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14-02
しおりを挟むその日はオルトスの厚意に甘えて、ガトリンは部屋で休んだ。その次の日も、そのまた次の日も。
それでもオルトスはオツロに敗北などしなかった。いつも帰ってくると不敵に笑って、一言二言一方的にガトリン声をかけると、自室へと帰っていった。
オルトスが命じたからだろう。あの日以来、ガトリンは司祭たちに恨み言を言われることはなくなった。使用人たちも、たとえ聖女の助力がなくともオツロを圧倒するオルトスの姿に安心しきっているのか、ガトリンを睨みつけるようなこともなくなっていった。
「ねぇ、ヘリグ」
「はい」
「ナシラ様は……どんな方なの?」
気が付けばアイゴケロースに来てから半月が経っていた。ガトリンは来たばかりのときにした質問を、再度司祭へと投げかけた。
けれどその答えはこうだった。
「既に、貴女の方がよく知っておいでなのではないですか」
「…………ねぇ、言葉を、教えて欲しいの」
その日からガトリンはアイゴケロースの言葉を学んだ。司祭に協力してもらいながら、少しずつ会話ができるようになっていった。
「あの、ナシラ、様」
ある夜、勇気を振り絞ってガトリンはオルトスに話しかけた。
「どうした? って、言葉覚えたんだな。偉いぞ」
「こっ、子供扱いしないでください!」
「悪い悪い。でも、どうしてまた」
その質問にガトリンは息詰まった。素直に答えるのは少々恥ずかしかったからだ。
けれど勇気を出して彼女は言った。
「ナシラ様と、お話が、したくて」
「……ほう!」
「ずっと気になっていたんです。どうして、ナシラ様はそんなに、強く在れるのか。オツロはあんなにも、恐ろしいのに、どうして……」
真剣にそう話していたガトリンが顔をあげれば、オルトスは固まっている。よもや話がしたいと言われた矢先に堅苦しい話題が出てくるとは思っていなかったのだろう。
「んー、どうして……難しいなぁ。確かに俺だって、オツロは恐ろしいと思う」
「で、ですよね、そうですよね」
「でも命を奪うのだって、俺たちも常日頃してることだ。だから、俺からしたらオツロとの戦いってのは生存競争なんだよ」
予想外の答えに、ガトリンは驚いたように目を丸くした。
巨悪と戦っている、そんな意識などオルトスは持っていなかった。彼はどちらが生き残るのか、オツロと勝負していると考えていたのだ。
「生存競争ならそう簡単に負けるわけにはいかないだろ? 俺だってまだまだ生きてたいしな。なんで強いのかについては……まぁ、実際に俺は強いから、物理的に」
「たし、かに」
「あとはまぁ、いろいろと鈍いんだろうな。痛みとか、恐怖とかに」
羨ましげにその話を聞いていると、オルトスは困ったような顔をする。そしてぽんぽんと軽くガトリンの頭を撫でた。
「メレフくらい繊細な方がいいと思うけどな。自分の弱さを理解して受け止められる奴ほど生きる力が強い、俺はそう思う」
「生きる力が、強い……」
「そう。だからメレフは聖女にぴったし……って、別に強要してるわけじゃないからな! あくまで一般論を述べただけで」
慌てた様子で弁解するオルトスに、ガトリンは思わず笑みを溢した。それを見たナシラも、一瞬不満そうにするも笑ってくれる。
「さ、もう寝てこい。明日も勉強だろ?」
「……あの」
おずおずとガトリンはオルトスの目の前に座り直す。そして顔を真っ赤にしながら、彼に頭を下げた。
「今晩は、その……どうか、ナシラ様のお力に、なりたくて」
「いいのか?」
小さく頷けば、オルトスは一瞬難しそうな顔をするも、手を差し伸べてくれる。それを見て大きく深呼吸をしたガトリンは、そっと彼の手を取った。
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