21 / 48
お願い
しおりを挟む
「……はっ、大変失礼しました宮さま!」
「いえいえ、宜しくてよ? この藤壺、大海原よりも深き寛仁な御心で以てお許し申し上げましょう」
「……えっと、寛大なお言葉、大変痛み入ります……あれ、なんかイメージと違う……」
そんな私の返答に、襖越しにも伝わる困惑した声音が耳に届く。……うん、ご尤も。誰だよ、この鼻持ちならない奴……うん、ほんとごめんね藤壺。
「……そ、それで……その、宮さまは、どうしてこのような……」
すると、尚も戸惑いの窺える声音が届く。……まあ、そりゃそうだよね。もはや、わけの分からない状況――それこそ、夢だと思っていても何ら不思議はない。ともあれ、返事をすべく再び口を開いて――
「――はい、今夜こうしてお伺いしたのは……貴女へ、一つお願いがあるからです――空蝉さま」
「……お願い、でしょうか……?」
「はい……空蝉さまにしか申し上げられない、大切なお願いです」
おずおずとした声音で問う彼女に、はっきりとした口調で告げる私。空蝉のような身分の人間に、藤壺のような高貴な人間がいったいどんな――そんな疑問……と言うか、もはや不審に近い感情がその声音からひしひしと伝わってくる。
……まあ、そうなるよね。これほどに立派な邸宅――寝殿造りと呼ばれる立派な邸宅に住んでいることを鑑みても、決して卑下するような身分だとは思えない。それでも、藤壺や源ちゃんに比べれば格下――こうして、恐縮してしまうのも致し方な……いや、我ながらすっごい嫌な言い方だけども。
ともあれ、一度深く呼吸を整える。そして――
「……この藤壺、たってのお願いです。どうか、光君の愛情を受け入れてはくださいませんか」
「…………え?」
そんな私の申し出に、呆然と声を洩らす空蝉。……まあ、襖越しなので実際の様子は分からないけど。
ともあれ、これが今夜ここを――空蝉の下を訪れた理由で。と言うのも――この頃、源ちゃんは随分と彼女にご執心だったはずだから。
そして、彼女が源ちゃんの想いを受け入れてさえくれれば……もしかすると、彼は件の女性――六条さんの下へ通わなくなるかもしれない。風の噂によると、六条さんはまださほど源ちゃんに心を開いていないとのこと。
もちろん、それが事実という前提にはなるけども……ならば、源ちゃんへの愛情が芽生える前に、彼が六条さんへの通いを絶ってしまえば万々歳――彼の正妻たる葵の上が、六条さんの生霊に取り憑かれその尊い命を落とすこともないはずで。
……とは言え、思惑通りすんなり事が進めば苦労はないわけで――
「……僭越ながら、宮さま。ご自分が、何を仰っているのか分かってます? ご存知ないかもしれませんが、これでも一応は夫のいる身なのですよ?」
そう、先ほどまでとは一転、些かの躊躇いは窺えつつも明瞭な口調で尋ねる空蝉。その声音からも、多少なりとも怒っているのが伝わって……まあ、当然といえば当然か。
……さて、どうしたものか。夫のいる身で、他の男性からの求愛に応じるわけにはいかない――要するにそういう返答だろうし、そう言われてしまえばこちらに反論の術などなく。……まあ、でもおおかた想定通り。なので――
「……はい、心中お察し致します。なので――是非、旦那さまとお別れ頂けたらと」
「旦那かわいそう過ぎない!?」
私の申し出に、驚愕に目を見開く空蝉。……うん、ご尤も。だけど、私とて全く考えなしにこんな血も涙もない発言をしてるわけでもなく――
「……仰ることはご尤もです、空蝉さま。ですが……このままで、本当に良いのですか?」
「……あの、それはどういう――」
「――ご自身でも、きっとお分かりなのでしょう? 本当は、貴女自身も光君に深く心惹かれていることを」
「……っ!?」
そんな指摘をすると、いっそう大きく目を瞠り喫驚を示す空蝉。……まあ、そりゃそうなるよね。でも、本作から判断するにまず間違いないだろうし。
ともあれ、おおよそ求めていた反応を引き出すことに成功。それから、続けて口を開き――
「……重ね重ねになりますが、些かなりともご心中は推察しているつもりです。ですが、空蝉さま。差し出がましくはありますが……きっとこのままでは、貴女のみならず旦那さまのためにもならないと思うのです。自身の愛する奥さまが、本当は別の男性に深く想いを寄せている――そのような状況で、果たして旦那さまは心からの幸せを享受し得るのでしょうか?」
「…………それは」
「……もちろん、お二人共に一時的には酷く辛い思いをなさるかもしれません。ですが……貴女と別れた後、いつか旦那さまは、ご自身を一番に愛してくれる女性と巡り逢えるかもしれません。そして、貴女は憚りなく想い人――光君と永久の愛を紡いでいく……これが、お互いにとって最高の行く末なのではないでしょうか?」
「……ですが、私は……」
「……もちろん、今すぐに答えを出せというわけではありません。ですが……是非、ご一考頂けると幸いです」
「…………」
襖越しにて、そう締め括るも返答はない。……まあ、無理もないけど。
