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恵まれた僕の責務
……なんて、馬鹿みたいだよね。
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「……うん、これで良し」
すっかり夜の帳が下りた、午後9時頃。
そう、ポツリと呟く。今、僕がいるのは仄かに月光が差し込む薄暗い部屋の中。隙間から入る微風が、少し肌寒くも心地好い。
少し古びた机の上に、そっとペンを置く。そして、深く呼吸を整える。その後、机の上へと視線を戻す。そこには、微かに揺れる3枚の便箋――そして、隅の方には1本の小さな瓶が映っていて。
『……また、来てくれるよね? 京馬。また……会えるよね?』
数日ほど前のこと。
病室にて、僕の瞳をじっと見つめ尋ねる姉さん。その透き通る瞳には、ありありと不安――そして、途方もない恐怖の色が揺れていて。そんな彼女に対し、僕は淡く微笑み病室を……ちゃんと、笑えてたかな? うん、それなら良いのだけど。
……気づいて、ないよね? 一応、これでも頑張ってきたつもりだし。決してそう見えないよう、僕なりに頑張って振る舞ってきたつもりだし。……そして、あの日も――
……だって、悟らせる必要なんてないから。この期に及んで、悟らせる必要なんてないから。――僕が、他の誰より貴女のことを嫌いだなんて。
……まあ、かと言って姉さんが悪いわけでもないんだけど。むしろ、姉さんは姉さんで苦しい思いもあっただろう。姉さんが、ずっと僕に申し訳なさを感じていたのは流石に分かっていたし。だから、これは逆恨み……本来、この気持ちはあの両親に向けるべきもので――
……いや、それも違うのかな? 両親は、きっと正しい。生まれつき難病を抱えた不遇な姉さんを、生まれつき健康な恵まれた僕が支え助ける――そんなのは、きっと誰に教わるでもなく自明の真理なのだろうから。
だから……うん、畢竟、悪いのは僕ということになるのだろう。こんな当然のことに不条理を感じている、酷く歪んだ僕が悪いという他ないのだろう。
……そういえば、学校でも教わったっけ。あと、テレビでも言ったっけ。ハンディキャップを抱えた人達、性的マイノリティーと呼ばれる人達……あとは、ギフテッドと呼ばれる人達……そういった少数派の人達は、みんなから理解されず苦しい思いをしている。だから、そういった不遇な人達をみんなが理解するようになれば、みんなが幸せな社会になる――そんな文言を、何度か耳にした気がする。そして、それはきっととても素晴らしいことで――
だけど……そのみんなとやらに、僕らは含まれているのかな? その幸せになるべき人達の中に、僕らは含まれているのかな?
ハンディキャップもない、性的マイノリティーでもない、ギフテッドでもない――そんな、恵まれた普通の僕らのことは……いったい、誰が理解してくれるの……?
……なんて、馬鹿みたいだよね。そもそも、理解なんて求めちゃいけない。理解しなくちゃいけない――きっと、それが恵まれた僕らの責務なのだろうし。
そして、恵まれたからには助けなければならない。今までずっと苦しくて、今も想像も及ばない苦痛や恐怖を抱えているであろう不遇な姉さんを、僕が助けなければならない。それが僕の責務であり、両親の望みだから。きっと、こういう時のために僕を育ててきたのだろうから。
……さて、急がなきゃね。一刻も早く安心させてあげなきゃいけないし。ドナーの提供元が見つかったと、一刻も早く両親を安心させてあげなくちゃいけないし。それが、こんな僕に唯一できる親孝行なのだろうし。
今一度、書き終わった文を見直す。……うん、何処にも間違いはない。ちゃんと、誰にも迷惑が掛からないように書けている……はず。
ふと、立ち上がり数歩進める。そして、本棚から1冊の本を取りページを捲り、ほどなく止める。そこに映るは、世界一綺麗とされるあの星空――それは今も、色褪せることなく燦然と輝いていて。……まあ、写真なんだし当たり前なんだけどね。
……結局、果たせなかったね。まあ、元より僕なんかには過ぎた願いだったのだろう。だから……どうか、生きてください。そして、いつかちゃんと治ったら……その時は、あの場所に……いつか、2人で見に行こうと約束したあの星空を眺めてください。その時には、きっと誰より大切な人が隣にいるはずだから。
ややあって、本を戻し椅子へと戻る。そして、そっと瓶を手に取り中身を取り出し……いや、その前に……うん、やっぱり残しておこうかな。折角なので。
そういうわけで、再びペンを。そして、便箋の隅の方へと小さく記した後――ぐっと、多量のカプセルを呑み込んだ。
