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07 真相解明!
1 朝の逢瀬
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帽子屋。ハッター。狂人。
朝目が覚めても、頭の中ではぐるぐるとその単語たちが回り続けている。
「先生は……どうしてそんな名前を、名乗っていたんだろう……」
魔法省に居た頃、狂人だと揶揄されていた。そしてその際に、ハッターと呼ばれていた。本来であればそれは愛称なんかじゃなくて、蔑称というものだ。
思い出すのは、過去に同僚から嫌われていたのだと、そう先生が話していたこと。きっとハッターという呼び名も、同僚たちから呼ばれていたもののはず。
そしてフォボスさんも、どこかハッター先生に遠慮している感じだった。私がうっかりハッター先生と口にしてから一転して帰ろうとしていたことも、自分が歓迎されないと分かってのことだったのかもしれない。
「……せんせい」
むくりと起き上がって、私はぼーっとする。
いつも起きる時間より早い。けれど目が冴えてしまって、二度寝なんかはできそうにない。
ただ無為に時間を潰す気にもなれなくて、私は朝の支度を始めると、いつもよりずっと早く学園に向かった。
◆
思えば先生と会うタイミングはいつも放課後だ。そう、昼間より静かな学園内を歩きながら思った。
足は自然と階段を上り、学園長室のある最上階へ。まだ出勤している先生たちも少ない時間帯だ、もしかしたらハッター先生は寝ていたりするかもしれない。以前は私が登校してくるタイミングでテラスから手を振ってくれたりもしたんだけど、最近はフェルナン様が一緒なこともあって控えてくれているみたいだった。
扉の前で立ち止まる。ノックをしようと手を持ち上げたところで、躊躇ってしまう。
会って、私は何て言えば良いんだろう。
この前フェルナン様と話したとき、上手く場を収めてくれたことを感謝する? それとも、これからも会いに行っても良いのかと聞く? それか、彼の名前の理由を、聞くの?
「……考えたって無駄だよ」
もしかしたら寝ているかもしれない。先生の返事はないかもしれない。先生の中では、もうこの関係は終わってしまっているのかもしれない。どれが起こるのかなんて分からない。
だから今はただ、この扉をノックするだけ。
こんこんと、軽い音が響く。けれど部屋の中からは物音なんかはしなくて、至って静かだった。
「やっぱ……」
寝てるのか、或いは無視しているのか。どちらにせよ先生とは会えない。そう思って踵を返そうとしたところで。
がちゃりと扉が開いた。
「せん――」
強く腕を引かれ、よろけるまま部屋の中に飛び込む。ばたん、がちゃっと、扉と鍵の閉まる音を聞きながら、いつのまにか温かい腕の中に居ることに気付いた。
いつもより薄着だ。ぴったりと接している肌が、次第に温かいを通り越して熱くなる。それほどまでに密着していて、一秒二秒と時が経つほどに私の心臓が早鐘を打ち始める。
「もう、会いに来てくれないかと、思った」
少しだけ掠れた声で、先生が耳元で呟いた。髪を撫でる手がくすぐったくて身動ぎをすれば、離さないとでも言いたげに少しだけ彼の腕に力がこもる。
「僕の、アリス……」
ひどく寂しそうに、そして甘い響きで名前を呼ばれる。耳に熱いものが這ったかと思えばそれは舌で、しっかりと私の頭を押さえ込みながら、ゆっくりと輪郭をなぞっていく。
「せんっ、寝ぼけてるんですか……?」
「さぁ、どっちだと思う」
少しだけ腕の力が緩んで、私は顔を上げた。そうすれば、いつものように口づけが降ってくる。
初めは触れるだけ、啄むようなそれは次第に深くなって、物欲しそうに私の唇を食んで舐め回してくる。観念したように彼に身を委ねれば、そのまま艶かしく絡み合っていく。
こんなことをしては駄目なんだけれど、その温度に安心してしまう。泣いていた私の手をとってくれたその温かさに。
このままこうしていたいなんて、思ってしまった。
「ん、わっ」
ふわりと身体が浮いた、と思えば先生に抱き上げられていて、そのままどこかへ連行される。
学園長室には他に二つほど扉がある。片方はお茶会の準備ができるような場所、そしてもう片方は寝室かなと想像していたのだが、どうやら当たっていたようだ。
先生が片方の扉を開けると、そこにはけっこう広めの寝室があった。簡素な机と椅子も、壁一面の本棚も。ここは完全に先生の私室だった。
そして私は、ぽすっとベッドに下ろされる。
ん?
