7 / 9
追憶
しおりを挟む
「……ふふっ、本当に仲の睦まじいお二人ですね。なんだか、こちらまで微笑ましくなってしまいます」
「……そうですね、姫さま。とても心が暖かくなる光景で、ずっと見ていたくなります」
清澄な青空が広がる、ある麗らかな小昼の頃。
柔らかな風が心地の好い縁側にて、穏やかな微笑でそう口にする典麗な女性。この度、三日の逢瀬を経て夫婦となった五条の姫さまで。
そして、私達の視界には、庭園に咲く椿の前にて無邪気に微笑み合う二人の男女。一人は光里さん――姫さまに仕える可憐な少女。そして、一人は惟近――あの日からずっと、真摯に僕に仕えてくれている端麗な青年で。
「……ところで、中将さま。私から申し出でおきながらこのような質問を掛けるのは、全く以て筋が通らないと自覚はしておりますが……本当に、良かったのでしょうか?」
すると、控えめな口調でそう問い掛ける姫さま。何とも漠然とした質問ではあるけれど、理解できないはずもない。そんな彼女に、徐に口を開き言葉を紡ぐ。
「……もちろんです、姫さま。私も、貴女と同じ――愛する人の幸せ以上に優先するものなど、この世界の何処にもありはしないのですから」
『――どうかしたのか? 坊や』
あれは、もう九年も前のこと。
ゆらゆらと揺られる馬車の中で、自然豊かな田園風景を心穏やかに眺めていると、不意に映ったのは畷に腰掛ける一人の少年。一瞬だけだったが、その後ろ姿にどうしてかぐっと胸が痛み、どうにも放っておけず馬車を降りこのような声を掛けた。
当初、彼の応対は些か素気ないものだった。嫌われている、とまでは感じなかったが……少なくとも、良い印象を持たれていなかったのは明白だった。
そして、それは無理からぬこと。ところどころに解れのあるその服装から判じても、彼は決して裕福とは言えない身――僕のような恵まれた境遇の人間に対し、好感など抱けないのは至極自然なことで。
それでも、放っておく気にはなれなかった。これ以上は無粋だと自覚はしていたものの……それでも、話を聞きたかった。その小さな身体に独り抱えているであろう何かを、どうか少しでも分けてほしいと願った。
すると、最初は目も合わせてくれなかった彼が控えめながら話し始めてくれた。そして、彼の口から語られる想像を絶するその苦痛に、私までも酷く胸が痛んだ。尤も、明確に境遇の異なる私が彼の気持ちを容易く理解した気になどなってはいけないのだろうけれど……それでも、私の胸中にそれまでにない苦痛を憶えたのもまた事実で。なので――
『…………へっ?』
そう、茫然とする少年。気が付けば、ぎゅっと彼の身体を抱き締めている自分がいて。
――それ以降、少年との日々が始まった。もし良ければ、私の邸宅に来ないか――そんな私の申し出を、彼が承諾してくれたためで。
そして、ほどなく分かったことだけれど――彼は、頗る有能だった。従者としての業務はもちろん、音楽や和歌と言った教養まで瞬く間に身に付けていった。それこそ、幼少からこの世界で教養を付けてきた貴族達をも凌ぐくらいに。彼がもし、最初から貴族として生を享けていたら――何の意味もない過程とは知りつつも、そう思わずにはいられなかった。
そして、何より……彼は、優しかった。政務にて心身ともに疲労の溜まった私を、いつも心から気遣ってくれた。彼自身、数多の業務にて甚く疲労も蓄積しているはずなのに……それでも、そんな様子はつゆ見せずいつも柔らかな笑顔を見せてくれていた。そんな彼に幾度救われたかなど、数え上げたらキリなどなくて。
「……そうですね、姫さま。とても心が暖かくなる光景で、ずっと見ていたくなります」
清澄な青空が広がる、ある麗らかな小昼の頃。
柔らかな風が心地の好い縁側にて、穏やかな微笑でそう口にする典麗な女性。この度、三日の逢瀬を経て夫婦となった五条の姫さまで。
そして、私達の視界には、庭園に咲く椿の前にて無邪気に微笑み合う二人の男女。一人は光里さん――姫さまに仕える可憐な少女。そして、一人は惟近――あの日からずっと、真摯に僕に仕えてくれている端麗な青年で。
「……ところで、中将さま。私から申し出でおきながらこのような質問を掛けるのは、全く以て筋が通らないと自覚はしておりますが……本当に、良かったのでしょうか?」
すると、控えめな口調でそう問い掛ける姫さま。何とも漠然とした質問ではあるけれど、理解できないはずもない。そんな彼女に、徐に口を開き言葉を紡ぐ。
「……もちろんです、姫さま。私も、貴女と同じ――愛する人の幸せ以上に優先するものなど、この世界の何処にもありはしないのですから」
『――どうかしたのか? 坊や』
あれは、もう九年も前のこと。
ゆらゆらと揺られる馬車の中で、自然豊かな田園風景を心穏やかに眺めていると、不意に映ったのは畷に腰掛ける一人の少年。一瞬だけだったが、その後ろ姿にどうしてかぐっと胸が痛み、どうにも放っておけず馬車を降りこのような声を掛けた。
当初、彼の応対は些か素気ないものだった。嫌われている、とまでは感じなかったが……少なくとも、良い印象を持たれていなかったのは明白だった。
そして、それは無理からぬこと。ところどころに解れのあるその服装から判じても、彼は決して裕福とは言えない身――僕のような恵まれた境遇の人間に対し、好感など抱けないのは至極自然なことで。
