祈り

暦海

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追憶

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「……ふふっ、本当に仲の睦まじいお二人ですね。なんだか、こちらまで微笑ましくなってしまいます」
「……そうですね、姫さま。とても心が暖かくなる光景で、ずっと見ていたくなります」


 清澄な青空そらが広がる、ある麗らかな小昼の頃。
 柔らかな風が心地の好い縁側にて、穏やかな微笑でそう口にする典麗な女性。この度、三日の逢瀬を経て夫婦となった五条ごじょうの姫さまで。

 そして、私達の視界には、庭園に咲く椿の前にて無邪気に微笑み合う二人の男女。一人は光里ひかりさん――姫さまに仕える可憐な少女。そして、一人は惟近これちか――あの日からずっと、真摯に僕に仕えてくれている端麗な青年で。


「……ところで、中将さま。私から申し出でおきながらこのような質問といを掛けるのは、全く以て筋が通らないと自覚はしておりますが……本当に、良かったのでしょうか?」

 すると、控えめな口調でそう問い掛ける姫さま。何とも漠然とした質問ではあるけれど、理解できないはずもない。そんな彼女に、徐に口を開き言葉を紡ぐ。


「……もちろんです、姫さま。私も、貴女と同じ――愛する人の幸せ以上に優先するものなど、この世界の何処にもありはしないのですから」




『――どうかしたのか? 坊や』


 あれは、もう九年も前のこと。
 ゆらゆらと揺られる馬車の中で、自然豊かな田園風景を心穏やかに眺めていると、不意に映ったのは畷に腰掛ける一人の少年。一瞬だけだったが、その後ろ姿にどうしてかぐっと胸が痛み、どうにも放っておけず馬車を降りこのような声を掛けた。

 当初、彼の応対は些か素気ないものだった。嫌われている、とまでは感じなかったが……少なくとも、良い印象を持たれていなかったのは明白だった。
 そして、それは無理からぬこと。ところどころにほつれのあるその服装みなりから判じても、彼は決して裕福とは言えない身――僕のような恵まれた境遇の人間に対し、好感など抱けないのは至極自然なことで。


 それでも、放っておく気にはなれなかった。これ以上は無粋だと自覚はしていたものの……それでも、話を聞きたかった。その小さな身体に独り抱えているであろう何かを、どうか少しでも分けてほしいと願った。

 すると、最初は目も合わせてくれなかった彼が控えめながら話し始めてくれた。そして、彼の口から語られる想像を絶するその苦痛に、私までも酷く胸が痛んだ。尤も、明確に境遇の異なる私が彼の気持ちを容易く理解した気になどなってはいけないのだろうけれど……それでも、私の胸中なかにそれまでにない苦痛いたみを憶えたのもまた事実で。なので――


『…………へっ?』


 そう、茫然とする少年。気が付けば、ぎゅっと彼の身体を抱き締めている自分がいて。




 ――それ以降、少年との日々が始まった。もし良ければ、私の邸宅いえに来ないか――そんな私の申し出を、彼が承諾してくれたためで。

 そして、ほどなく分かったことだけれど――彼は、頗る有能だった。従者ずさとしての業務はもちろん、音楽や和歌と言った教養まで瞬く間に身に付けていった。それこそ、幼少からこの世界で教養を付けてきた貴族達をも凌ぐくらいに。彼がもし、最初から貴族として生を享けていたら――何の意味もない過程とは知りつつも、そう思わずにはいられなかった。

 そして、何より……彼は、優しかった。政務にて心身ともに疲労の溜まった私を、いつも心から気遣ってくれた。彼自身、数多の業務にて甚く疲労も蓄積しているはずなのに……それでも、そんな様子はつゆ見せずいつも柔らかな笑顔を見せてくれていた。そんな彼に幾度救われたかなど、数え上げたらキリなどなくて。







 
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