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出会い
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――あれは、九年ほど前のこと。
『――どうかしたのか、坊や?』
『…………へっ?』
茜色の空がやけに悲しい、ある夕暮れのこと。
閑散とした畷に一人腰掛けていた僕に、そっと柔らかな声が降りてくる。ハッと驚き顔を上げると、そこには声に違わぬ柔らかな微笑を浮かべる典麗な男性の姿。
……えっと、どちらさま? ……知り合い、のはずはない。理由は色々とあるけれど……まずは彼の纏うその衣装。それは、貧乏人の僕にもそういう類と分かるほど繊細優美な衣装で。そして後ろに見えるは、恐らくは彼が乗っていたであろう立派な馬車――つまりは、彼は貴族ということ。繰り返しになるけど、庶民の中でもひときわ貧乏な僕の知り合いであるはずなんてなくて。
……ただ、それはともあれ。
「……別に、何でもないです。言ったところで、貴方のような人には分かりませんし」
そう、そっぽを向いて答える。……うん、分かっている。彼は、何も悪くない。だけど……それでも、素直に答える気にはなれなくて。彼のように、恵まれた境遇で育ってきたやんごとなき人に、僕のような貧乏人の気持ちなんて――
「……そうか。気を悪くしたなら本当に申し訳ない」
「……へっ?」
すると、どうしてか謝意を述べる男性。それも、驚くほどに丁寧に、深々と頭を下げて。……なんで? 貴方のような偉い人が、僕みたいな……それも、あんな失礼な態度を取った僕みたいな貧乏人に、どうして――
「……確かに、分からないことも多々あるだろう。むしろ、容易く分かるなどと口にすべきではないと思う。だけど……それでも、言うだけ言ってみても良いんじゃないか? 例え私が何一つ分からずとも、別に困ることもないだろう? それならば、ここで一つ不満をぶつけてみてはどうだろう」
「…………」
すると、困惑の最中ふっと微笑みそう口にする典麗な男性。まるで陽だまりのような、麗らかで暖かさに満ちた微笑で。……ほんと、なんなのだろう、この人は。
……だけど、その言葉は確かに事実。別に理解してもらえずとも、それは当然のことであり何も困ることはない。ならば――
「……その、楽しいお話は何もないので、どうか期待はしないでくださいね?」
そう、控え目に告げる。すると、彼は暖かな微笑のままそっと頷いた。
『――どうかしたのか、坊や?』
『…………へっ?』
茜色の空がやけに悲しい、ある夕暮れのこと。
閑散とした畷に一人腰掛けていた僕に、そっと柔らかな声が降りてくる。ハッと驚き顔を上げると、そこには声に違わぬ柔らかな微笑を浮かべる典麗な男性の姿。
……えっと、どちらさま? ……知り合い、のはずはない。理由は色々とあるけれど……まずは彼の纏うその衣装。それは、貧乏人の僕にもそういう類と分かるほど繊細優美な衣装で。そして後ろに見えるは、恐らくは彼が乗っていたであろう立派な馬車――つまりは、彼は貴族ということ。繰り返しになるけど、庶民の中でもひときわ貧乏な僕の知り合いであるはずなんてなくて。
……ただ、それはともあれ。
「……別に、何でもないです。言ったところで、貴方のような人には分かりませんし」
そう、そっぽを向いて答える。……うん、分かっている。彼は、何も悪くない。だけど……それでも、素直に答える気にはなれなくて。彼のように、恵まれた境遇で育ってきたやんごとなき人に、僕のような貧乏人の気持ちなんて――
「……そうか。気を悪くしたなら本当に申し訳ない」
「……へっ?」
すると、どうしてか謝意を述べる男性。それも、驚くほどに丁寧に、深々と頭を下げて。……なんで? 貴方のような偉い人が、僕みたいな……それも、あんな失礼な態度を取った僕みたいな貧乏人に、どうして――
「……確かに、分からないことも多々あるだろう。むしろ、容易く分かるなどと口にすべきではないと思う。だけど……それでも、言うだけ言ってみても良いんじゃないか? 例え私が何一つ分からずとも、別に困ることもないだろう? それならば、ここで一つ不満をぶつけてみてはどうだろう」
「…………」
すると、困惑の最中ふっと微笑みそう口にする典麗な男性。まるで陽だまりのような、麗らかで暖かさに満ちた微笑で。……ほんと、なんなのだろう、この人は。
……だけど、その言葉は確かに事実。別に理解してもらえずとも、それは当然のことであり何も困ることはない。ならば――
「……その、楽しいお話は何もないので、どうか期待はしないでくださいね?」
そう、控え目に告げる。すると、彼は暖かな微笑のままそっと頷いた。
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