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今際の際
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「……わざわざお越し頂き、ありがとうございます帝さま」
「……何度も伝えているけれど、感謝など全く以て不要だよ更衣。ただ、私が貴女に逢いたくて訪れているだけなのだから」
それから、数ヶ月経て。
私の居住――淑景舎にて、控えめに謝意を述べる私に対し少し呆れたように……それでいて、包み込むような優しい微笑で答える帝。そんな彼の様子に、ほんのり心の安らぐ思いがして。
帝との共寝に際し、私が彼の居住――清涼殿に召されることもあれば、彼の方から淑景舎へお越しになることもある。そして、今夜は後者の方で。
いや……今夜も、と言うべきか。と言うのも――ここ最近はほぼ毎夜、彼の方から淑景舎へ足を運んでくれていて。そして、理由はきっと確認するまでもなく――
「……本当に、申し訳ない……更衣。私が、甚だ至らないばかりに……三度、貴女にこんなにも辛い思いをさせてしまって……」
「……いえ、帝さまの責任では……」
憂いの帯びた声音で、深く謝意を述べる帝。そんな彼に、何とも覚束ない口調で答える私。実際、帝の責任だとは思っていない。だけど……今の桐壺の状況に、彼が無関係かと問われれば迷いなく首肯するわけにもいかなくて。
と言うのも――ここ最近、再び以前……いや、もしかすると以前以上の苛酷な嫌がらせを受ける日々が続いている。そして、恐らくその最たる理由が例の数人――私と約束を交わした数人の、帝に対しての如何ともし難い蟠りに起因していて。
『――結局、帝さまの瞳には桐壺しか映っていらっしゃらないのですね』
ある夜、共寝の際に一人の妃――私が最初にあの約束を交わした女御から、不服の帯びた声音でそう言われたとのこと。そして、他の数人――後日、同様の約束を交わした数人も、言葉にするかしないかの違いはあったものの、前述の女御と同様の不服を示していたようで。
つまりは、最初こそ帝に召される機会を得るため渋々ながら私に協力していた彼女らが、実際に機会を得てみれば――彼の瞳に、心に桐壺しか映っていないことを改めて見せ付けられる結果となってしまったわけで。
その後も、当然ながら嫌がらせは絶えることなく――むしろ、更にエスカレートしていく日々。そして――
「……申し訳ありません、帝さま。私は、きっともう永くは……」
「……そんな、更衣。……どうか、私を置いて独り旅立たないでくれ。死ぬ時は一緒だと、深く契りを交わしたではないか」
それから、およそ一ヶ月経て。
冴え冴えと月の輝く澄み切った夜のこと――淑景舎にて、覚束ない口調でそう口にする私の手を握り涙声で懇願する帝。……うん、ほんとごめんね。
「……あの、帝さま。最期に、一つだけ宜しいでしょうか?」
「……どうか、最期だなんて言わないでくれ更衣。一つなどと言わず、貴女の望むことは幾つでも……」
そう、仰向けのまま弱々しく尋ねる私の手をいっそう強く握り締め語りかける帝。……うん、私としてもそうしたいのは山々なんだけどね。
だけど……うん、もう限界。きっと、私はじきに息絶える。こんな経験、初めてなのに……どうしてか、それが自分でもはっきりと分かる。
それでも……本作のように、里帰りは望まなかった。どうせ死ぬのなら、彼に見送られ旅立ちたいと願ったから。だって、こんなにも彼は……いや、それよりも――
「……ありがとうございます、帝さま。それで、最期のお願いですが……どうか、光源氏のことを――」
「……何度も伝えているけれど、感謝など全く以て不要だよ更衣。ただ、私が貴女に逢いたくて訪れているだけなのだから」
それから、数ヶ月経て。
私の居住――淑景舎にて、控えめに謝意を述べる私に対し少し呆れたように……それでいて、包み込むような優しい微笑で答える帝。そんな彼の様子に、ほんのり心の安らぐ思いがして。
帝との共寝に際し、私が彼の居住――清涼殿に召されることもあれば、彼の方から淑景舎へお越しになることもある。そして、今夜は後者の方で。
いや……今夜も、と言うべきか。と言うのも――ここ最近はほぼ毎夜、彼の方から淑景舎へ足を運んでくれていて。そして、理由はきっと確認するまでもなく――
「……本当に、申し訳ない……更衣。私が、甚だ至らないばかりに……三度、貴女にこんなにも辛い思いをさせてしまって……」
「……いえ、帝さまの責任では……」
憂いの帯びた声音で、深く謝意を述べる帝。そんな彼に、何とも覚束ない口調で答える私。実際、帝の責任だとは思っていない。だけど……今の桐壺の状況に、彼が無関係かと問われれば迷いなく首肯するわけにもいかなくて。
と言うのも――ここ最近、再び以前……いや、もしかすると以前以上の苛酷な嫌がらせを受ける日々が続いている。そして、恐らくその最たる理由が例の数人――私と約束を交わした数人の、帝に対しての如何ともし難い蟠りに起因していて。
『――結局、帝さまの瞳には桐壺しか映っていらっしゃらないのですね』
ある夜、共寝の際に一人の妃――私が最初にあの約束を交わした女御から、不服の帯びた声音でそう言われたとのこと。そして、他の数人――後日、同様の約束を交わした数人も、言葉にするかしないかの違いはあったものの、前述の女御と同様の不服を示していたようで。
つまりは、最初こそ帝に召される機会を得るため渋々ながら私に協力していた彼女らが、実際に機会を得てみれば――彼の瞳に、心に桐壺しか映っていないことを改めて見せ付けられる結果となってしまったわけで。
その後も、当然ながら嫌がらせは絶えることなく――むしろ、更にエスカレートしていく日々。そして――
「……申し訳ありません、帝さま。私は、きっともう永くは……」
「……そんな、更衣。……どうか、私を置いて独り旅立たないでくれ。死ぬ時は一緒だと、深く契りを交わしたではないか」
それから、およそ一ヶ月経て。
冴え冴えと月の輝く澄み切った夜のこと――淑景舎にて、覚束ない口調でそう口にする私の手を握り涙声で懇願する帝。……うん、ほんとごめんね。
「……あの、帝さま。最期に、一つだけ宜しいでしょうか?」
「……どうか、最期だなんて言わないでくれ更衣。一つなどと言わず、貴女の望むことは幾つでも……」
そう、仰向けのまま弱々しく尋ねる私の手をいっそう強く握り締め語りかける帝。……うん、私としてもそうしたいのは山々なんだけどね。
だけど……うん、もう限界。きっと、私はじきに息絶える。こんな経験、初めてなのに……どうしてか、それが自分でもはっきりと分かる。
それでも……本作のように、里帰りは望まなかった。どうせ死ぬのなら、彼に見送られ旅立ちたいと願ったから。だって、こんなにも彼は……いや、それよりも――
「……ありがとうございます、帝さま。それで、最期のお願いですが……どうか、光源氏のことを――」
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