上 下
3 / 69

旅立ち

しおりを挟む
「アサシンに私闘なし。自分の復讐で技を使ってはならん」それはヒロが幼い頃からネーレイウスに言われ続けてきた言葉であった。

 ヒロの目の前に血の海が広がっている。止まらない腕の震え、ヒロの視線の先には肉片と化したネーレイウスの体が転がっている。

「じ、爺!一体誰が!!」血まみれになったネーレイウスの体をヒロは抱き締める。彼はすでにこと切れていて、ヒロのその問いに答える事は無かった。

「おはよう!」カルディアがいつもと陽気な声で家の中に飛び込んできた。しかし、その惨状を見て彼女は自らの口を覆った。アサシンを目指して訓練をしている身ではあったが、まだ人の死には免疫がない様子であった。「これは一体!?だ、誰がやったの……!」

「解らない、解らないんだ!朝起きると爺が、爺が……」ヒロは頭が混乱しパニックになっている。「だ、誰だ!誰が爺を!仇を!仇をうってやる!」半狂乱になったように叫んだ。

「ヒロ!それは駄目よ!私達は私闘を禁じられているのよ!それに師匠がこんなふうに殺られた相手にあなたが敵《かな》うわけが……ない」カルディアもその場に座り込んだ。

 ネーレイウスの遺体は村で荼毘《だび》に葬《ほうむ》られた。
 残されたヒロには、ネーレイウスの刀が遺品として与えられた。ネーレイウスには、ヒロの他には家族も無く婚姻を交わした女も居ない。そんな彼がヒロを連れて帰り、自分の子供として育てると言った時、村の長は反対したらしい。本来人里離れその存在すら隠密にしているアサシンの村にどこの者とも知れぬ者を住まわせる事を不吉に感じていたからだ。
 そのせいもあってヒロの村での扱いも悪く、他のアサシン候補と一緒に訓練させてもらう事は叶わなかった。ゆえに、ネーレイウスが自分の時間がある限り、ヒロにその技を享受していたのであった。カルディアはヒロに対して偏見を持っておらず、自分以外の人間との交流をさせる為にネーレイウスが特別に直弟子として認めていた次第であった。

 ネーレイウスが亡くなった事により、村にヒロの居場所は完全に無くなったしまった。そんなヒロに村の長は、ある国の王子討伐の指令を与えた。それは誰が見てもヒロには荷の重い任務であった。誰もヒロが生きて帰ってくるとは思って居なかった。言うなれば厄介払いというところであろう。

「ヒロ……」旅立つ準備をしているヒロにカルディアが声をかける。

「カルディア、今まで色々とありがとう。君は俺の本当の友達だった」ヒロのその言葉を聞いてカルディアは泣きながらヒロの体に抱きついた。

「イヤだ!イヤ!私はヒロと別れたくない!私も一緒に行く!!」カルディアは子供が駄々を捏《こ》ねるように顔を真っ赤にしている。

「駄目だよ、この里でお前は幸せになるんだ。俺の居場所はここでは無かったんだ」ヒロは優しくカルディアの肩を抱くと自分の体から引き離した。

「そ、そんな……」カルディアには返す言葉が見つからなかった。

「でも、俺は必ず生き残る。きっと爺の仇を取るんだ……」ヒロはそう言い残すとカルディアを置いて里を後にした。
しおりを挟む

処理中です...