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記 憶

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 ヒロはネーレイウスの家で暮らしている。

 彼の住まいは修練場からはすぐ近くの場所にある。ネーレイウスは二人が術式の訓練をしている間に夕食の準備をしていたようだ。

「今日は疲れたであろう。飯を食べてから風呂に入って休むといい」ネーレイウスはヒロの茶碗に米を注ぐと差し出した。ヒロは無言のまま、それを受け取った。

「人には向き、不向きがあるのは当然だ。だからといってやらなければ何も出来ないままなのだ。ただ、お前がカルディアに劣っている訳ではない。お前の格闘術はそれなりの域には達している。長所を伸ばして短所を補え」口少ないヒロの師匠ではあるが、それなりに慰めているようであった。

「ありがとう」そう言いながらヒロは涙を誤魔化すように食事を流し込んだ。

 食事を済ませたヒロは風呂に入る。昼間の訓練のせいで体のあちらこちらが筋肉痛のようだ。ヒロはそろそろ十五の歳を迎えるのだが筋肉の着きにくい体質であるのか腕が太くならない。それがヒロの悩みであった。少し年上の里の青年達の腕を羨望の目で見てしまう自分が嫌であった。体を湯で綺麗に流してから湯船に浸かる。ちょうど良い湯加減であった。
 ゆっくりと瞳を閉じると若干の睡魔に襲われる。昔の思い出が頭の中を過っていく。



 ヒロは、機械仕掛けで走る箱の中にいた。
 その隣には女が座っている。その女がヒロとどういう関係なのであるかは記憶にはない。ただ、彼女の事を思い出すと温かく切ない思いで胸が締め付けられる。
 窓から外を覗くと同じような機械の箱が走っていく。その光景は今のヒロが暮らす里とは全く異質のものであった。

「!?」

突然鳴り響く、大きな獣のような声。前方を見ると機械の箱がヒロ達の乗る箱に向かって一直線に飛び込んできた。

「キャー!」「ウワー!」箱の中に悲鳴が響き渡った。
 そして気が付いた時には森の中に一人うずくまっていた。先ほどまでとは違う景色。木々に囲まれた場所、辺りには誰もいない。
 ヒロは途方に暮れてその場に経たり込んだ。
 暫くすると何かの足音が聞こえてくる。ヒロはゆっくりと頭を上げると音の方向を見つめた。

ザクッ、ザクッ、ザクッ

 それは、大きな馬が地面を踏みしめる音であった。その馬の上には鎧を身に纏った大男と、二人の従者の姿であった。

「ん?子供か、こんな所で何をしておる?」先頭の男が馬を降りて声をかけてくる。
 ヒロは、怖さのあまり震えている。

「王よ、先に進まなければなりません。それに我々の姿を見られたからにはその子供を」従者の一人が刀のつかに手をえた。
「そうか、残念だが子童こわっぱよ。ここに居たのが運の尽きだな……」その言葉を合図にして従者が馬を降りて刀をかまええた。

「サヨナラだ。小僧」従者はそう言うと刀を振り上げた。
 ヒロは恐怖のあまり目を思いっきりつむった。

「うっ!」目の前の従者が刀を手にしたまま崩れ落ちた。

「えっ!?」何が起きたのか理解出来ずにヒロは唖然としている。

「ギャ!」馬の上の従者の首が血しぶきを上げて跳んだ。

「ひ、ひー!」先頭にいた男が腰を抜かした。その目の前を音も立てずに人影が舞い降りた。
「き、貴様はいったい!」男の問いかけに答える事もなく、彼は手に持った刃で男の喉を切り裂いた。男は悲鳴を上げる事もなくその場に崩れた。
 ヒロは余りにも無惨なに光景を目にしてその場で気を失ってしまったようであった。

 男を殺害した人影は、ヒロの体をゆっくりと抱えるとその場から姿を消した。




 それがヒロとネーレイウスとの出会いであった。ネーレイウスの一族は暗殺者《アサシン》であり、村に住む人間は全て殺人技を身につけているそうであった。
 ネーレイウスと一緒にこの村で暮らす事となったヒロも暗殺者への道しか選択肢は無くなっていた。
 そして数年前に現役を退いたネーレイウスは、里から離れたこの場所で、ヒロと共に人と縁を切るような生活を続けている。

「おい!ヒロ。長いがのぼせていないか?」ネーレイウスの声が聞こえる。

「あ、ああ……、大丈夫だよ」ヒロは返答をすると湯船から上がり衣服を着用した。長い髪から布で水分を拭き取ると後ろに束ねた。
正直云うと暫く風呂の中で眠っていたような気がする。
 ヒロの頬は真っ赤に染まっていた。

 そのまま布団に潜り込むとヒロは深い眠りについた。
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