『終律の時』

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番外:終律の王座《魔王視点》

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 玉座の間で、私は静かに待っていた。



 石造りの巨大な城の最深部。血のように赤い絨毯が敷かれた広間に、四つの足音が響いている。彼らがここまで辿り着くのに、どれほどの時間がかかったことか。



 ――魔法剣士ユリウス。戦士レオ。魔術師ヘスティ。癒し手セレネ。



 私の配下たちは、皆この四人の勇者に討たれた。それでも私は、彼らを憎んではいなかった。むしろ――待ち望んでいたのかもしれない。



「ついに来たな、勇者たちよ」



 重厚な扉が開かれ、四人が現れた時、私は玉座から立ち上がった。彼らの顔には決意が宿っている。死を覚悟した者だけが持つ、美しい輝きだった。



 だが、彼らは知らない。



 私が死ねば、この世界そのものが崩壊することを。



「魔王よ! 貴様の暴政は今日で終わりだ!」



 戦士レオが吠える。彼の剣は、これまで数多の魔物を屠ってきた業物。その刃に宿る殺意は、確かに私を貫くことができるだろう。



「待て、レオ」



 ユリウスが彼を制し、私を見据える。その瞳には、勇者としての誇りと共に、何かを見抜こうとする鋭さがあった。



「……お前は、何を隠している?」



 賢い男だ。だが、真実を告げたところで、彼らは引き下がるまい。

「隠している、か」



 私は苦笑した。玉座の背後にある巨大な水晶を振り返る。そこには、この世界の全てが映し出されている。村々、森、川、山――全てが、私の存在に依存している。



「では明かそう。私という存在は、この世界の『核』なのだ」



 四人の表情が変わる。



「私が死ねば、世界の理は崩れ、全ては無へと帰す。お前たちの愛する人々も、故郷も、全てがな」



「嘘だ!」



 ヘスティが杖を構える。炎の魔法が彼女の周りで踊っている。大したものだ、人の身で扱える熱量では無い。



「魔王の戯言に惑わされるな!」



「戯言?」



 私は首を振った。



 戯言ならどれだけ良かったか、私の心臓は世界の核である『クラヴィス・ロア』を兼ねている。



 右手を上げ、クラヴィス・ロアを取り出し、少し力を籠める。



 途端に、城全体が軋み始めた。遠くで何かが崩れる音が響く。水晶に映る世界の一部が、ひび割れるように歪んだ。



「やめなさいっ!」



 セレネが叫ぶ。鋭くも慈愛に満ちた眼、無慈悲な世界を覆す力が見て取れる。



「分かったか? 私を殺すということは、全てを道連れにするということだ」



 四人は動揺している。だが――



「騙されはしない、俺たちの意志は変わらない!」



 ユリウスが剣を抜いた。その刃は、意志の強さを映して光っている。



「世界を救うために来たのではない。世界を、未来に託すために来たのだ」



「未来に?」



「お前という絶対的な悪がいる限り、世界に真の平和は訪れない。ならば――過去全てを断ち切り、新しい始まりを作る」



 なるほど。彼らは最初から、覚悟していたのか。



「面白い」



 私は魔剣を抜く。漆黒の刃が、広間を暗く染めた。



「ならば、お前たちの覚悟、この身で受け止めてやろう」



 戦いが始まった。



 レオが右から、ユリウスが正面から斬りかかる。ヘスティの魔法が私の退路を薙ぎ、視覚を、行動を制限してくる。セレネは仲間たちの傷を癒しながら立ち回る。良い連携だ。



 彼らは強かった。これまで戦った誰よりも。



 死闘は永遠とも思える時間続いた……



 それでも――



「レオ!」



 ユリウスを狙った私の魔法を、剣を地面に突き刺し盾を構えたレオが防ぐ。しかし防がれる事を見越し、魔法と共に突撃した私の剣は、レオの胸を貫いた。彼はユリウスを庇い、私の刃を受けたのだ。



「くそ……まだ、終わってねぇ……」



 血を吐きながらも、レオは笑う。



「ユリウス……頼んだぜ……」



 そして、彼は倒れた。一人目。



「レオ! レオ!」



 セレネが駆け寄るが、もう手遅れだった。



「次は貴様だ、もう盾は無いぞ?」



 私は再度ユリウスに向かう。



 しかし既に片腕を失った魔法使いが割って入る。彼女は、恐れるどころか微笑んでいた。



「私の全力の魔法よ……私が、守る!!」



 ヘスティの身体が光に包まれる。それは命を燃やす、禁断の魔法だった。



「ヘスティ、だめだ!」



 ユリウスの制止も虚しく、ヘスティは自らを炎に変えて私に突っ込んできた。その炎は私の身体を焼き、深い傷を負わせる。これでは動くこともままならない。



 だが、ヘスティも燃え尽きた。二人目。



「畜生……畜生!」



 ユリウスが叫ぶ。その声には、怒りと悲しみが混じっている。



 残るは、ユリウスとセレネ。



 動けない身体に何の支障があろうか、私は魔王。広域殲滅魔法を唱える。



「セレネ、逃げろ!」



「嫌よ! あなたを一人にはしない!」



 セレネは最後まで、仲間を癒そうとした。城を覆いつくす程の癒しの力と、世界を守る守護の領域。



 そしてユリウスを守る絶対の結界。



 だが――私の魔法が広間を埋め尽くし彼女を捉える。



「あ……あなたは、生きて……」



 微笑みを残して、自分以外を護りセレネも倒れた。三人目。



 そして、ユリウスだけが残った。



「……一人になったな」



「ああ」



 彼は涙を流しながらも、剣を構え直す。



「でも、一人じゃない。みんなの想いを背負っている」



 最後の戦い。



 私たちは全力で剣を交えた。しかし、魔法は先の一撃で打ち止め、焼け焦げた身体ではまともに回避することも不可能、更には癒しの力を纏った相手。ままならないものだ。



 ――彼の剣が、ついに私の心臓を貫いた。



「……終わりだ」



「……ああ」



 私は膝をつく。身体から力が抜けていく。



「後悔は、ないか?」



 私の問いに、ユリウスは首を振った。



「ない。これが、俺たちが選んだ道だ」



 そのとき、城が崩れ始めた。いや――世界の崩壊が始まった。



「始まったか」



「……」



 ユリウスは仲間を失った絶望と約束との狭間で酷く憔悴していた。視点も定まっていない。



 私は最後の力を振り絞り、ユリウスに魔法を放つ。記憶を曖昧にし、心を守る魔法。しかし足りない――発動させるための力が私には既に無かった。



「何を……」



「せめてもの、餞別のつもりだったが――」



 その時、勇者を見た私は微笑んだ。



「時間は幾ばくかできたようだ、幸せに生きろ。それが……私の、お前の仲間達の、最後の望みだ」



 魔法は発動した、『四人分』の光が全てを包み込む。



 私の意識が薄れゆく中、最後に見たのは――仲間たちの魂に守られ、静かに眠る英雄の姿だった。



 世界は終わり、また新しい世界が始まる。



 それもまた、運命なのだろう。



 私は、魔王として死んだ。



 だが最期の瞬間だけは――この世界に生きた存在として、彼らに敬意を表していた。





 ――クラヴィス・ロア



 世界を記録する鍵、世界の核。



 この日、世界の崩壊が始まった。
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