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第二話:導きの刃
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木々の葉がざわめき、湿った土の匂いが鼻腔を刺す。
赤紫に染まる森――《鏡界森域》とリィナが呼んだ場所を、真也はただ無言で歩いていた。
赤黒い幹、歪な枝振り、どれをとっても見慣れぬ樹木ばかり。まるで森そのものが意志を持っているように、不穏な風が枝葉を撫でていた。
「ついてきて。少し歩いたところに、安全な訓練場があるから。」
そう言ったリィナの声音は、どこか楽しそうでもあり、試すようでもあった。
訓練場へ向かう道中――森の木々の間を進みながら、真也は周囲の景色に違和感を覚え続けていた。
大地は黒褐色で、ところどころに紫がかった苔が生えている。
木々の幹はまるで焼き焦げたように黒く、葉は赤紫や深緑が混ざり合い、どれも鈍く光っていた。
静かな風に揺られるたび、葉はきらきらと金属のような音を立てる。
全てが計り知れぬもので、どうにも落ち着かなかった。
「……なあ、リィナ。ここの植物、なんていうか、全部……おかしいっていうか。」
声をかけると、前を歩くリィナがちらりと振り向く。
深く被っていたフードを指先で少しずらし、彼女は淡々と語り始めた。
「うん。まあ、真也の世界の常識じゃ測れないよね。ここ、《ヴァイラス》の植生は、ほとんどが魔素に影響されて進化したものだから」
「魔素?」
「魔法の源になるエネルギー……って説明だと簡単すぎるかな。要は、この世界を構成する"空気のようなもの"だと思っていいよ。」
リィナが指さした先、低木のような草が群生している一角では、淡い光を放つ粒子がふわふわと宙を舞っていた。
その光はとても幻想的で、吸い込まれるように見入った。
「あれは《燐光草》。夜になるともっと綺麗になるよ。魔素を吸収して、光に変える性質があるの。」
「光合成じゃなくて、魔素合成……みたいな?」
「そんな感じかな。もっと面白いものもあるから、観察しながら進むのも良いね。」
言われるままに歩き出しながら、真也はあたりを見回す。
暫くして、木の根元にどす黒いキノコのようなものがまばらに生えているいる場所があった。
どれも膨らんだ風船のような形状で、真也の視線を感じ取ったのか、ぷしゅうと空気を吐くような音を立てた。
「うわっ、何だ今の……?」
「あー、あれは《擬獣茸》。“生物の気配”に反応して胞子を吐くの。吸いすぎると幻覚を見るから、近寄らないこと。」
「怖っ。そんなものがこんな所に生えてて良いのかよ……。」
「ヴァイラスの植物は、境界を超えてるものが多いの。植物や動物、菌類の特性がごちゃ混ぜになった生態系で、どれが安全か覚えるまでは常に疑って行動しないとダメよ?」
「お、おう……。」
それから少しの間、二人には沈黙が続いた。
その沈黙を振り払おうと、真也がリィナに問いかけた。
「――なあ、リィナ。俺、本当にこの世界で生きていけるのかな……。」
問いかけは、自分でも驚くほど弱々しい声だった。
だが、リィナは決して馬鹿にするような顔を見せず、寧ろ目を細めて優しく、微笑みながら言った。
「大丈夫。君には《模倣取得》がある。後は使い方を知って、鍛えるだけだよ。」
リィナはすっと腕を伸ばし、自身のスキルウィンドウを開いた。
「まずは私のスキル、《銀雷操弾》を見せてあげる。実戦形式で模倣するチャンスをあげるから、全力で来て」
「は? いきなり模擬戦かよ……!」
「当然でしょ? ここは《ヴァイラス》だもの。生きるってことは、死なないってことよ。」
冷たいが、真実の言葉だった。
/////
やがて、森の中の小道が開けて僅かに光が差し込む広場のような場所に出た。
