鎖 〜例え、どんなに歪な形でも〜

暦海

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……どうか、何処にも――

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「……随分と早いんじゃな。それに、二人とも随分と息を切らしておるし」
「……まあ、あまりお待たせしてしまっては申し訳ないですし」
「……うん、なんかこっちが申し訳なくなってきた。……ごめんね?」


 それから、数十分後。
 仰せの通り、通ってきた路地を引き返し再び反対方向から占い師さんの下へと到着した僕ら。正直、別に急ぐ必要もなかったとは思うけども……まあ、あまり待たせちゃうのも申し訳ないしね。

 ところで……心做しか、最後の方だけ口調が変わった気がするけど……ひょっとして、こっちが素なのかな?


「さて、それでは占いを始めるとするが――まずは、どちらから視てほしいんじゃ?」
「えっ、どちらも視れるんですか? ご存知かと思いますが、この狭さなので前後の入れ替わりとか出来ないですよ、私達」
「ああ、分かっておるよ。じゃが、占うだけなら顔だけ見えていれば十分じゃ。じゃから、嬢ちゃんが少し屈むなり、坊っちゃんが後ろから顔を出すなりすれば何の問題もない」
「なるほど。それでは、私からで良いですか? 冬樹ふゆき先輩」
「ええ、もちろんです藤島ふじしまさん」

 占い師さんの説明を受け、後方に位置する僕へと振り返り確認を取る藤島さん。もちろん、異存なんてない。と言うより、正直僕は元より視てもらうつもりも然程なかったわけで。

 ところで、それはそうと……ひょっとしたら歳上なのかもしれないけど、この人から坊っちゃんと呼ばれる違和感が半端ないね。


「それじゃあ嬢ちゃん、さっそくお主の――」
「――あっ、ちょっと待ってください」
「ん? どうしたんじゃ?」

 手元の式盤ちょくばんに手を添えつつ話す占い師さんに被せる形で、不意に制止の声を掛ける藤島さん。ちなみに式盤とは、天盤と呼ばれる円形の盤と、地盤と呼ばれる方形の盤を組み合わせたもので、主に平安時代から鎌倉時代の陰陽道にて使用されていたという。

 まあ、それはともあれ……いったい、どうしたんだろ藤島さん。まだ、心の準備が出来ていなかったとか――


「……その、私ではなく……他の人の未来を占って頂くことは可能ですか? 例えば、その……好きな人とか」
「…………へっ?」



「……好きな人、じゃと?」
「あっ、えっと……駄目ですか? その……以前友達が、ここで彼氏のことを占ってもらったって言っていたので……」
「けっ、どいつもこいつも色恋に浮かれおって」

 藤島さんの問い掛けに、吐き捨てるように毒づく占い師さん。……えっと、ひょっとして過去に何かあったのかな?

 まあ、それはともあれ……そっか、好きな人いたんだ、藤島さん。まあ、別に驚くことでもないけども。
 とは言え……やっぱり、全く気にならないと言えば嘘になってしまうわけで。いったい、どんな人なのかな? 大学? 職場? それとも――

 ただ、いずれにせよ……だとしたら、今こうして僕といても良いのだろうか? もちろん、現時点でお付き合いしているわけでなければ何の問題にもならないだろう。
 それでも……万が一にも、こうして僕と二人でいるところを目撃されようものなら、やはり多少なりとも誤解を招いてしまう可能性は否めないわけで。もちろん、僕なんかが彼女に釣り合うなんて微塵も思っていない。いないけども……それでも、状況が状況だけに、そういう解釈が生じてしまう可能性も皆無ではなく――

 ……まあ、でも心配ないのかな? こうして僕と一緒にいるのは、きっと彼女自身の意思――だとしたら、恐らくはそういったリスクなど皆無だと判断してのことだろうし。



「……おぉ、サタンよ。愛しの魔王サタンよ……我に啓示を与えたまえ。おどろどろどろ~」
「「何その呪文!?」」

 思いがけず、声と言葉が重なる藤島さんと僕。……いや、当のご本人は頗る真剣に念じているようだし、口を挟むのも頗る申し訳ないのだけど……うん、やはりツッコまずにはいられない。啓示って神様じゃないの? そもそも、魔王にお願いするの? などなど。

 ともあれ、待つこと数分――卒然、大きく目を見開く占い師さん。……うん、ちょっと怖い。でも、どうやら何か視えたみたいで―― 


「…………えっ?」

 すると、先ほど以上に目を見開き唖然とした表情の占い師さん。……うん、人間ひとってこんなに目をひらけたんだね。むしろ、こっちが驚いてしまうくらいに。

 ……でも、いったいどうしたんだろう。まさか、何かとんでもないものが視えて――


「……すまぬ、嬢ちゃん。代金かねは返そう」
「「……へっ?」」

 思いも寄らない占い師さんの発言に、本日何度目かの声が重なる僕ら。そして、ポカンとする僕らに対し、彼女は甚く重々しい口調で言葉を紡ぐ。


「……本当に、すまんのじゃが……我には、お主の想い人とやらの未来は視えんかった……」





「……えっと、残念でしたね藤島さん。まさか、未来が視えないなんて」
「……まあ、仕方がありません。占い師さんだって、調子の良くない日もあるでしょうし」
「……そう、ですね」


 帰り道、そんなやり取りを交わしながら夕暮れの空を歩く僕ら。……いや、よくよく考えれば未来が視えないなんて至って普通のことなんだけど……まさか、占い師さんの口から直々にそんな言葉が出るとは思わなくて。……まあ、視える振りをして適当な嘘を言われるより全然良いと思うけど。

 ちなみに、結局のところ藤島さんは代金を受け取らなかった。占った結果、何も視えなかったのならそれは仕方のないこと――返金を申し出た占い師さんに対し、彼女はそう主張しつつ頑として受け取りを拒否した。そんな、何とも藤島さんらしい対応に改めて感じ入――

「……ねえ、冬樹先輩」
「……? はい、どうかしましたか藤島さん」

 そんな思考の最中さなか、ふと隣から声が届く。ただ……どうにも、その様子に違和感を覚える。心做しか、平時に比べ表情が翳りを帯びているように見えるのもそうだけど……問い掛ける藤島さんの指が、控えめながらも力強く僕の裾を摘んでいたから。……いったい、どうしたのだろ――

「……っ!?」

 卒然、ハッと息が止まる。不意に、裾を摘んでいた彼女の手がさっと僕の手を掴んだから。

「……あの、藤島さ……っ!?」

 戸惑いの中、たどたどしく掛けようとした僕の問いが止まる。何故なら……僕の左手を掴んだ彼女の右手が、小刻みに震えているから。……いったい、何があったの――

「……何処にも、行かないで……」
「……へっ?」

 すると、僕の疑問に答えるようにそっと言葉を紡ぐ藤島さん。……平時とは似ても似つかない、甚く覚束なく震えた声で。


「……どうか、何処にも行かないで……先輩」




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