恋愛短編集〜ノンジャンル〜

暦海

文字の大きさ
13 / 14
ただいまが届く場所

……あーあ、これで終わりか。

しおりを挟む
「――此島このしまさん。私は、貴女を責めるつもりはありません。だから、正直に答えてほしいのだけど……これは、本当なのですか?」
「……それは」


 ある平日の放課後。
 そう、厳かな面持ちで問い掛ける年配の女性。私の通う公立校、天西あまにし高校の学校長だ。そして、説明不要かもしれないけど、私達が今いるのは校長室で。


 さて、学園長が示すこれとは――差し出されたスマホに映し出された、一枚の画像。ある木造アパートの一室にて、会社員と思しき端整な男性を、この部屋の住人と思しき黒髪の少女が笑顔で迎えている画像のことで。




 ――――昔から、私は一人だった。  


『……ただいま』


 鍵を開け、扉を開けそう伝えるも、返事は一向に届かない。今は、たまたま誰もいないから――ではなく、これが通常。自分の家のはずなのに、自分以外のただいまを聞いた記憶がなく、おかえりに至ってはもはや誰の声も聞いた記憶がない。自分の家のはずなのに、誰に迎えられることも、誰を迎えることもない。

 だけど、不幸じゃない。虐待を受けてたわけでもないし、ご飯もおいてくれてたし。まあ、小学校の高学年くらいからは作っておいてはくれなくなったから、冷蔵庫にある材料で自分で作るようになってたけど。

 ともあれ――私より辛い境遇の人なんて星の数ほどいるはずだし、私は不幸なんかじゃない。なのに……それでも、寂しかった。

 ――だから、私は求めた。あんなにも端なく、脅迫すら厭わない非道さで以て求めた。私の傍にいて、他愛もない日常を共に過ごしてくれる誰かを。そして、ついにあの人――陽真ようまさんに出会った。

 
 ところで、それにしても……ふふっ、今思い出しても可笑しくなっちゃう。気付いてなかっただろうけど、実は隙を見てちょっと目を開けてたり。その時の頭を抱える姿だったり、どうしようかとうろうろする姿が、今思い出しても可笑しくって――

 ……いや、笑っちゃ駄目だよね。その可笑しな姿は全部、私のためだったんだし……そもそも、私はそういう人を求めていたんだし。何処の誰かも知らない人間わたしのことを、あんなにも心配してくれて……もしかすると警察沙汰に発展するリスクすらあったのに、私のために勇気を出して、捲り上がったスカートをそっと下ろしてくれて。そんなどうしようもないお人好しを……どうしようもなく暖かな誰かを、私はずっと求めていたんだから。
 



「……それは」


 ともあれ、今は校長の問いに答えなければ。……だけど、何も出てこない。学校側にこの画像を納得させられる正当な理由なんて、何一つ出てこない。……まあ、当然だけど。社会的に見れば、お世辞にも褒められた光景とは言えないだろうし。……それにしても、いったい誰がこんな――

 ……いや、どうでもいいか。私を嫌いな生徒なんて枚挙に暇がないほどいるし、そのうちの誰かだろう。そんなことより――


 ……あーあ、これで終わりか。やっと見つけた、心を許せそうな人だったのになぁ。でも、これで終わり。これ以上は、流石に彼の人生が台無しに――


 ――トントン。

 すると、ふと後方から届く音。少し驚いた様子ながらも、どうぞと告げる校長。すると、叩く音と同じくらい控えめに扉が開かれる。そして――


「……その、学校長。その……たった今、此島さんの恋人と仰る男性が来校なさったのですが……」
「「……へっ?」」

 そう、困惑した表情で告げる男性――私のクラス、二年二組の担任教師たる男性の言葉に思わず声が重なる校長と私。……えっと、私の恋人? 正直、全く以て覚えがな――


「…………え?」

 刹那、思考が……呼吸が止まる。……なんで……なんで――


「……突然の来訪、申し訳ありません。私は、降崎ふるさき陽真と申します。今、そちらにいる此島里李さとりの恋人です」




「……貴方は、あの写真の……」
「はい。……軽蔑、しますよね。とうに成人の身でありながら、高校生と交際なんて。大人としてのモラルを疑われても致し方ありません」
「あ、いえ、そんなことは……」


 暫く唖然と―― まあ、私もだけど――唖然としていた校長だったけど、自嘲するような陽真さんの言葉に少し慌てて否定の意を……おぉ、やるなあ陽真さん。真っ赤な嘘なのに、こうもほんとっぽく演じてみせるとは。

 だけど……いったい、どういうつもりなのだろう。恐らくは、どういう経緯か私の件――あの画像の件を知ってこうして来てくれたんだろうし、それは嬉しいのだけど……でも、自らが恋人と名乗ることにいったい何の意味があるのだろう。正直、自分の首を絞める結果になるとしか――


「……ですが、学校長。この場をお借りして、一つ申し上げたいことがあります。私は、彼女――此島里李さんと、結婚を前提にお付き合いをしています」


 すると、何とも真剣な表情かおまごうことなき大嘘を宣う陽真さん。いやいや、結婚を前提にも何も、お付き合い自体してないし。ともあれ、そんな彼に対し――

「――ああ、そうでしたか! ええ、それは素晴らしいことです! これからも、我が校の生徒を宜しくお願いしますね、降崎さん!」
「……暖かなお言葉、痛み入ります学校長」

 弾かれたように目を見開くやいなや、笑顔で彼を褒め称える校長。そして、責めるような物言いをして申し訳なかったと私に謝意を述べる。かくして、これ以上の追及もなく今件はあっさりと幕を閉じた。……まあ、流石に分かったけどね、私でも。








しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

罪悪と愛情

暦海
恋愛
 地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。  だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

処理中です...