大地は平らに踏み固められており、枯れた木々の杭が円形に並んでいる。
「ここが訓練場。以前、駐屯地があった名残だよ。今はもう使われてないけど、実戦形式の訓練には丁度良いんだ。」
真也は広場の隅に立ち、深く息を吸い込んだ。どこか鉄錆のような、乾いた血のような匂いが混じっている。
生き延びるには、この空気にも慣れなければならないのだ、と自然に覚悟が芽生える。
「ねえ、真也。自分のスキルの使い方って、ちゃんと理解してる?」
「理解って……いや、ぶっちゃけ全然。」
リィナは肩越しに振り向くと、くすりと笑った。
「なら、まずはそこから教えないとね。スキルってのはただ持ってるだけじゃ意味が無いの。使い方を間違えば、命取りにもなるから」
リィナは外套を脱ぎ、腰のホルダーから短剣を取り出した。その刃には黒い装飾が施されており、重厚な魔力が揺らいでいる。
「じゃあ、まずは《模倣取得》の試し撃ちをしてみようか。」
「試し撃ちって、対象がいないと無理なんじゃ……?」
「だから、私を使うのよ。」
その言葉に、真也は思わず言葉を詰まらせた。
「えっ。いや、お前のスキルって……ヤバいやつなんじゃ?」
「ま、使えるかどうかは運次第。さあ、集中して。」
リィナが一歩、真也に歩み寄る。
真也は喉をこくりと鳴らし、深く息を吸った。
そして意識を集中すると、またしても脳内に、淡い光を宿したウィンドウが浮かび上がった。
【対象:鏡界人「リィナ」/スキル選択中……】
【スキル候補:
《銀雷操弾》――空中に魔素を収束させ、銀色の雷弾を連射する遠距離魔法スキル。
《加護視界》――周囲の空間構造と生命体の気配を三次元的に認識・視覚化する知覚系スキル。】
「……二択、か。」
どちらも未知数だ。
スキル《模倣取得》は未所持のものを二つから一つだけ取得できる。
その選択どころか、どの二つを選ぶのかさえも完全にランダム。
【スキル:《加護視界》を取得しました】
瞬間、真也の視界が広がった。周囲三十メートルほどの範囲が、まるで透視したかのように鮮明に浮かぶ。
「これは……!」
「どうやら《加護視界》を模倣したみたいね。それは範囲認識と敵の気配を可視化するスキル。補助型だけど、生き残るには中々に便利よ。」
「す、すげえ……!」
地面の下を這う魔素の流れ、小さな虫の動きまでが感じられる。
真也は暫くその変化に興奮していたが、遮るようにリィナが再び口を開いた。
「次は模擬戦。戦闘訓練に移るわよ。」
「模擬戦……って、お前と!?」
リィナは不敵に笑った。
「安心して。殺しはしないわ。もし、攻撃系のスキルをコピーされてたら、ちょっと危なかったかもだけどね。」
言い終わると同時に、リィナが短剣を構えた。途端に大気が震える。彼女の足元から迸る雷の気配――。
「いくよ、真也!」
真也が右手に《斬鋭黒爪》の力を集中させる。
黒い魔素が爪の形を模して浮かび上がり、刃のように腕に収束する。
そして、ツヤツヤとした輝きを見せる漆黒の大爪が出来上がった。
「うおおぉぉッ!!」
真也が踏み込んだ。
だが、リィナの姿は一瞬で視界から消える。
戸惑い辺りを見渡している内に気配を感じた。
「ッ!? どこだ……?」
真也の視界が再び変わる。《加護視界》が敵の輪郭を炙り出し、真後ろに高速で移動するリィナの姿を捉えた。
「そこか!」
咄嗟に後方へ腕を振る。
「《斬鋭黒爪》!」
だがリィナは、その刃先をわずかに逸らし、足で真也の腰を蹴り飛ばす。
「ぐはッ……!」
身体が宙を舞う。そのまま地面に叩きつけられ、咳き込む真也。
「悪くないわ。反応できただけでもね。でも……まだまだよ。」
リィナはその場で構えを解き、手を差し伸べた。
「今日の訓練はここまで。明日からも生き残るための手解き、してあげる。」
真也はその手を握り、立ち上がる。
