少し後方からそんなやり取りが耳に届く。不運にも、僕と時間が被ってしまった大学生のスタッフ達だ。多少なりとも声を潜めているとは、僕にというよりお客さんに対しての配慮だろう。……うん、だったら言わなきゃいいのに。
ただ、そうは言ってもやはり申し訳ない気持ちはある。僕が彼らの立場でも、こんな陰鬱な雰囲気を纏う人間と近しい空間にいるなど、願わくば御免被りたい。とはいえ、そこは是非とも割り切って頂けたらと。仕事ってそんなもんだし。
「――本日もお疲れ様です、冬樹先輩! 是非、熱々のコーヒーをどうぞ!」
「えっと……すっごく冷めてますよね、これ。……ですが、ありがとうございます藤島さん」
「いえいえ、お気になさらず! 30分ほど前、お客さんが注文したんですけど、やっぱりオレンジジュースが良いとのことで。ですが、このまま廃棄になるとも忍びないと思い、是非先輩にと」
「……なるほど」
勤務後、休憩室にて。
そう、すっかり冷めた薄茶色の紙コップを差し出し告げるミディア厶ショートの女の子。彼女は藤島陶奈さん――僕の三つ歳下の大学生で、僕なんかにもこうして眩いばかりの笑顔を見せてくれる、ある意味僕以上に異質な存在だ。……うん、流石に失礼かな?
ともあれ、折角なので差し出されたカップを有り難く受け取る僕。まあ、会社のルールに則ると、ほんとは廃棄しなきゃ駄目なんだろうけど……うん、まあ良いよね? ほら、昨今はフードロス問題が声高に叫ばれているわけだし、廃棄なんて以ての外……うん、誰に言い訳してるんだろうね。
それから数十分ほど、他愛もない閑談を交わす僕ら。藤島さんが積極的に会話をリードしてくれるお陰で、コミュ障の僕なんかでもどうにか会話が成立する。だけど……そんな素敵な技術や労力を、こんな僕なんかのために割いて頂くのは大変申し訳ない。なので、事あるごとに先に切り上げようとするのだが――
「――えぇ、もっとお話ししましょうよ冬樹先輩!」
そう、僕の腕をぐっと掴み引き留める藤島さん。……うん、こう言っては大変失礼だとは思うのだけど……ほんと、僕なんかと話して何が楽しいのだろう。
すっかり夜も深くなった、午後11時30頃。
帰宅後、洗面所にて鏡に映る顔をぼんやり眺める。いつもながら、何とも生気のない自身の顔を。よくもまあ、こんな有り様で接客業が務まるものだと我ながら呆れ返る。
そして、さっと顔を洗った後ポツリと呟く。さながら、鏡に潜む自分に言い聞かすように。
「……なんで、まだ生きてるんだろう」
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