祈り

暦海

文字の大きさ
2 / 9

出会い

しおりを挟む
 ――あれは、九年ほど前のこと。


『――どうかしたのか、坊や?』

『…………へっ?』

 茜色の空がやけに悲しい、ある夕暮れのこと。
 閑散とした畷に一人腰掛けていた僕に、そっと柔らかな声が降りてくる。ハッと驚き顔を上げると、そこには声に違わぬ柔らかな微笑を浮かべる典麗な男性の姿。

 ……えっと、どちらさま? ……知り合い、のはずはない。理由は色々とあるけれど……まずは彼の纏うその衣装。それは、貧乏人の僕にもそういう類と分かるほど繊細優美な衣装もので。そして後ろに見えるは、恐らくは彼が乗っていたであろう立派な馬車――つまりは、彼は貴族ということ。繰り返しになるけど、庶民の中でもひときわ貧乏な僕の知り合いであるはずなんてなくて。


 ……ただ、それはともあれ。


「……別に、何でもないです。言ったところで、貴方のような人には分かりませんし」

 そう、そっぽを向いて答える。……うん、分かっている。彼は、何も悪くない。だけど……それでも、素直に答える気にはなれなくて。彼のように、恵まれた境遇で育ってきたやんごとなき人に、僕のような貧乏人の気持ちなんて――


「……そうか。気を悪くしたなら本当に申し訳ない」
「……へっ?」

 すると、どうしてか謝意を述べる男性。それも、驚くほどに丁寧に、深々と頭を下げて。……なんで? 貴方のような偉い人が、僕みたいな……それも、あんな失礼な態度を取った僕みたいな貧乏人に、どうして――

「……確かに、分からないことも多々あるだろう。むしろ、容易く分かるなどと口にすべきではないと思う。だけど……それでも、言うだけ言ってみても良いんじゃないか? 例え私が何一つ分からずとも、別に困ることもないだろう? それならば、ここで一つ不満をぶつけてみてはどうだろう」
「…………」

 すると、困惑の最中なかふっと微笑みそう口にする典麗な男性。まるで陽だまりのような、麗らかで暖かさに満ちた微笑えみで。……ほんと、なんなのだろう、この人は。
 ……だけど、その言葉は確かに事実。別に理解してもらえずとも、それは当然のことであり何も困ることはない。ならば――

「……その、楽しいお話は何もないので、どうか期待はしないでくださいね?」

 そう、控え目に告げる。すると、彼は暖かな微笑のままそっと頷いた。





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

寂しいを分け与えた

こじらせた処女
BL
 いつものように家に帰ったら、母さんが居なかった。最初は何か厄介ごとに巻き込まれたのかと思ったが、部屋が荒れた形跡もないからそうではないらしい。米も、味噌も、指輪も着物も全部が綺麗になくなっていて、代わりに手紙が置いてあった。  昔の恋人が帰ってきた、だからその人の故郷に行く、と。いくらガキの俺でも分かる。俺は捨てられたってことだ。

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

職業寵妃の薬膳茶

なか
BL
大国のむちゃぶりは小国には断れない。 俺は帝国に求められ、人質として輿入れすることになる。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

【完結】この契約に愛なんてないはずだった

なの
BL
劣勢オメガの翔太は、入院中の母を支えるため、昼夜問わず働き詰めの生活を送っていた。 そんなある日、母親の入院費用が払えず、困っていた翔太を救ったのは、冷静沈着で感情を見せない、大企業副社長・鷹城怜司……優勢アルファだった。 数日後、怜司は翔太に「1年間、仮の番になってほしい」と持ちかける。 身体の関係はなし、報酬あり。感情も、未来もいらない。ただの契約。 生活のために翔太はその条件を受け入れるが、理性的で無表情なはずの怜司が、ふとした瞬間に見せる優しさに、次第に心が揺らいでいく。 これはただの契約のはずだった。 愛なんて、最初からあるわけがなかった。 けれど……二人の距離が近づくたびに、仮であるはずの関係は、静かに熱を帯びていく。 ツンデレなオメガと、理性を装うアルファ。 これは、仮のはずだった番契約から始まる、運命以上の恋の物語。

病弱の花

雨水林檎
BL
痩せた身体の病弱な青年遠野空音は資産家の男、藤篠清月に望まれて単身東京に向かうことになる。清月は彼をぜひ跡継ぎにしたいのだと言う。明らかに怪しい話に乗ったのは空音が引き取られた遠縁の家に住んでいたからだった。できそこないとも言えるほど、寝込んでばかりいる空音を彼らは厄介払いしたのだ。そして空音は清月の家で同居生活を始めることになる。そんな空音の願いは一つ、誰よりも痩せていることだった。誰もが眉をひそめるようなそんな願いを、清月は何故か肯定する……。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか

BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。 ……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、 気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。 「僕は、あなたを守ると決めたのです」 いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。 けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――? 身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。 “王子”である俺は、彼に恋をした。 だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。 これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、 彼だけを見つめ続けた騎士の、 世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。

処理中です...