土まみれになった掌越しに、何かが繋がった気が、確かにした。
こうして真也の、鏡界での最初の一歩が始まったのだった。
赤紫に染まる森――《鏡界森域》とリィナが呼んだ場所を、真也はただ無言で歩いていた。
赤黒い幹、歪な枝振り、どれをとっても見慣れぬ樹木ばかり。まるで森そのものが意志を持っているように、不穏な風が枝葉を撫でていた。
「ついてきて。少し歩いたところに、安全な訓練場があるから。」
そう言ったリィナの声音は、どこか楽しそうでもあり、試すようでもあった。
訓練場へ向かう道中――森の木々の間を進みながら、真也は周囲の景色に違和感を覚え続けていた。
大地は黒褐色で、ところどころに紫がかった苔が生えている。
木々の幹はまるで焼き焦げたように黒く、葉は赤紫や深緑が混ざり合い、どれも鈍く光っていた。
静かな風に揺られるたび、葉はきらきらと金属のような音を立てる。
全てが計り知れぬもので、どうにも落ち着かなかった。
「……なあ、リィナ。ここの植物、なんていうか、全部……おかしいっていうか。」
声をかけると、前を歩くリィナがちらりと振り向く。
深く被っていたフードを指先で少しずらし、彼女は淡々と語り始めた。
「うん。まあ、真也の世界の常識じゃ測れないよね。ここ、《ヴァイラス》の植生は、ほとんどが魔素に影響されて進化したものだから」
「魔素?」
「魔法の源になるエネルギー……って説明だと簡単すぎるかな。要は、この世界を構成する"空気のようなもの"だと思っていいよ。」
リィナが指さした先、低木のような草が群生している一角では、淡い光を放つ粒子がふわふわと宙を舞っていた。
その光はとても幻想的で、吸い込まれるように見入った。
「あれは《燐光草》。夜になるともっと綺麗になるよ。魔素を吸収して、光に変える性質があるの。」
「光合成じゃなくて、魔素合成……みたいな?」
「そんな感じかな。もっと面白いものもあるから、観察しながら進むのも良いね。」
言われるままに歩き出しながら、真也はあたりを見回す。
暫くして、木の根元にどす黒いキノコのようなものがまばらに生えているいる場所があった。
どれも膨らんだ風船のような形状で、真也の視線を感じ取ったのか、ぷしゅうと空気を吐くような音を立てた。
「うわっ、何だ今の……?」
「あー、あれは《擬獣茸》。“生物の気配”に反応して胞子を吐くの。吸いすぎると幻覚を見るから、近寄らないこと。」
「怖っ。そんなものがこんな所に生えてて良いのかよ……。」
「ヴァイラスの植物は、境界を超えてるものが多いの。植物や動物、菌類の特性がごちゃ混ぜになった生態系で、どれが安全か覚えるまでは常に疑って行動しないとダメよ?」
「お、おう……。」
それから少しの間、二人には沈黙が続いた。
その沈黙を振り払おうと、真也がリィナに問いかけた。
「――なあ、リィナ。俺、本当にこの世界で生きていけるのかな……。」
問いかけは、自分でも驚くほど弱々しい声だった。
だが、リィナは決して馬鹿にするような顔を見せず、寧ろ目を細めて優しく、微笑みながら言った。
「大丈夫。君には《模倣取得》がある。後は使い方を知って、鍛えるだけだよ。」
リィナはすっと腕を伸ばし、自身のスキルウィンドウを開いた。
「まずは私のスキル、《銀雷操弾》を見せてあげる。実戦形式で模倣するチャンスをあげるから、全力で来て」
「は? いきなり模擬戦かよ……!」
「当然でしょ? ここは《ヴァイラス》だもの。生きるってことは、死なないってことよ。」
冷たいが、真実の言葉だった。
/////
やがて、森の中の小道が開けて僅かに光が差し込む広場のような場所に出た。
大地は平らに踏み固められており、枯れた木々の杭が円形に並んでいる。
「ここが訓練場。以前、駐屯地があった名残だよ。今はもう使われてないけど、実戦形式の訓練には丁度良いんだ。」
