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02-02 無情の再会
しおりを挟む「……、トコエ」
名前を呼ぶ。ずっと焦がれていた人の名を。
けれど彼女はその名前に反応しなかった。扉の前にいる彼など視界に入っていないかのように横を通り抜け、片手で軽々とその扉を開ける。
「待って!トコエ、僕だよ……!」
立ち去ってしまいそうな彼女の細い腕を掴む。それでも振り返らないため、腕を引っ張ってこちらを向かせた。
虚な瞳と目が合う。間違いなく目の前の少女は記憶にある彼女と同じ姿をしている。否、一寸も変わってなどいない。まるで時が止まったかのように。
「ルザだよ、覚えてない?生きてまた会おうって、約束したよねっ、ちゃんと……会いに来たんだよ……!」
「…………」
彼女は応えない。望んでいた反応が得られないことに掴んでいた手の力を緩めると、彼女はまたなにごとも無かったかのように踵を返し、どこかへ行こうとする。恐らくは自室、なのだろうか。
「無駄だって。何言っても反応しないんだから」
いつの間にか追いかけてきていた女性がため息混じりにそう言った。
――彼女の精神は既に崩壊してしまっているのかもしれないね
ラゾの言っていた言葉が頭をよぎる。
五年という時間の中で、彼女の心は潰れてしまったのか。
「だからさ、ベルのことは一旦置いといて……って、ええっ」
無言で歩き続ける彼女の後をついていく。同じようについてくる女性は無視して、要塞の最深部にある彼女の部屋の前までたどり着く。
さっさと室内に閉じこもろうとする彼女を引き止めるため、閉まる扉を手で押し留める。邪魔そうな彼女の視線を受けて怯みそうになるも、彼は彼女の前にしゃがみ込む。
「僕は君と同じエヴァンジルだ」
タイを緩めて彼は胸元にある管理番号を見せる。それにほんの少しだけ彼女の表情が変化する。
「君の身の回りの世話をしよう。側にいることを許して欲しい」
「えぇー……」
やめておいた方が、という声を他所に、彼女は変わらず見上げてくる彼をじっと見つめる。
扉を閉めようとした手を離し、彼女は何も言わずに部屋に入っていく。ここまで来て拒絶しない、ということは好きにしろ、ということなのだろうか。
「やめときなって」
室内に入ろうとする手を女性に引かれる。
「確かに綺麗な子だけど、すんごい凶暴なんだから。何人の男が手を出そうとして大怪我させられたか……」
「……その話は後で詳しく聞かせてもらうよ。悪いけれどまたの機会にね」
忙しくなるから、と彼は断る。けれどすぐに愛想よく美しい笑みを浮かべると、女の頬にキスを一つ落とした。
「約束は忘れてないからね。それじゃあ」
バタンと扉を閉めて鍵をかける。折角の彼女との時間を邪魔されては堪らない。
振り返ってみて気づくが、室内はかなり暗い。要塞の最深部のため窓が無いのは分かっているのだが、どうやら明かりをつけていないようだった。
「勝手につけるよ」
返事はない。けれども構わずに手探りで壁を弄る。ゆっくりと足を進めれば、ふにゃりと何か柔らかいものを踏むような感触がした。
「……一体何が」
想像しないように歩き続け、やっとスイッチを発見する。意を決してそれを押す。そうすれば室内は一気に明るくなる。
その部屋の惨状を見た彼は絶句した。
踏んだのは、多分布だ。床一面にカーペットでも敷いてあるのかと思ったが、どうやらこれは彼女が脱ぎ捨てた大量の衣類のようだ。恐らく数年分。構わず踏みしめているせいか、黒く汚れきっている。
部屋の中の家具は少ない。一人用ではない大きなベッドと、椅子一つ。テーブルさえない。彼女はというとベッドの上で寝転がって、既に寝に入っているようだ。
