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中将さまと僕
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「――今日もすまなかったね、惟近。こんなに遅くまで待たせてしまって」
「いえ、中将さま。それが僕の役目ですし――それに、これは僕自身の意思でもあるのです。恩人である中将さまの少しでもお役に立てればという、僕の意思でもあるのです」
「惟近……うん、ありがとう。君のような殊勝な従者に恵まれて、私は本当に幸せ者だよ」
「あっ、いえそんな!」
ある日の、東雲の頃。
朱と青が織りなす幻想的な空の下、雅な邸宅の近くにて穏やかな微笑で仰る典麗な男性。彼は中将さま――九年前からお仕えする僕のご主人さまであり、そして言葉では言い尽くせないほどの恩がある大切な御方で。……あっ、ちなみに従者とは文字通り、高貴な男性にお仕えする人のことを指します。
ちなみに、何を待っていたのかというと――中将さまと、こちらの邸宅のご息女たる五条の姫さまとの逢瀬が終わるのをお待ちしていて。
さて、どういうことかと言うと――平安時代の高貴な階級での恋愛は、空が暗くなった頃に男性が女性の下を訪れ共に一夜を明かし、東雲のようにまだ明るくならない内に去るという暗黙の了解があって。と言うのも――白昼堂々お宅を訪れてしまうと、必然人の目にするところとなり忽ち噂になってしまう。なので、そうならないようにという配慮の意味合いがあって。尤も、このお優しい中将さまであれば、そのような風習がなくとも自然と配慮なさっていただろうけども。
「……それでは、そろそろ帰ろうか、惟近。あまり外にいて、君が風邪を引いてはいけないからね」
「いえ、そんな僕のご心配など! 僕などより、ご体調を崩してはならないのは中将さまの方でし――」
「――僕など、などと悲しいことはどうか言わないでくれ、惟近。君は、僕にとってとても大切な存在なのだから。いつも言っているだろう?」
「…………はい、申し訳あり……いえ、ありがとうございます、中将さま」
その後、少しばかり会話を交わした後その場を後にする僕ら。それにしても……ご自身よりも僕の心配をしてくれるなんて、改めて本当にお優し――
「――あの、中将さま! ……その、こちら、お忘れ物ではないかと……」
そんな感慨の最中、不意に届いた慌てた声。その方向に視線を移すと、少し息を切らした様子の少女。彼女は光里さん――鮮やかな黒髪を一つに纏めた、姫さまの女房たる可憐な少女で。あっ、女房というのは高貴な人にお仕えする女性のことです。
ともあれ、そんな彼女の手には雅な花鳥の絵があしらわれた萌黄色の扇子――いつも大切になさっている、中将さまの扇子だ。……ただ、それにしても――
「……ああ、うっかりしていたね。わざわざ届けてくれてありがとう、光里さん。悪いけど受け取りにいってくれないかな、惟近」
「はい、もちろんです中将さま」
ともあれ、感謝の言葉と共に頭を下げ扇子を受け取る僕。その後、ほどなく頭を上げると穏やかに微笑み言葉を返してくれる光里さん。……ただ、それにしても……中将さまでも、このようにお忘れ物をなさることがあるんだ。僕などがこう申しては大変失礼だとは承知だけども……ふふっ、なんだか可愛らしいな。
「いえ、中将さま。それが僕の役目ですし――それに、これは僕自身の意思でもあるのです。恩人である中将さまの少しでもお役に立てればという、僕の意思でもあるのです」
「惟近……うん、ありがとう。君のような殊勝な従者に恵まれて、私は本当に幸せ者だよ」
「あっ、いえそんな!」
ある日の、東雲の頃。
朱と青が織りなす幻想的な空の下、雅な邸宅の近くにて穏やかな微笑で仰る典麗な男性。彼は中将さま――九年前からお仕えする僕のご主人さまであり、そして言葉では言い尽くせないほどの恩がある大切な御方で。……あっ、ちなみに従者とは文字通り、高貴な男性にお仕えする人のことを指します。
ちなみに、何を待っていたのかというと――中将さまと、こちらの邸宅のご息女たる五条の姫さまとの逢瀬が終わるのをお待ちしていて。
さて、どういうことかと言うと――平安時代の高貴な階級での恋愛は、空が暗くなった頃に男性が女性の下を訪れ共に一夜を明かし、東雲のようにまだ明るくならない内に去るという暗黙の了解があって。と言うのも――白昼堂々お宅を訪れてしまうと、必然人の目にするところとなり忽ち噂になってしまう。なので、そうならないようにという配慮の意味合いがあって。尤も、このお優しい中将さまであれば、そのような風習がなくとも自然と配慮なさっていただろうけども。
「……それでは、そろそろ帰ろうか、惟近。あまり外にいて、君が風邪を引いてはいけないからね」
「いえ、そんな僕のご心配など! 僕などより、ご体調を崩してはならないのは中将さまの方でし――」
「――僕など、などと悲しいことはどうか言わないでくれ、惟近。君は、僕にとってとても大切な存在なのだから。いつも言っているだろう?」
「…………はい、申し訳あり……いえ、ありがとうございます、中将さま」
その後、少しばかり会話を交わした後その場を後にする僕ら。それにしても……ご自身よりも僕の心配をしてくれるなんて、改めて本当にお優し――
「――あの、中将さま! ……その、こちら、お忘れ物ではないかと……」
そんな感慨の最中、不意に届いた慌てた声。その方向に視線を移すと、少し息を切らした様子の少女。彼女は光里さん――鮮やかな黒髪を一つに纏めた、姫さまの女房たる可憐な少女で。あっ、女房というのは高貴な人にお仕えする女性のことです。
ともあれ、そんな彼女の手には雅な花鳥の絵があしらわれた萌黄色の扇子――いつも大切になさっている、中将さまの扇子だ。……ただ、それにしても――
「……ああ、うっかりしていたね。わざわざ届けてくれてありがとう、光里さん。悪いけど受け取りにいってくれないかな、惟近」
「はい、もちろんです中将さま」
ともあれ、感謝の言葉と共に頭を下げ扇子を受け取る僕。その後、ほどなく頭を上げると穏やかに微笑み言葉を返してくれる光里さん。……ただ、それにしても……中将さまでも、このようにお忘れ物をなさることがあるんだ。僕などがこう申しては大変失礼だとは承知だけども……ふふっ、なんだか可愛らしいな。
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