「そ、そういえば、学園長室なのに部屋が併設されてるのって、なんでですかね」
「んー、どうしてだろうね」
ぎしりとベッドが軋む。これは既視感、前にもこんなことあった。
「例えばこんな風に」
手袋をしていない彼の手が私の頬を撫でる。完全に押し倒されてしまい、また性急に唇が重なる。
「秘密の逢瀬を楽しむため、だったのかもしれないね」
「そっ、そんなことあるわけ、ないじゃないですか……!」
「あはは。普通に考えたら仮眠用なんじゃないかな」
僕は住んでるけどね、なんて先生はようやく笑ってくれる。
でも、上からは退いてくれない。
「あの、先生……」
「大丈夫、ちょっと戯れるだけだから」
じわりと、先生の頬が赤くなる。私の手をとって自分の頬に触れさせると、蕩けきった笑みを浮かべた。
「たくさん甘えさせて、アリス」
朝目が覚めても、頭の中ではぐるぐるとその単語たちが回り続けている。
「先生は……どうしてそんな名前を、名乗っていたんだろう……」
魔法省に居た頃、狂人だと揶揄されていた。そしてその際に、ハッターと呼ばれていた。本来であればそれは愛称なんかじゃなくて、蔑称というものだ。
思い出すのは、過去に同僚から嫌われていたのだと、そう先生が話していたこと。きっとハッターという呼び名も、同僚たちから呼ばれていたもののはず。
そしてフォボスさんも、どこかハッター先生に遠慮している感じだった。私がうっかりハッター先生と口にしてから一転して帰ろうとしていたことも、自分が歓迎されないと分かってのことだったのかもしれない。
「……せんせい」
むくりと起き上がって、私はぼーっとする。
いつも起きる時間より早い。けれど目が冴えてしまって、二度寝なんかはできそうにない。
ただ無為に時間を潰す気にもなれなくて、私は朝の支度を始めると、いつもよりずっと早く学園に向かった。
◆
思えば先生と会うタイミングはいつも放課後だ。そう、昼間より静かな学園内を歩きながら思った。
足は自然と階段を上り、学園長室のある最上階へ。まだ出勤している先生たちも少ない時間帯だ、もしかしたらハッター先生は寝ていたりするかもしれない。以前は私が登校してくるタイミングでテラスから手を振ってくれたりもしたんだけど、最近はフェルナン様が一緒なこともあって控えてくれているみたいだった。
扉の前で立ち止まる。ノックをしようと手を持ち上げたところで、躊躇ってしまう。
会って、私は何て言えば良いんだろう。
この前フェルナン様と話したとき、上手く場を収めてくれたことを感謝する? それとも、これからも会いに行っても良いのかと聞く? それか、彼の名前の理由を、聞くの?
「……考えたって無駄だよ」
もしかしたら寝ているかもしれない。先生の返事はないかもしれない。先生の中では、もうこの関係は終わってしまっているのかもしれない。どれが起こるのかなんて分からない。
だから今はただ、この扉をノックするだけ。
こんこんと、軽い音が響く。けれど部屋の中からは物音なんかはしなくて、至って静かだった。
「やっぱ……」
寝てるのか、或いは無視しているのか。どちらにせよ先生とは会えない。そう思って踵を返そうとしたところで。
がちゃりと扉が開いた。
「せん――」
強く腕を引かれ、よろけるまま部屋の中に飛び込む。ばたん、がちゃっと、扉と鍵の閉まる音を聞きながら、いつのまにか温かい腕の中に居ることに気付いた。
いつもより薄着だ。ぴったりと接している肌が、次第に温かいを通り越して熱くなる。それほどまでに密着していて、一秒二秒と時が経つほどに私の心臓が早鐘を打ち始める。
「もう、会いに来てくれないかと、思った」
少しだけ掠れた声で、先生が耳元で呟いた。髪を撫でる手がくすぐったくて身動ぎをすれば、離さないとでも言いたげに少しだけ彼の腕に力がこもる。
「僕の、アリス……」
ひどく寂しそうに、そして甘い響きで名前を呼ばれる。耳に熱いものが這ったかと思えばそれは舌で、しっかりと私の頭を押さえ込みながら、ゆっくりと輪郭をなぞっていく。
「せんっ、寝ぼけてるんですか……?」
「さぁ、どっちだと思う」
少しだけ腕の力が緩んで、私は顔を上げた。そうすれば、いつものように口づけが降ってくる。
初めは触れるだけ、啄むようなそれは次第に深くなって、物欲しそうに私の唇を食んで舐め回してくる。観念したように彼に身を委ねれば、そのまま艶かしく絡み合っていく。
こんなことをしては駄目なんだけれど、その温度に安心してしまう。泣いていた私の手をとってくれたその温かさに。
このままこうしていたいなんて、思ってしまった。
「ん、わっ」
ふわりと身体が浮いた、と思えば先生に抱き上げられていて、そのままどこかへ連行される。
学園長室には他に二つほど扉がある。片方はお茶会の準備ができるような場所、そしてもう片方は寝室かなと想像していたのだが、どうやら当たっていたようだ。
先生が片方の扉を開けると、そこにはけっこう広めの寝室があった。簡素な机と椅子も、壁一面の本棚も。ここは完全に先生の私室だった。
そして私は、ぽすっとベッドに下ろされる。
ん?
「そ、そういえば、学園長室なのに部屋が併設されてるのって、なんでですかね」
「んー、どうしてだろうね」
ぎしりとベッドが軋む。これは既視感、前にもこんなことあった。
「例えばこんな風に」
手袋をしていない彼の手が私の頬を撫でる。完全に押し倒されてしまい、また性急に唇が重なる。
「秘密の逢瀬を楽しむため、だったのかもしれないね」
「そっ、そんなことあるわけ、ないじゃないですか……!」
「あはは。普通に考えたら仮眠用なんじゃないかな」
僕は住んでるけどね、なんて先生はようやく笑ってくれる。
でも、上からは退いてくれない。
「あの、先生……」
「大丈夫、ちょっと戯れるだけだから」
じわりと、先生の頬が赤くなる。私の手をとって自分の頬に触れさせると、蕩けきった笑みを浮かべた。
「たくさん甘えさせて、アリス」
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