短編集〜現代文学〜

暦海

文字の大きさ
7 / 12
恵まれた僕の責務

……なんて、馬鹿みたいだよね。

しおりを挟む
「……うん、これで良し」


 すっかり夜の帳が下りた、午後9時頃。
 そう、ポツリと呟く。今、僕がいるのは仄かに月光ひかりが差し込む薄暗い部屋の中。隙間から入る微風そよかぜが、少し肌寒くも心地好い。

 少し古びた机の上に、そっとペンを置く。そして、深く呼吸を整える。その後、机の上へと視線を戻す。そこには、微かに揺れる3枚の便箋――そして、隅の方には1本の小さな瓶が映っていて。




『……また、来てくれるよね? 京馬けいま。また……会えるよね?』


 数日ほど前のこと。
 病室にて、僕のをじっと見つめ尋ねる姉さん。その透き通るには、ありありと不安――そして、途方もない恐怖の色が揺れていて。そんな彼女に対し、僕は淡く微笑み病室を……ちゃんと、笑えてたかな? うん、それなら良いのだけど。

 ……気づいて、ないよね? 一応、これでも頑張ってきたつもりだし。決してそう見えないよう、僕なりに頑張って振る舞ってきたつもりだし。……そして、あの日も――


 ……だって、悟らせる必要なんてないから。この期に及んで、悟らせる必要なんてないから。――僕が、他の誰より貴女のことを嫌いだなんて。
 
 
 ……まあ、かと言って姉さんが悪いわけでもないんだけど。むしろ、姉さんは姉さんで苦しい思いもあっただろう。姉さんが、ずっと僕に申し訳なさを感じていたのは流石に分かっていたし。だから、これは逆恨み……本来、この気持ちはあの両親おやに向けるべきもので――

 ……いや、それも違うのかな? 両親は、きっと正しい。生まれつき難病を抱えた不遇な姉さんを、生まれつき健康な恵まれた僕が支え助ける――そんなのは、きっと誰に教わるでもなく自明の真理なのだろうから。

 だから……うん、畢竟ひっきょう、悪いのは僕ということになるのだろう。こんな当然のことに不条理を感じている、酷く歪んだ僕が悪いという他ないのだろう。
 

 ……そういえば、学校でも教わったっけ。あと、テレビでも言ったっけ。ハンディキャップを抱えた人達、性的マイノリティーと呼ばれる人達……あとは、ギフテッドと呼ばれる人達……そういった少数派の人達は、みんなから理解されず苦しい思いをしている。だから、そういった不遇な人達をみんなが理解するようになれば、みんなが幸せな社会になる――そんな文言ことを、何度か耳にした気がする。そして、それはきっととても素晴らしいことで――


 だけど……そのとやらに、僕らは含まれているのかな? その幸せになるべき人達の中に、僕らは含まれているのかな?


 ハンディキャップもない、性的マイノリティーでもない、ギフテッドでもない――そんな、僕らのことは……いったい、誰が理解してくれるの……?


 ……なんて、馬鹿みたいだよね。そもそも、理解なんて求めちゃいけない。理解しなくちゃいけない――きっと、それが恵まれた僕らの責務なのだろうし。

 そして、恵まれたからには助けなければならない。今までずっと苦しくて、今も想像も及ばない苦痛や恐怖を抱えているであろう不遇な姉さんを、僕が助けなければならない。それが僕の責務であり、両親の望みだから。きっと、のために僕を育ててきたのだろうから。


 ……さて、急がなきゃね。一刻も早く安心させてあげなきゃいけないし。ドナーの提供元が見つかったと、一刻も早く両親を安心させてあげなくちゃいけないし。それが、こんな僕に唯一できる親孝行なのだろうし。

 今一度、書き終わった文を見直す。……うん、何処にも間違いはない。ちゃんと、誰にも迷惑が掛からないように書けている……はず。


 ふと、立ち上がり数歩進める。そして、本棚から1冊の本を取りページを捲り、ほどなく止める。そこに映るは、世界一綺麗とされるあの星空――それは今も、色褪せることなく燦然と輝いていて。……まあ、写真なんだし当たり前なんだけどね。


 ……結局、果たせなかったね。まあ、元より僕なんかには過ぎた願いだったのだろう。だから……どうか、生きてください。そして、いつかちゃんと治ったら……その時は、あの場所に……いつか、2人で見に行こうと約束したあの星空を眺めてください。その時には、きっと誰より大切な人が隣にいるはずだから。


 ややあって、本を戻し椅子へと戻る。そして、そっと瓶を手に取り中身を取り出し……いや、その前に……うん、やっぱり残しておこうかな。折角なので。
 そういうわけで、再びペンを。そして、便箋の隅の方へと小さく記した後――ぐっと、多量のカプセルを呑み込んだ。



【……ごめんね、姉さん。それから……どうか、お幸せに】



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

身体交換

廣瀬純七
SF
大富豪の老人の男性と若い女性が身体を交換する話

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...