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09-03

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 午後もナシラはしいらにくっついたまま、何事もなく一日が終わった。

 今日はナシラの休日だったため、本来であればしいらも夜のお役目を休んでもいいことになっている。十三回目のアルジアではナシラが欲しがったためそうはいかなかったが、その前の休日はお休みを貰えたのだ。だからしいらは、今日も休めるだろうかと少し期待していた。


「(といっても、最近のナシラは本当に性欲が増したからなぁ……するかもなぁ……)」


 塔に向かわなくてもいい日は久しぶりだ。そう思っていると、一人の使用人がナシラを呼びに来る。


「ナシラ様、大浴場の準備ができております」
「大浴場?」


 初めて聞く名前に首を傾げれば、使用人の女性は親切に教えてくれる。


「聖宮の地下にございます。ナシラ様は休日の夜に、大浴場でゆっくりなされるんですよ」
「へぇ、そんなところが。なるほど、ナシラが休日に外出を嫌がるわけだよ」


 彼にとっての理想の休日は、好きなだけ寝て、好きな時間に空腹を満たして、広い浴室でのんびりして、またもやぐっすり眠ることなのだろう。実に欲求に素直な生活だ。


「それじゃあナシラ、いってらっしゃい~」


 ここでナシラと別れて先に寝てしまえば、ワンチャンお役目から逃げられるかもしれない。そう思ったしいらはすぐさまそう切り出し、ナシラから離れようとした。


「待て」
「うっ」


 案の定ナシラに腕をがしっと掴まれる。


「しーらも入る」
「かしこまりました」
「やっぱりこうなるんですね……」


 半ば引きずられるような形で、しいらは例の大浴場へと連れていかれる。道中、はっきりとナシラに休みたいと伝えるべきか、それとも我慢するべきかと考えながら。


「(まぁ、毎日のように手厚い健康管理とファンタジックな治療は受けてるんですけどね……)」


 そのおかげか日々健康でいられるのはありがたかった。司祭側としても、聖女の健康維持は英雄の次に重要なものであるため、ここまで大事に扱われるのだろう。
 そんなことを考えていると、いつの間にか入ったことのない地下に突入し、少し薄暗く広い廊下を通り過ぎていく。その一番奥にある大きな扉を使用人が開ければ、圧巻の光景にしいらは言葉を失った。


「ひぇー……」


 大浴場と言えば、思い浮かべるのは銭湯だ。小さい頃に見た大きな浴場は、それはもう豪勢に思えた。
 だが今目の前にあるのはそれを三倍は広くしたような、巨大な浴場だった。こんな広さはいらないだろう、というくらいの。


「えー……もしかしてナシラ、竜の姿でここ入ったりするの?」
「たまに」
「あっ、なるほどね!」


 一応納得した。ナシラのあの巨体が入るならこの広さも何らおかしくはない。
 浴場は汚れひとつないほど綺麗で、湯には白い花らしきものが浮かべてある。湯を照らす灯りも、湯気を通して柔らかく室内を照らしており、なんとも良い雰囲気だった。


「すげー……」


 物語のお姫様ですらこんな豪勢な入浴をしたことはないだろう。そう感動していると、服を脱ぎ捨てたナシラはさっさと湯に入り、しいらへと手を伸ばした。


「しーら」
「ん、はいはい」


 急かされるまましいらも服を脱いで、その手を取る。恐る恐る足を入れれば、ほどよく熱い湯の感触に肌がざわざわとするようだった。


「ふぃー、きもち……」


 肩まで浸かれば、久しぶりに感じる温かさにほっとする。今までは桶のようなものに入れられた湯と布で身体を拭くのが普通になっていたため、すごく贅沢をしている気分だった。
 そこでしいらは緊張した面持ちでナシラの方を見る。もしかしたらすぐにでも情事が始まってしまうのでは、と思ったからだ。

 だが意外にもナシラはしいらなど気にも留めず、大きく息を吐いて入浴を満喫している。そんな姿を見たしいらは、なんとなく脱力してしまう。


「(ナシラ、お風呂も好きなんだなぁ……)」


 微笑ましいと言えるその光景に自然と笑みが浮かんでくる。寝たい時に寝て、食べたい時に食べて、ゆっくりしたいときにゆっくりする。休日のナシラは本当に、自分の欲求に素直に、自由気ままに生きている気がした。
 そんなしいらに気づいたナシラは、近寄ってきたかと思うともたれかかってくる。それを両腕で受け止めれば、彼は満足げに頬を寄せてくる。


「しーら、気に入った?」
「うん。いいところだねぇ、気持ちいいし」


 気に入らないはずがございません、そう答えれば、ナシラはまた薄く笑みを浮かべた。


「好きに使っていい。毎日でも」
「え、いやいや、それは流石に……」
「なんで」
「なんでって……うーん、もったいない、かなぁ」


 根が貧乏性なせいか、しいらはここを毎日使うかと言われると尻込みしてしまう。この広さの浴槽に湯を張るのに一体どれほどの労力がかかるのか、そしてそれを使う人間が二人しかいないのなら、それは贅沢を通り越して無駄遣いと言わざるを得ない。


「ナシラこそ、毎日使ってもいいじゃない。ここは君のために作られた場所なんでしょ?」
「…………」


 一瞬意味深に目を伏せるも、ナシラは普段の淡々とした口調で答えてくれる。


「普段は、ここに来るより寝たい」
「あぁ……確かに、ちょっと遠いかな」
「あと、前に帰ってきてすぐここに来たとき、入ってる最中寝て、溺れかけたことがある」
「それは寝てるんじゃなくて失神……」


 確かに、オツロとの戦闘から帰還したナシラに必要なのは何よりも睡眠だろう。入浴中に意識を失ってしまうほど疲弊しているのなら、当然ここでの入浴は薦められたものではない。
 けれどそれは少し惜しい気もする。何せナシラがこうして入浴できる休日など、一ヶ月に一回あればいい方なのだから。


「んー、だったら、週に一回とか決めてさ、一緒に入ろう」
「一緒に?」
「うん。そうしたら、もしもナシラがお風呂で寝ちゃっても、私が起こしてあげられるじゃない?」


 目を閉じて、その光景を思い浮かべていたらしいナシラは、小さく頷く。


「じゃあ一週間後、またここでゆっくりしよう」
「明日がいい」
「ふふ、本当にお風呂好きなんだね」
「ん、しーら」


 ナシラが身を捩ったかと思えば、身体を起こした彼の顔が一気に近くなる。
 唐突の口付けに、けれどしいらは驚かない。さっきから昂っていたその身体ははっきりと見えていたし、その熱い視線も、いつも受け止めていたものだったからだ。

 やっぱりこうなったかと思いながらも、彼女は彼の欲求を素直に受け入れることにした。それはきっと、この大浴場の雰囲気に魅せられたせい、だったのだろう。




09 了
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