ともあれ……うん、ここが引き際かな。これ以上、私に出来ることもないだろうし。後は、彼女の判断に委ねる他なく――
「…………あ」
「……? どうか、なさいました?」
卒爾、ポツリと声を洩らす私に怪訝な声音で尋ねる空蝉。……いや、何と言うか……うん、まあ心配ないとは思う。思うのだけども……まあ、念には念をということで――
「――ときに、空蝉さま。露ほどの心配もないとは存じますが……万が一にも、今件を外部に洩らすようなことがあれば――その時は、お分かりですよね?」
「脅しまでかけてくるの!?」
「いえいえ、宜しくてよ? この藤壺、大海原よりも深き寛仁な御心で以てお許し申し上げましょう」
「……えっと、寛大なお言葉、大変痛み入ります……あれ、なんかイメージと違う……」
そんな私の返答に、襖越しにも伝わる困惑した声音が耳に届く。……うん、ご尤も。誰だよ、この鼻持ちならない奴……うん、ほんとごめんね藤壺。
「……そ、それで……その、宮さまは、どうしてこのような……」
すると、尚も戸惑いの窺える声音が届く。……まあ、そりゃそうだよね。もはや、わけの分からない状況――それこそ、夢だと思っていても何ら不思議はない。ともあれ、返事をすべく再び口を開いて――
「――はい、今夜こうしてお伺いしたのは……貴女へ、一つお願いがあるからです――空蝉さま」
「……お願い、でしょうか……?」
「はい……空蝉さまにしか申し上げられない、大切なお願いです」
おずおずとした声音で問う彼女に、はっきりとした口調で告げる私。空蝉のような身分の人間に、藤壺のような高貴な人間がいったいどんな――そんな疑問……と言うか、もはや不審に近い感情がその声音からひしひしと伝わってくる。
……まあ、そうなるよね。これほどに立派な邸宅――寝殿造りと呼ばれる立派な邸宅に住んでいることを鑑みても、決して卑下するような身分だとは思えない。それでも、藤壺や源ちゃんに比べれば格下――こうして、恐縮してしまうのも致し方な……いや、我ながらすっごい嫌な言い方だけども。
ともあれ、一度深く呼吸を整える。そして――
「……この藤壺、たってのお願いです。どうか、光君の愛情を受け入れてはくださいませんか」
「…………え?」
そんな私の申し出に、呆然と声を洩らす空蝉。……まあ、襖越しなので実際の様子は分からないけど。
ともあれ、これが今夜ここを――空蝉の下を訪れた理由で。と言うのも――この頃、源ちゃんは随分と彼女にご執心だったはずだから。
そして、彼女が源ちゃんの想いを受け入れてさえくれれば……もしかすると、彼は件の女性――六条さんの下へ通わなくなるかもしれない。風の噂によると、六条さんはまださほど源ちゃんに心を開いていないとのこと。
もちろん、それが事実という前提にはなるけども……ならば、源ちゃんへの愛情が芽生える前に、彼が六条さんへの通いを絶ってしまえば万々歳――彼の正妻たる葵の上が、六条さんの生霊に取り憑かれその尊い命を落とすこともないはずで。
……とは言え、思惑通りすんなり事が進めば苦労はないわけで――
「……僭越ながら、宮さま。ご自分が、何を仰っているのか分かってます? ご存知ないかもしれませんが、これでも一応は夫のいる身なのですよ?」
そう、先ほどまでとは一転、些かの躊躇いは窺えつつも明瞭な口調で尋ねる空蝉。その声音からも、多少なりとも怒っているのが伝わって……まあ、当然といえば当然か。
……さて、どうしたものか。夫のいる身で、他の男性からの求愛に応じるわけにはいかない――要するにそういう返答だろうし、そう言われてしまえばこちらに反論の術などなく。……まあ、でもおおかた想定通り。なので――
「……はい、心中お察し致します。なので――是非、旦那さまとお別れ頂けたらと」
「旦那かわいそう過ぎない!?」
私の申し出に、驚愕に目を見開く空蝉。……うん、ご尤も。だけど、私とて全く考えなしにこんな血も涙もない発言をしてるわけでもなく――
「……仰ることはご尤もです、空蝉さま。ですが……このままで、本当に良いのですか?」
「……あの、それはどういう――」
「――ご自身でも、きっとお分かりなのでしょう? 本当は、貴女自身も光君に深く心惹かれていることを」
「……っ!?」
そんな指摘をすると、いっそう大きく目を瞠り喫驚を示す空蝉。……まあ、そりゃそうなるよね。でも、本作から判断するにまず間違いないだろうし。
ともあれ、おおよそ求めていた反応を引き出すことに成功。それから、続けて口を開き――
「……重ね重ねになりますが、些かなりともご心中は推察しているつもりです。ですが、空蝉さま。差し出がましくはありますが……きっとこのままでは、貴女のみならず旦那さまのためにもならないと思うのです。自身の愛する奥さまが、本当は別の男性に深く想いを寄せている――そのような状況で、果たして旦那さまは心からの幸せを享受し得るのでしょうか?」
「…………それは」
