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10-02 非番の逢瀬(二)*

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「ちょっと姫様、俺は決して傷の治りの話をしてたわけじゃないんですけど」
「え、そうなの?」
「はぁ……そういう鈍いところも可愛いんですけど、たまにすっごい傷付きます」
「ごめんね……?」


 よしよしと頭を撫でてやればヘニルは不満そうな表情を消して微笑む。両手でセーリスの穏やかな双丘を愛でるように撫で、自分の跡が散りばめられた胸元に頬をぴたりとくっつけた。


「さっきのは、腕もよくなってきたし、そろそろ子供が欲しいなぁって言ったんです」
「ん、そういう、こと……」


 くすぐったいくらいの愛撫にセーリスは熱く息を吐き出す。硬くなった乳頭に彼は唇を寄せると、そのままぱくりと口に含む。舌で舐め回され、吸いつかれる感触に彼女はきゅっと目を閉じた。


「その、力が無くなるのは、子供を身篭った時点で、なの?」


 艶かしく舌を絡みつかせた後、ヘニルはそこから口を離す。彼の唾液でべったりと濡れたそこは赤く充血して、酷く淫靡な姿だった。


「んー、親父を見る限りそんなことはないと思いますよ、たぶん」
「デルメル様に聞いてみる?」


 長い時を生きているデルメルならば知っているかもしれないと、そう思ったセーリスはそんな提案をした。
 けれどヘニルは真面目な顔で首を横に振る。ゆっくりと身体を起こし、脱ぎ捨てられた自分の服を手に取る。


「やめといた方がいいですよ。カアスからちょっと聞きましたけど、神族の子作り云々の話は絶対にデルメル様に振っちゃいけないらしいです」
「どうして……?」
「さー、なんででしょうねぇ」


 ヘニルのその口ぶりから、そこそこ付き合いも長いセーリスは何となく察してしまう。
 恐らくヘニルはデルメルにとってその話題が禁句である理由を知っているのだろう。けれどそれ以上詮索しないで欲しい、という意味でシラを切ったのだ。
 ならばそれに従うべきだろう。デルメルを傷付けるようなことはしたくないし、ヘニルの気遣いを無駄にもしたくはない。


「神族が自害ができないのとかを考えれば、孕んだ途端すぐに力を無くすってことはないと思いますよ。だってそれじゃあ、いろいろリスクでかいでしょ?」


 リスクとは恐らく、妊娠中の母体が死んでしまったり、まだ未熟な神族の子供が死んでしまった場合、そのまま力が失われてしまうことを言っているのだろう。


「多分次世代が一丁前に力使えるようになるまで、前の世代は力の譲渡ができなかった場合の保険みたいなもんなんでしょう」
「なるほどねぇ……」


 納得しているとヘニルは自分の服をセーリスに被せる。驚きながらもされるがままその服に袖を通せば、袖はかなり余るし肩もずるっと落ちてしまう。その様を見てヘニルは満足げに笑う。


「今日はこれで寝ましょう……? とーっても、可愛いですよ」
「こうすると思った以上に体格差あるのね」
「そうですねぇ」


 下衣を履き、丁寧にセーリスの下半身を綺麗に清めた後、ヘニルはベッドに倒れ込む。


「最初は壊してしまいそうで怖かったですけど、今じゃもうすっかり俺の身体に馴染んでくれてるようで嬉しい限りです」


 すんすんとセーリスの首筋に顔を埋めてその匂いを嗅ぐ。こうしてじゃれあった後は必ず自分の匂いが混ざっていて、彼はその体臭を感じるたびに幸せな気持ちになるのだ。


「思えばもう数え切れないくらいしたのね」


 しみじみと振り返れば、ヘニルに処女を差し出した日が遠い昔のように思える。ダメだと言ったのに何度も胎を精で満たされ、妊娠したらどうしようと思い悩んだこともあった。だが本当に一切妊娠の兆候が見えなかったこともあり、いつしか気にならなくなっていたのだが。


「(しかし……)」


 ここまで来るとセーリスは感心のあまり思ってしまうのだ。そう、その発言には全くといって他意は無く、純粋な疑問として口から出たものだった。


「飽きないの?」
「え?」
「毎度毎度私のこと抱いてて、飽きないのかなって」


 そういえば王国に来てからも、実は別の女性を相手にしたことも無かったのだったか。そう思えば余計に驚いてしまう。半年くらい、その旺盛な性欲の相手をセーリス一人が受け止めていたのだから。
 数秒ほど硬直していたヘニルは引きつった笑みを浮かべる。


「飽きるわけ無いじゃないですか! そんな節操無さそうに見えます? 俺すんごい一途でしょ」
「あ、別に深い意味は無いの。思い返してみればすごいなあって思っただけ」
「……そうですか」


 強めにセーリスを抱き寄せ、ヘニルは彼女に顔を近づける。いつも目にする、長らくセーリスが無視し続けていた焦がれた瞳が彼女の姿を映す。


「もう、俺はセーリス様以外考えられません。貴方がいい、俺の運命は、セーリス様なんですから」
「ん、そうね……。私の運命もヘニルよ、ずっと側にいる」


 自暴自棄になっていた時に最後に見えた希望、それはセーリスだって同じだ。ヘニルという存在に、彼女もまた自分にとっての救いを見出していたのだから。あの時と今とでは大分その意味は違ってしまったが。


「明日は一緒に城下ね。工房の備品で買い足さないといけないものもあるし、ヘニルの課題も買わないと」
「ぶぇー……」


 課題の言葉に苦々しげな顔をしてヘニルは唸る。最近は読み書きだけでなく、算術などの他の基礎的なものも習ってもらうことにしている。しかし、長らく勉学の経験がなかったヘニルには、ただ机に向かって頭を使うというのはなかなかキツい修練なのだ。身が入らないことも多い。


「それが終わったら自由時間にするから。どこか行きたいところある?」
「姫様、偶にはなんかこう、必需品とかじゃなくてもっと別のもの買ってもいいんじゃないですか?」
「別のもの?」


 そう言われてもぱっと思い浮かばず首を傾げる。それを見たヘニルは何かを思いついたのか目を輝かせ、深くセーリスを抱え込む。


「じゃあ、自由時間はデートってことで」
「別にいいけど。何するの?」
「それは明日のお楽しみってことで。今日のところはゆっくり寝ましょう」


 確かにかなりの時間ヘニルの相手をしていたセーリスは、強い疲労感を覚える。もう寝ようと優しく頭を撫でられ、その言葉に従いいつものようにヘニルの腕の中で彼女は目を閉じた。
 デート。思えばその言葉の意味することをしようなど、今まで一度も考えたことがなかった。どんなことをするのだろうと、そう考えながら意識は深く沈んでいく。

 夢の中まで側にある温もりに、幸せを感じながら。
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