真也は広場の隅に立ち、深く息を吸い込んだ。どこか鉄錆のような、乾いた血のような匂いが混じっている。
生き延びるには、この空気にも慣れなければならないのだ、と自然に覚悟が芽生える。
「ねえ、真也。自分のスキルの使い方って、ちゃんと理解してる?」
「理解って……いや、ぶっちゃけ全然。」
リィナは肩越しに振り向くと、くすりと笑った。
「なら、まずはそこから教えないとね。スキルってのはただ持ってるだけじゃ意味が無いの。使い方を間違えば、命取りにもなるから」
リィナは外套を脱ぎ、腰のホルダーから短剣を取り出した。その刃には黒い装飾が施されており、重厚な魔力が揺らいでいる。
「じゃあ、まずは《模倣取得》の試し撃ちをしてみようか。」
「試し撃ちって、対象がいないと無理なんじゃ……?」
「だから、私を使うのよ。」
その言葉に、真也は思わず言葉を詰まらせた。
「えっ。いや、お前のスキルって……ヤバいやつなんじゃ?」
「ま、使えるかどうかは運次第。さあ、集中して。」
リィナが一歩、真也に歩み寄る。
真也は喉をこくりと鳴らし、深く息を吸った。
そして意識を集中すると、またしても脳内に、淡い光を宿したウィンドウが浮かび上がった。
【対象:鏡界人「リィナ」/スキル選択中……】
【スキル候補:
《銀雷操弾》――空中に魔素を収束させ、銀色の雷弾を連射する遠距離魔法スキル。
《加護視界》――周囲の空間構造と生命体の気配を三次元的に認識・視覚化する知覚系スキル。】
「……二択、か。」
どちらも未知数だ。
スキル《模倣取得》は未所持のものを二つから一つだけ取得できる。
その選択どころか、どの二つを選ぶのかさえも完全にランダム。
【スキル:《加護視界》を取得しました】
瞬間、真也の視界が広がった。周囲三十メートルほどの範囲が、まるで透視したかのように鮮明に浮かぶ。
「これは……!」
「どうやら《加護視界》を模倣したみたいね。それは範囲認識と敵の気配を可視化するスキル。補助型だけど、生き残るには中々に便利よ。」
「す、すげえ……!」
地面の下を這う魔素の流れ、小さな虫の動きまでが感じられる。
真也は暫くその変化に興奮していたが、遮るようにリィナが再び口を開いた。
「次は模擬戦。戦闘訓練に移るわよ。」
「模擬戦……って、お前と!?」
リィナは不敵に笑った。
「安心して。殺しはしないわ。もし、攻撃系のスキルをコピーされてたら、ちょっと危なかったかもだけどね。」
言い終わると同時に、リィナが短剣を構えた。途端に大気が震える。彼女の足元から迸る雷の気配――。
「いくよ、真也!」
真也が右手に《斬鋭黒爪》の力を集中させる。
黒い魔素が爪の形を模して浮かび上がり、刃のように腕に収束する。
そして、ツヤツヤとした輝きを見せる漆黒の大爪が出来上がった。
「うおおぉぉッ!!」
真也が踏み込んだ。
だが、リィナの姿は一瞬で視界から消える。
戸惑い辺りを見渡している内に気配を感じた。
「ッ!? どこだ……?」
真也の視界が再び変わる。《加護視界》が敵の輪郭を炙り出し、真後ろに高速で移動するリィナの姿を捉えた。
「そこか!」
咄嗟に後方へ腕を振る。
「《斬鋭黒爪》!」
だがリィナは、その刃先をわずかに逸らし、足で真也の腰を蹴り飛ばす。
「ぐはッ……!」
身体が宙を舞う。そのまま地面に叩きつけられ、咳き込む真也。
「悪くないわ。反応できただけでもね。でも……まだまだよ。」
リィナはその場で構えを解き、手を差し伸べた。
「今日の訓練はここまで。明日からも生き残るための手解き、してあげる。」
真也はその手を握り、立ち上がる。
土まみれになった掌越しに、何かが繋がった気が、確かにした。
こうして真也の、鏡界での最初の一歩が始まったのだった。
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