「……もちろん、お二人共に一時的には酷く辛い思いをなさるかもしれません。ですが……貴女と別れた後、いつか旦那さまは、ご自身を一番に愛してくれる女性と巡り逢えるかもしれません。そして、貴女は憚りなく想い人――光君と永久の愛を紡いでいく……これが、お互いにとって最高の行く末なのではないでしょうか?」
「……ですが、私は……」
「……もちろん、今すぐに答えを出せというわけではありません。ですが……是非、ご一考頂けると幸いです」
「…………」
襖越しにて、そう締め括るも返答はない。……まあ、無理もないけど。
ともあれ……うん、ここが引き際かな。これ以上、私に出来ることもないだろうし。後は、彼女の判断に委ねる他なく――
「…………あ」
「……? どうか、なさいました?」
卒爾、ポツリと声を洩らす私に怪訝な声音で尋ねる空蝉。……いや、何と言うか……うん、まあ心配ないとは思う。思うのだけども……まあ、念には念をということで――
「――ときに、空蝉さま。露ほどの心配もないとは存じますが……万が一にも、今件を外部に洩らすようなことがあれば――その時は、お分かりですよね?」
「脅しまでかけてくるの!?」
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
異世界に転移したらぼっちでした〜観察者ぼっちーの日常〜
キノア9g
ファンタジー
※本作はフィクションです。
「異世界に転移したら、ぼっちでした!?」
20歳の普通の会社員、ぼっちーが目を覚ましたら、そこは見知らぬ異世界の草原。手元には謎のスマホと簡単な日用品だけ。サバイバル知識ゼロでお金もないけど、せっかくの異世界生活、ブログで記録を残していくことに。
一風変わったブログ形式で、異世界の日常や驚き、見知らぬ土地での発見を綴る異世界サバイバル記録です!地道に生き抜くぼっちーの冒険を、どうぞご覧ください。
毎日19時更新予定。
最初から最強ぼっちの俺は英雄になります
総長ヒューガ
ファンタジー
いつも通りに一人ぼっちでゲームをしていた、そして疲れて寝ていたら、人々の驚きの声が聞こえた、目を開けてみるとそこにはゲームの世界だった、これから待ち受ける敵にも勝たないといけない、予想外の敵にも勝たないといけないぼっちはゲーム内の英雄になれるのか!
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
5人の勇者を「500人」と報告したら、魔王様が和平の準備を始めました
miko.m
ファンタジー
※最終話までプロット作成済み。
※毎日19時に更新予定(たまに12時にも更新します)。
「勇者が500人!? 無理無理、勝てるわけないだろ! 和平だ、今すぐ娘を嫁に出せ!!」
魔王軍第一軍団長・ゴルドーは困っていた。たった5人の勇者に惨敗したなど、出世欲の塊である魔王ゼノンに言えるわけがない。保身のために彼がついた嘘。それは「勇者が500人いた」という、あまりにも適当な虚偽報告だった。
しかし、小心者の魔王様はそれを真に受けてパニックに! 「500人の勇者と全面戦争なんてしたら魔王軍が破産する!」と、威厳をかなぐり捨ててまさかの「終戦準備」を開始してしまう。
一方、真実を知った魔王家の三姉妹は、父の弱腰を逆手に取ってとんでもない作戦を企てる。
「500人は嘘? ちょうどいいわ。お父様を売って、あのハイスペックな勇者様たちを婿にしましょう!」
嘘を塗り重ねる軍団長、絶望する魔王、そして勇者を「逆スカウト」して実家脱出を目論む肉食系姫君たち。人間界のブラックな王様に使い潰される勇者たちを、魔王軍が「厚遇」で囲い込む!? 嘘から始まる、勘違いだらけの経営再建ファンタジーコメディ、開幕!
高身長お姉さん達に囲まれてると思ったらここは貞操逆転世界でした。〜どうやら元の世界には帰れないので、今を謳歌しようと思います〜
水国 水
恋愛
ある日、阿宮 海(あみや かい)はバイト先から自転車で家へ帰っていた。
その時、快晴で雲一つ無い空が急変し、突如、周囲に濃い霧に包まれる。
危険を感じた阿宮は自転車を押して帰ることにした。そして徒歩で歩き、喉も乾いてきた時、運良く喫茶店の看板を発見する。
彼は霧が晴れるまでそこで休憩しようと思い、扉を開く。そこには女性の店員が一人居るだけだった。
初めは男装だと考えていた女性の店員、阿宮と会話していくうちに彼が男性だということに気がついた。そして同時に阿宮も世界の常識がおかしいことに気がつく。
そして話していくうちに貞操逆転世界へ転移してしまったことを知る。
警察へ連れて行かれ、戸籍がないことも発覚し、家もない状況。先が不安ではあるが、戻れないだろうと考え新たな世界で生きていくことを決意した。
これはひょんなことから貞操逆転世界に転移してしまった阿宮が高身長女子と関わり、関係を深めながら貞操逆転世界を謳歌する話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる