『終律の時』

最終節：物語は終わらない

　記録者の女性は、ユリウスの前に立つと、二つの本を差し出した。

　一つは真っ白な本。もう一つは、彼がこれまで書き続けてきた日記。

「白い本を選べば、全てを忘れて新しい世界で生きることもできます。でも――」

　彼女は日記を見つめる。

「こちらを選べば、あなたが綴る記憶と共にこの世界の終わりを見届けることになります」

　ユリウスは迷わず、日記を手に取った。

「僕は……みんなの記憶と一緒に生きる。それが、僕にできる最後のことだから」

　仲間たちが微笑む。その姿が、徐々に光に包まれていく。

「ありがとう、ユリウス」

　三人の声が重なる。

『君のおかげで、僕たちの物語は終わらない』

　そして――閾値を越えた世界が急速に崩れ始めた。

　だが、ユリウスは恐れなかった。

　書庫の中で、彼は薬草の束を握りしめ最後のページを書き続けた。

　仲間たちとの思い出を。失われた世界の美しさを。そして、それらを愛したという事実を。

　――やがて全てが光に包まれた時、記録者の女性が最後に言った。

「あなたの物語は、アーカイブに保管されます。いつか、どこかで、誰かがそれを読むでしょう」

「それで十分だよ」

　ユリウスは微笑んだ。


「僕たちは、確かにここにいたんだから」


　その言葉を聞き、女性も慈しむように微笑んだ。


　光が全てを包み込み――『世界』は、静かに幕を閉じた。


　だが、一冊の本だけが、虚無の中に漂っていた。


　それは、愛と友情、そして記憶の物語。


　誰かがいつか手に取り、読んでくれることを願いながら――。






　――Arca Hortus.