「まずは掃除かな……」
もはや地面と一体化していると言ってもいい服を剥ぎ取り、一箇所に集めていく。衣類はどうやら自然由来のものらしく、変色したり変形したりもせず床にべったりと張り付いたりはしていなさそうだ。それにもっといろんなゴミでも埋まっているのかと思いきや、本当に服しか落ちていないようだ。
「洗濯せずにずっと新しいものに変えてたってこと?……はっ!?」
拾い上げた服は同じような形のワンピースばかりだった。だがそれよりも小さな衣類もあって不思議に思い手にしてみれば、それはどう見ても下着だった。
「と、トコエの、下着……」
再会早々に想い人の使用済み下着を見てしまうとは、と彼は頬を染める。いろいろと用途を思い浮かべるも、さすがに会って早々そんな変態行為を許せる自分では無かった。
心を鬼にして全ての衣類を一箇所にまとめあげる。後で廃棄する予定だ。何年ぶりかに現れたらしい部屋の床はとても綺麗だった。
そこから室内を更に詳しく見てみる。
シャワーとトイレがある。一応洗面台も。なぜかキッチンもついているが、当然使用された形跡は無い。もしかしたらこの大部屋は元々複数人が共同で過ごす一室だったのかもしれない。
「時計も止まってる。備品は配給だろうから、後で取ってくるか。洗濯機もあるから洗剤も、後は、そうだな……トコエ、何か食べた方がいいんじゃない?持ってこようか?」
ベッドに寝転がる彼女に尋ねる。ベッドに放り投げられている衣類は洗濯に回そうと思い、彼女を刺激しないようにそっとはぎ取る。
反応はまた無い。もう眠ってしまったのだろうか。目を閉じて蹲っている。
愛おしいその横顔に強く胸が締め付けられる。少しだけでも触れようと思い手を伸ばし、片手でベッドに体重をかける。
次の瞬間視界が反転し、頭と背中に衝撃と痛みが走る。僅かに身体にかかる重みは彼女のものだろう。吹っ飛ばされて床に転がったのだ。閉じていた目を開ければ、首元にひやりとした何かが突きつけられる。けれど、恐怖はなかった。
「(ああ、触れている……)」
腹に感じる彼女の温もりに思わず笑みが浮かぶ。
「ごめんね、君の嫌がるようなことはしないよ、絶対に」
ナイフを突きつける手に触れれば、トコエは驚いたように肩を震わせる。
「でも、できれば……頭か頬を撫でてくれたら、嬉しいな。そしたら、ちゃんと我慢できるから」
抵抗の様子を見せず落ち着いている彼に、彼女はナイフを引っ込める。僅かに彼から退くように身体を浮かして、どうしたものかと考えているようだった。
その隙に彼女の手を取ると自身の頬に触れさせる。頬擦りするように揺らして、彼は恍惚とした笑みを浮かべた。
「お腹空いてない?食事を持ってくるよ、トコエ」
手の甲にキスをして、彼は彼女の下から抜け出すと立ち上がる。よくよくみると髪もボサボサで、その姿にまた愛しさを感じる。
「髪もちゃんと梳かさないと。君がこんなにずぼらだったなんて知らなかったなぁ」
一つ、また一つと知らない彼女のことを知る。それがこんなに嬉しいことだとは思わなかった。
研究所に居た時は頼り甲斐のある人物という印象だったこともあり、そのギャップに驚く。けれどその分これから自分が身の回りの世話をたくさんできると思えば、全く気にならない。
「(なんだかんだ愛玩対象としての経験も無駄じゃなかったかもな)」
再びベッドに戻って横になる彼女を眺めながら、彼は笑みを浮かべる。これからずっと一緒なのだと思えば、もうそれだけで今まで受けた様々な仕打ちもどうでもよくなった。
「それじゃあ、行ってくるよ、トコエ」
そう言って部屋を後にする。
02 一扉先は闇 了
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