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05-01 幸福な朝(ヒーロー視点)

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 カーテンから明るい朝日が差し込み、窓の外ではちゅんちゅんと鳥が囀る鳴き声が聞こえてくる。外の変化をじわりと知覚しながら、男は初めてその小綺麗な部屋で朝を迎えた。

 たまに腕の中で眠っているセーリスの髪を撫でては、柔らかい頬や唇に指で触れて、その感触から逃げるように身動ぎする様が可愛らしくて、一晩中彼はそれを見ていた。

 神族の睡眠は、相当激しく身体を動かさなければ人間ほど必要ではない。そもそも、セーリスにある意味拒絶されへこんだ末に飲酒と爆睡を繰り返していたヘニルは全く眠くなかったのだ。


「姫様……」


 少しだけ強めに抱き寄せて身体を寄せ合う。彼女が眠っている最中何度も身体がその気になったものだが、流石にこれ以上がっつけばセーリスに叱られるのはすぐに分かった。

 眠い眠いと訴えるセーリスに後処理をして、彼はダメ元で一緒に寝ていいかと尋ねた。それに彼女は面倒くさそうにいいんじゃないの、と言ってすぐに眠ってしまった。

 そう、一緒のベッドでセーリスと朝を迎えるのは、ヘニルのやってみたい事の一つだった。朝帰りはいろいろとリスクがあるということで控えていたが、念願叶って今朝は一緒に過ごせた。


「こうしてると、恋人みたいですねぇ、ひめさま……」


 音を立ててその額にキスを落とす。すりすりと頬を寄せ、その柔らかさを堪能する。


「早く俺のこと好きになんねぇかな……」


 何度も身体を重ねて、彼ができるギリギリのアピールはし続けてきた。

 だがセーリスは本当に鈍い。その上間が悪い。昨日の口説き文句として発せられた言葉も、よもや別の誰かが既に口にしていたとは最悪だった。


「酒飲んだ時のことはほとんど忘れちまうし、昨日の美人のねーちゃんより姫様のくだりもちゃんと伝わってるか怪しいよなぁ、“ヘニルはハーレムが好きじゃないのねぇ”とか考えてそう……まぁ、そういうとこも可愛いけどさ」


 ゆっくりとセーリスの上に乗り、ヘニルは溢れる想いのままその唇を奪う。そうこうしていれば身体が熱くなって、彼は甘いため息をついた。


「酒も金もえっちも好きですけど、一番好きなのは……」


 目の前にいるお前だと、そう口にしそうになって彼は苦笑する。それは言ってはいけないのだった。
 耳を澄ませば既に早起きの使用人達が働いている音がする。そろそろ退散しなければならない頃だろうと思い、ヘニルはベッドから起き上がった。


「んぅ……」


 脱ぎ捨てた服を着ていると、セーリスが声を漏らして寝返りを打つ。かと思えば手で目を擦って、ベッドに横になったまま声をあげる。


「サーシィ……?」
「姫様、おはようございまぁす」


 顔を覗き込み、ヘニルは深く彼女に口付けをする。半開きの口に舌をねじ込んで、ちゅうちゅうと柔らかな唇に吸い付く。


「んーっ、んんんっ」


 好き勝手にキスを堪能した後、ようやくそれを離せば舌先につうっと銀糸が伸びる。
 そこには顔を真っ赤にしてヘニルを睨みつけるセーリスの顔があって、彼は笑みを浮かべる。それはまるで獲物を前に舌舐めずりする獣のような、獰猛な笑みだった。


「なんで、いるの……っ」
「えー、昨日一緒に寝ていいって言ったじゃないですかぁ」
「そんなこと言った?」
「言いましたぁ」


 やはりあれは意識がはっきりしてない時の発言かと、そう拗ねながらヘニルは言う。
 着替え終わったヘニルは一人で朝の支度をするセーリスを椅子に座って眺める。だが見守る、というよりかは舐め回すように見る、だった。


「ちょっと、着替えるからこっち見ないで」
「えー、裸なんて何度も見せ合ってるんですから、いいじゃないですか」


 嫌そうな顔でしっしと手で払われ、仕方なく目を逸らす。が、横目でばっちりその様を見ておく。
 今日の下着は何色か、もっと色気のあるものを着てくれればなぁ、などと思いながら、その身体に情事の跡を見つけてニヤつく。昂りそうになる熱を必死に抑え、着替えを終えて寝癖と格闘するセーリスを後ろから抱きしめる。


「ね、姫様、前から気になってたんですけど」
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