【……ごめんね、姉さん。それから……どうか、お幸せに】
すっかり夜の帳が下りた、午後9時頃。
そう、ポツリと呟く。今、僕がいるのは仄かに月光が差し込む薄暗い部屋の中。隙間から入る微風が、少し肌寒くも心地好い。
少し古びた机の上に、そっとペンを置く。そして、深く呼吸を整える。その後、机の上へと視線を戻す。そこには、微かに揺れる3枚の便箋――そして、隅の方には1本の小さな瓶が映っていて。
『……また、来てくれるよね? 京馬。また……会えるよね?』
数日ほど前のこと。
病室にて、僕の瞳をじっと見つめ尋ねる姉さん。その透き通る瞳には、ありありと不安――そして、途方もない恐怖の色が揺れていて。そんな彼女に対し、僕は淡く微笑み病室を……ちゃんと、笑えてたかな? うん、それなら良いのだけど。
……気づいて、ないよね? 一応、これでも頑張ってきたつもりだし。決してそう見えないよう、僕なりに頑張って振る舞ってきたつもりだし。……そして、あの日も――
……だって、悟らせる必要なんてないから。この期に及んで、悟らせる必要なんてないから。――僕が、他の誰より貴女のことを嫌いだなんて。
……まあ、かと言って姉さんが悪いわけでもないんだけど。むしろ、姉さんは姉さんで苦しい思いもあっただろう。姉さんが、ずっと僕に申し訳なさを感じていたのは流石に分かっていたし。だから、これは逆恨み……本来、この気持ちはあの両親に向けるべきもので――
……いや、それも違うのかな? 両親は、きっと正しい。生まれつき難病を抱えた不遇な姉さんを、生まれつき健康な恵まれた僕が支え助ける――そんなのは、きっと誰に教わるでもなく自明の真理なのだろうから。
だから……うん、畢竟、悪いのは僕ということになるのだろう。こんな当然のことに不条理を感じている、酷く歪んだ僕が悪いという他ないのだろう。
……そういえば、学校でも教わったっけ。あと、テレビでも言ったっけ。ハンディキャップを抱えた人達、性的マイノリティーと呼ばれる人達……あとは、ギフテッドと呼ばれる人達……そういった少数派の人達は、みんなから理解されず苦しい思いをしている。だから、そういった不遇な人達をみんなが理解するようになれば、みんなが幸せな社会になる――そんな文言を、何度か耳にした気がする。そして、それはきっととても素晴らしいことで――
だけど……そのみんなとやらに、僕らは含まれているのかな? その幸せになるべき人達の中に、僕らは含まれているのかな?
ハンディキャップもない、性的マイノリティーでもない、ギフテッドでもない――そんな、恵まれた普通の僕らのことは……いったい、誰が理解してくれるの……?
……なんて、馬鹿みたいだよね。そもそも、理解なんて求めちゃいけない。理解しなくちゃいけない――きっと、それが恵まれた僕らの責務なのだろうし。
そして、恵まれたからには助けなければならない。今までずっと苦しくて、今も想像も及ばない苦痛や恐怖を抱えているであろう不遇な姉さんを、僕が助けなければならない。それが僕の責務であり、両親の望みだから。きっと、こういう時のために僕を育ててきたのだろうから。
……さて、急がなきゃね。一刻も早く安心させてあげなきゃいけないし。ドナーの提供元が見つかったと、一刻も早く両親を安心させてあげなくちゃいけないし。それが、こんな僕に唯一できる親孝行なのだろうし。
今一度、書き終わった文を見直す。……うん、何処にも間違いはない。ちゃんと、誰にも迷惑が掛からないように書けている……はず。
ふと、立ち上がり数歩進める。そして、本棚から1冊の本を取りページを捲り、ほどなく止める。そこに映るは、世界一綺麗とされるあの星空――それは今も、色褪せることなく燦然と輝いていて。……まあ、写真なんだし当たり前なんだけどね。
……結局、果たせなかったね。まあ、元より僕なんかには過ぎた願いだったのだろう。だから……どうか、生きてください。そして、いつかちゃんと治ったら……その時は、あの場所に……いつか、2人で見に行こうと約束したあの星空を眺めてください。その時には、きっと誰より大切な人が隣にいるはずだから。
ややあって、本を戻し椅子へと戻る。そして、そっと瓶を手に取り中身を取り出し……いや、その前に……うん、やっぱり残しておこうかな。折角なので。
そういうわけで、再びペンを。そして、便箋の隅の方へと小さく記した後――ぐっと、多量のカプセルを呑み込んだ。
【……ごめんね、姉さん。それから……どうか、お幸せに】
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