それでも、放っておく気にはなれなかった。これ以上は無粋だと自覚はしていたものの……それでも、話を聞きたかった。その小さな身体に独り抱えているであろう何かを、どうか少しでも分けてほしいと願った。
すると、最初は目も合わせてくれなかった彼が控えめながら話し始めてくれた。そして、彼の口から語られる想像を絶するその苦痛に、私までも酷く胸が痛んだ。尤も、明確に境遇の異なる私が彼の気持ちを容易く理解した気になどなってはいけないのだろうけれど……それでも、私の胸中にそれまでにない苦痛を憶えたのもまた事実で。なので――
『…………へっ?』
そう、茫然とする少年。気が付けば、ぎゅっと彼の身体を抱き締めている自分がいて。
――それ以降、少年との日々が始まった。もし良ければ、私の邸宅に来ないか――そんな私の申し出を、彼が承諾してくれたためで。
そして、ほどなく分かったことだけれど――彼は、頗る有能だった。従者としての業務はもちろん、音楽や和歌と言った教養まで瞬く間に身に付けていった。それこそ、幼少からこの世界で教養を付けてきた貴族達をも凌ぐくらいに。彼がもし、最初から貴族として生を享けていたら――何の意味もない過程とは知りつつも、そう思わずにはいられなかった。
そして、何より……彼は、優しかった。政務にて心身ともに疲労の溜まった私を、いつも心から気遣ってくれた。彼自身、数多の業務にて甚く疲労も蓄積しているはずなのに……それでも、そんな様子はつゆ見せずいつも柔らかな笑顔を見せてくれていた。そんな彼に幾度救われたかなど、数え上げたらキリなどなくて。
0
あなたにおすすめの小説
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
【完結】この契約に愛なんてないはずだった
なの
BL
劣勢オメガの翔太は、入院中の母を支えるため、昼夜問わず働き詰めの生活を送っていた。
そんなある日、母親の入院費用が払えず、困っていた翔太を救ったのは、冷静沈着で感情を見せない、大企業副社長・鷹城怜司……優勢アルファだった。
数日後、怜司は翔太に「1年間、仮の番になってほしい」と持ちかける。
身体の関係はなし、報酬あり。感情も、未来もいらない。ただの契約。
生活のために翔太はその条件を受け入れるが、理性的で無表情なはずの怜司が、ふとした瞬間に見せる優しさに、次第に心が揺らいでいく。
これはただの契約のはずだった。
愛なんて、最初からあるわけがなかった。
けれど……二人の距離が近づくたびに、仮であるはずの関係は、静かに熱を帯びていく。
ツンデレなオメガと、理性を装うアルファ。
これは、仮のはずだった番契約から始まる、運命以上の恋の物語。
病弱の花
雨水林檎
BL
痩せた身体の病弱な青年遠野空音は資産家の男、藤篠清月に望まれて単身東京に向かうことになる。清月は彼をぜひ跡継ぎにしたいのだと言う。明らかに怪しい話に乗ったのは空音が引き取られた遠縁の家に住んでいたからだった。できそこないとも言えるほど、寝込んでばかりいる空音を彼らは厄介払いしたのだ。そして空音は清月の家で同居生活を始めることになる。そんな空音の願いは一つ、誰よりも痩せていることだった。誰もが眉をひそめるようなそんな願いを、清月は何故か肯定する……。
何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか
風
BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。
……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、
気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。
「僕は、あなたを守ると決めたのです」
いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。
けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――?
身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。
“王子”である俺は、彼に恋をした。
だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。
これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、
彼だけを見つめ続けた騎士の、
世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。
林檎を並べても、
ロウバイ
BL
―――彼は思い出さない。
二人で過ごした日々を忘れてしまった攻めと、そんな彼の行く先を見守る受けです。
ソウが目を覚ますと、そこは消毒の香りが充満した病室だった。自分の記憶を辿ろうとして、はたり。その手がかりとなる記憶がまったくないことに気付く。そんな時、林檎を片手にカーテンを引いてとある人物が入ってきた。
彼―――トキと名乗るその黒髪の男は、ソウが事故で記憶喪失になったことと、自身がソウの親友であると告げるが…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる