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「……はっ、大変失礼しました宮さま!」
「いえいえ、宜しくてよ? この藤壺、大海原よりも深き寛仁な御心で以てお許し申し上げましょう」
「……えっと、寛大なお言葉、大変痛み入ります……あれ、なんかイメージと違う……」
そんな私の返答に、襖越しにも伝わる困惑した声音が耳に届く。……うん、ご尤も。誰だよ、この鼻持ちならない奴……うん、ほんとごめんね藤壺。
「……そ、それで……その、宮さまは、どうしてこのような……」
すると、尚も戸惑いの窺える声音が届く。……まあ、そりゃそうだよね。もはや、わけの分からない状況――それこそ、夢だと思っていても何ら不思議はない。ともあれ、返事をすべく再び口を開いて――
「――はい、今夜こうしてお伺いしたのは……貴女へ、一つお願いがあるからです――空蝉さま」
「……お願い、でしょうか……?」
「はい……空蝉さまにしか申し上げられない、大切なお願いです」
おずおずとした声音で問う彼女に、はっきりとした口調で告げる私。空蝉のような身分の人間に、藤壺のような高貴な人間がいったいどんな――そんな疑問……と言うか、もはや不審に近い感情がその声音からひしひしと伝わってくる。
……まあ、そうなるよね。これほどに立派な邸宅――寝殿造りと呼ばれる立派な邸宅に住んでいることを鑑みても、決して卑下するような身分だとは思えない。それでも、藤壺や源ちゃんに比べれば格下――こうして、恐縮してしまうのも致し方な……いや、我ながらすっごい嫌な言い方だけども。
ともあれ、一度深く呼吸を整える。そして――
「……この藤壺、たってのお願いです。どうか、光君の愛情を受け入れてはくださいませんか」
「…………え?」
そんな私の申し出に、呆然と声を洩らす空蝉。……まあ、襖越しなので実際の様子は分からないけど。
ともあれ、これが今夜ここを――空蝉の下を訪れた理由で。と言うのも――この頃、源ちゃんは随分と彼女にご執心だったはずだから。
そして、彼女が源ちゃんの想いを受け入れてさえくれれば……もしかすると、彼は件の女性――六条さんの下へ通わなくなるかもしれない。風の噂によると、六条さんはまださほど源ちゃんに心を開いていないとのこと。
もちろん、それが事実という前提にはなるけども……ならば、源ちゃんへの愛情が芽生える前に、彼が六条さんへの通いを絶ってしまえば万々歳――彼の正妻たる葵の上が、六条さんの生霊に取り憑かれその尊い命を落とすこともないはずで。
……とは言え、思惑通りすんなり事が進めば苦労はないわけで――
「……僭越ながら、宮さま。ご自分が、何を仰っているのか分かってます? ご存知ないかもしれませんが、これでも一応は夫のいる身なのですよ?」
そう、先ほどまでとは一転、些かの躊躇いは窺えつつも明瞭な口調で尋ねる空蝉。その声音からも、多少なりとも怒っているのが伝わって……まあ、当然といえば当然か。
……さて、どうしたものか。夫のいる身で、他の男性からの求愛に応じるわけにはいかない――要するにそういう返答だろうし、そう言われてしまえばこちらに反論の術などなく。……まあ、でもおおかた想定通り。なので――
「……はい、心中お察し致します。なので――是非、旦那さまとお別れ頂けたらと」
「旦那かわいそう過ぎない!?」
私の申し出に、驚愕に目を見開く空蝉。……うん、ご尤も。だけど、私とて全く考えなしにこんな血も涙もない発言をしてるわけでもなく――
「……仰ることはご尤もです、空蝉さま。ですが……このままで、本当に良いのですか?」
「……あの、それはどういう――」
「――ご自身でも、きっとお分かりなのでしょう? 本当は、貴女自身も光君に深く心惹かれていることを」
「……っ!?」
そんな指摘をすると、いっそう大きく目を瞠り喫驚を示す空蝉。……まあ、そりゃそうなるよね。でも、本作から判断するにまず間違いないだろうし。
ともあれ、おおよそ求めていた反応を引き出すことに成功。それから、続けて口を開き――
「……重ね重ねになりますが、些かなりともご心中は推察しているつもりです。ですが、空蝉さま。差し出がましくはありますが……きっとこのままでは、貴女のみならず旦那さまのためにもならないと思うのです。自身の愛する奥さまが、本当は別の男性に深く想いを寄せている――そのような状況で、果たして旦那さまは心からの幸せを享受し得るのでしょうか?」
「…………それは」
「……もちろん、お二人共に一時的には酷く辛い思いをなさるかもしれません。ですが……貴女と別れた後、いつか旦那さまは、ご自身を一番に愛してくれる女性と巡り逢えるかもしれません。そして、貴女は憚りなく想い人――光君と永久の愛を紡いでいく……これが、お互いにとって最高の行く末なのではないでしょうか?」
「……ですが、私は……」
「……もちろん、今すぐに答えを出せというわけではありません。ですが……是非、ご一考頂けると幸いです」
「…………」
襖越しにて、そう締め括るも返答はない。……まあ、無理もないけど。
ともあれ……うん、ここが引き際かな。これ以上、私に出来ることもないだろうし。後は、彼女の判断に委ねる他なく――
「…………あ」
「……? どうか、なさいました?」
卒爾、ポツリと声を洩らす私に怪訝な声音で尋ねる空蝉。……いや、何と言うか……うん、まあ心配ないとは思う。思うのだけども……まあ、念には念をということで――
「――ときに、空蝉さま。露ほどの心配もないとは存じますが……万が一にも、今件を外部に洩らすようなことがあれば――その時は、お分かりですよね?」
