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短編集 ①
オオカミ少年
しおりを挟む暗闇の中で寛太は目を覚ました。
辺りは全く見えず自分のいる場所も定かではなかった。
彼は小学四年生で、先日十歳を迎えたばかりだった。
「怖いよ......、誰かいないの.......? お父さん!お母さん!」怖くて震えていた。
「ウー」
獣の鳴き声が聞こえる。距離はそんなに遠くない様子であった。寛太からは、その姿を確認することはできないが、きっと獣からは容易に彼の姿を目視する事が出来るのであろう。
その声に寛太は身震いをしたが、獣は一向に襲ってくる様子は無かった。
「お腹がすいたな.......」寛太の腹の虫が悲鳴を上げていた。不意にジャンバーのポケットの辺りの手をやると、小さな無数の四角い固形物が確認できた。
「あっ、チョコレートだ!」それは、おやつとして母親から与えられたチョコレートであった。彼は、それを一粒つまみ出して、ビニールの包装をねじると口の中に放り込んだ。
「美味しい」それは、今まで口にしてきたお菓子の中でも最も美味なものであった。
先ほどまでの獣の声が消えて、彼の頬の辺りに鼻息のようなものがかかる。少し目が慣れてきたので、目を凝らしてその姿を確認すると、それは犬のようであった。
「君も、お腹がすいているんだね。どうぞ」そう言うと、寛太はチョコレートを犬に与えた。
犬は、大きく尻尾を振りながら、チョコレートを美味しそうに食べた。
「あはははは、く、くすぐったいよ」チョコレートをもらって気を良くしたのか、犬は寛太の頬を舐めた。
その日から、寛太と犬の共同生活が始まり、寛太は、「ワンコ」と名付けた。
彼らのいる場所は、洞窟のようで若干太陽の光が入る場所は確認することが出来たが、寛太が外に出るには困難な場所であった。
ワンコは小さな穴を見つけて、外に出ることが出来るようで、色々な食べ物を調達してくれる。野菜や魚、最初の頃はそれを生で食べることに、抵抗があったが背に腹は代えられず、食べられるようになった。
寛太の生命を繋いでいるのはワンコの存在であり、彼はワンコが食料を調達してくれる度に、丁寧にお礼を言って優しく頭を撫でてやった。ワンコも気持ちよさそうに、寛太に懐いているようであった。
洞窟の中で、水源を見つけて喉が渇いたら、それを飲む。自然の水は水道の水のように、匂いがせずに美味しかった。寛太は、自然の中で生きているという感じであった。
ある日、ワンコが七匹の子犬を従えて訪問してきた。どうやら、ワンコは雌犬であったようで、子犬を出産したようであった。その日から、寛太と七匹の子犬とワンコの生活になった。子犬達も寛太によく懐き、まるで兄弟のように成長していった。
そして、子犬達も成犬として大人になりワンコと同じように、それぞれが寛太に食べさせるべき食料を調達してくるようになった。
それは、時に食べたことのないような美味しい肉のような物であったり、ずいぶん前に食べたチョコレートなどもあった。
寛太の食生活は、だんだんと改善の一途をたどった。ある時は、寛太の服が古くなってきた事を察したのか、どこからともなく衣服を調達してくることもあった。
洞窟の中は、冬場も比較的暖かい場所であったが、それでも寒い日は犬達に囲まれて体を温めた。
「お父さん、お母さんに会いたいな」幼い寛太は、両親に甘えたい衝動に駆られたが、その気持ちはワンコの子供達が補填するように、寛太の心を癒してくれた。
ある日、洞窟の外から銃声のような激しい音がした。
その直後に、一匹の犬 ハナコが血だらけになって帰ってきた。寛太達は必死に看病をしたが、結局ハナコは助からなかった。
数日の間、寛太は泣き、犬達も空に向かって遠吠えを続けた。
それから何日か経ったある日、洞窟の上から、久しぶりに聞く人間の声がした。
「おい!ここが野犬の巣のようだ!焼き払うか?」覗き込む人間の手には、ライトのような光を放つものが握られていた。
「ちょっと待て!人がいるみたいだぞ!」ライトの明かりが寛太の体を照らした。暗闇で生活してきた寛太の瞳に、強い光は痛みにしか感じなかった。
寛太が保護されてから数日が経過した。
洞窟の中にいた犬達は、それぞれ保健所に収容されたそうだ。
この数日で、光に目が慣れてきた寛太は目の前の鏡の中に映る自分の姿を見て、茫然とたたずんでいた。
テレビの画面にニュース番組が流れる。
『六十二年前に謎の失踪をした小学生の少年が、長い時を経て発見されるという奇跡が起こりました。鳴海寛太さんは、十歳の夏に何者かに誘拐され、行方不明になったと思われていましたが、富士の樹海の洞窟の中で六十年余りの時を、一人で生き抜いて.......』
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