「脅しまでかけてくるの!?」
「いえいえ、宜しくてよ? この藤壺、大海原よりも深き寛仁な御心で以てお許し申し上げましょう」
「……えっと、寛大なお言葉、大変痛み入ります……あれ、なんかイメージと違う……」
そんな私の返答に、襖越しにも伝わる困惑した声音が耳に届く。……うん、ご尤も。誰だよ、この鼻持ちならない奴……うん、ほんとごめんね藤壺。
「……そ、それで……その、宮さまは、どうしてこのような……」
すると、尚も戸惑いの窺える声音が届く。……まあ、そりゃそうだよね。もはや、わけの分からない状況――それこそ、夢だと思っていても何ら不思議はない。ともあれ、返事をすべく再び口を開いて――
「――はい、今夜こうしてお伺いしたのは……貴女へ、一つお願いがあるからです――空蝉さま」
「……お願い、でしょうか……?」
「はい……空蝉さまにしか申し上げられない、大切なお願いです」
おずおずとした声音で問う彼女に、はっきりとした口調で告げる私。空蝉のような身分の人間に、藤壺のような高貴な人間がいったいどんな――そんな疑問……と言うか、もはや不審に近い感情がその声音からひしひしと伝わってくる。
……まあ、そうなるよね。これほどに立派な邸宅――寝殿造りと呼ばれる立派な邸宅に住んでいることを鑑みても、決して卑下するような身分だとは思えない。それでも、藤壺や源ちゃんに比べれば格下――こうして、恐縮してしまうのも致し方な……いや、我ながらすっごい嫌な言い方だけども。
ともあれ、一度深く呼吸を整える。そして――
「……この藤壺、たってのお願いです。どうか、光君の愛情を受け入れてはくださいませんか」
「…………え?」
そんな私の申し出に、呆然と声を洩らす空蝉。……まあ、襖越しなので実際の様子は分からないけど。
ともあれ、これが今夜ここを――空蝉の下を訪れた理由で。と言うのも――この頃、源ちゃんは随分と彼女にご執心だったはずだから。
そして、彼女が源ちゃんの想いを受け入れてさえくれれば……もしかすると、彼は件の女性――六条さんの下へ通わなくなるかもしれない。風の噂によると、六条さんはまださほど源ちゃんに心を開いていないとのこと。
もちろん、それが事実という前提にはなるけども……ならば、源ちゃんへの愛情が芽生える前に、彼が六条さんへの通いを絶ってしまえば万々歳――彼の正妻たる葵の上が、六条さんの生霊に取り憑かれその尊い命を落とすこともないはずで。
……とは言え、思惑通りすんなり事が進めば苦労はないわけで――
「……僭越ながら、宮さま。ご自分が、何を仰っているのか分かってます? ご存知ないかもしれませんが、これでも一応は夫のいる身なのですよ?」
そう、先ほどまでとは一転、些かの躊躇いは窺えつつも明瞭な口調で尋ねる空蝉。その声音からも、多少なりとも怒っているのが伝わって……まあ、当然といえば当然か。
……さて、どうしたものか。夫のいる身で、他の男性からの求愛に応じるわけにはいかない――要するにそういう返答だろうし、そう言われてしまえばこちらに反論の術などなく。……まあ、でもおおかた想定通り。なので――
「……はい、心中お察し致します。なので――是非、旦那さまとお別れ頂けたらと」
「旦那かわいそう過ぎない!?」
私の申し出に、驚愕に目を見開く空蝉。……うん、ご尤も。だけど、私とて全く考えなしにこんな血も涙もない発言をしてるわけでもなく――
「……仰ることはご尤もです、空蝉さま。ですが……このままで、本当に良いのですか?」
「……あの、それはどういう――」
「――ご自身でも、きっとお分かりなのでしょう? 本当は、貴女自身も光君に深く心惹かれていることを」
「……っ!?」
そんな指摘をすると、いっそう大きく目を瞠り喫驚を示す空蝉。……まあ、そりゃそうなるよね。でも、本作から判断するにまず間違いないだろうし。
ともあれ、おおよそ求めていた反応を引き出すことに成功。それから、続けて口を開き――
「……重ね重ねになりますが、些かなりともご心中は推察しているつもりです。ですが、空蝉さま。差し出がましくはありますが……きっとこのままでは、貴女のみならず旦那さまのためにもならないと思うのです。自身の愛する奥さまが、本当は別の男性に深く想いを寄せている――そのような状況で、果たして旦那さまは心からの幸せを享受し得るのでしょうか?」
「…………それは」
「……もちろん、お二人共に一時的には酷く辛い思いをなさるかもしれません。ですが……貴女と別れた後、いつか旦那さまは、ご自身を一番に愛してくれる女性と巡り逢えるかもしれません。そして、貴女は憚りなく想い人――光君と永久の愛を紡いでいく……これが、お互いにとって最高の行く末なのではないでしょうか?」
「……ですが、私は……」
「……もちろん、今すぐに答えを出せというわけではありません。ですが……是非、ご一考頂けると幸いです」
「…………」
襖越しにて、そう締め括るも返答はない。……まあ、無理もないけど。
ともあれ……うん、ここが引き際かな。これ以上、私に出来ることもないだろうし。後は、彼女の判断に委ねる他なく――
「…………あ」
「……? どうか、なさいました?」
卒爾、ポツリと声を洩らす私に怪訝な声音で尋ねる空蝉。……いや、何と言うか……うん、まあ心配ないとは思う。思うのだけども……まあ、念には念をということで――
「――ときに、空蝉さま。露ほどの心配もないとは存じますが……万が一にも、今件を外部に洩らすようなことがあれば――その時は、お分かりですよね?」
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