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上条賃貸ハウジングの事件簿

貸主からの解約通知

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 あれから数日の日々が過ぎた。

 表面的には日常を取り戻したように振舞ってはいるが、ずっと何かに見張られているような緊張感に襲われている。

「おはようございます」ボーっと自分の席に座っていると出社してきた益留が覗き込むように挨拶してきた。

「あっ、おはよう」力なく返答をする。

「どうしたんですか?元気がないですよ。営業には元気が一番大事だって、社長がいつも言っているじゃないですか」益留は両こぶしを突き上げるような仕草をした。

「ごめん・・・・・・、そうだな」俺がそう言うと同時に店舗の入り口が開く。

「いらっしゃいませ!あっ、松園さま」大西の顔見知りのお客様のようである。

「ああ、大西さん久しぶりね、ご相談があるのだけれどいいかしら?」上品そう少しお歳を召した婦人であった。大西は接客のブースに夫人を誘導した。

 気を取り直して、インターネットの掲載中の物件の空確認をしていく。インターネットのサイトに掲載している物件は定期的に状況を確認してメンテナンスしなければならない。長期放置していると知らぬ間に他社で成約してしまったなどという事もある。そうなると実際に募集実績の無い『おとり物件』という事になりかねない。『おとり物件』を掲載していると不動産公正取引協会などの指導により、インターネットのサイトへの掲載が制限されてしまう。今の不動産業界でインターネットに管理物件の募集を掲載出来ないなど死活問題になる為、どうしても過敏になってしまう。

「社長、ちょっといいですか?」先ほど、婦人と接客ブースに移動した大西が顔を出した。

「どうしたんだい?」

「松園さんが所有しているグランドハイツの405号室なんですけど、入居者に退去をしてもらって売却をしたいって言われているのですけれど、それで販売は、うちに専任で任せてくれると言われていすが・・・・・・」大西は販売の話が出たので、俺に助言を求めたようだ。

「こんにちは、私、当社の代表を務めております上条と申します」名刺入れから名刺を一枚抜き取り両手で差し出す。

「ああ、社長さんね。いつもお世話になっています」婦人は丁寧にお辞儀をする。

「大西のほうから、所有されている物件を処分したいとお伺いしましたが」

「ええ、管理を続けるのも大変ですし、そろそろ売り時かなと思ってね。契約もあと一年で終了するし丁度いい時期よね」なにもかもが自分の描いた通りに進むと思っているらしい。

「まず、賃貸借契約ですが、確かに2年契約とうたっておりますが、これは2年で終了する契約ではございません。あくまで、2年毎に契約を見直すのであってそこで終わりでは無いのです。」俺がこの言葉を口にした瞬間、婦人の顔色が少し曇った。

「でも、契約書には借主からは1か月前、貸主からは6ヶ月前に通告すれば解約できると書いているじゃないの」

「たしかにそう書いておりますが、貸主からの解約は双方合意が必要です。それに物件を売却するという理由ではとても無理です。例えば、ご自分の住む家が無くて困っているとか自己使用でなければ退去勧告はちょっと難しいです」婦人の言うように、たいていの賃貸借契約書は2年契約となっているがそこで終わることは無く、実際は期限の定めのない契約と考えるのが正解である。

「あと、貸主都合解約と言いましても、借主側からすればそれは立退きと同様ですので、話し合いの結果により、引越代や借主が次の物件を借りる為の仲介手数料を負担しなければならない時もあります」

「じゃあ、売れないじゃないの」婦人はかなり不服そうな顔をした。

「いいえ、居住者付きで売ることも可能です」

「えっ、そうなの」婦人の顔が花のつぼみでも開くように笑顔になる。

「ただし、査定の方法が変わりますので販売価格も変わります。グランドハイツの4階、70㎡ですと空室の状態で売却すると3,000万円が相場ではないかと思いますが」

「そうね、不動産会社から来た手紙にもそれくらいと書いてあったわ」不動産などの資産
保有していると、どこから調べたか解からないが営業の電話が掛かってくるそうだ。酷い会社は同じ所有者に一日何度も電話をしてくることもあるそうだ。

「でも居住者がいますと、えーとグランドハイツの賃料が月10万円でしたね」話をしながら電卓を叩く。「表面利回りを5%程度で考えますと、2,400万円程度の価格設定となります」

「えっ、600万円も違うの!」婦人は仰天する。

「ええ、それに投資家の方は利回りの大きな物件を求められますので、利回りを上げようとすると更に販売価格は安くなってしまいます」俺はゆっくりと電卓を横に避けた。

「それじゃあ、どうすればいいのよ!」なぜだか急に不機嫌になった。

「もしも、そういうお話が初めからあったのであれば、定期借家契約5年間で契約が終わるなどの方法もございますが、普通の契約と比較して賃料は8掛け程度になるのが普通うです。」

「それじゃあ、今のまま貸し続けるしかないのね」婦人はガクリと肩を落とした。

「賃借人は法人なので、また転勤で退去される日が来るかもしれません。そのタイミングでもう一度検討されほうが良いかと思いますが」

 婦人が納得したかどうかは解からないが、彼女は来た時と比較してかなりの落胆を表現しながら帰っていった。

「社長、ありがとうございました」大西が頭を下げる。

「まあ、貸主さんも素人だから仕方が無いけれど、家を貸すという事を簡単に考えすぎている人が多いからな。ああいう人は珍しくないよ」この言葉通り、過去にも何人も借主を追いだして欲しいという要望があった。ただし、不動産業者の仕事は貸主からの意思伝達だけで、追い出し業務は士業の仕事である。もしその業務を行うと所謂《いわゆる》越権行為《えっけんこうい》として罰せられてしまうのだ。

「こんにちわ!」元気な男性の声がする。

「いらっしゃいませ」店内の従業員が一斉に声を出す。

「あっ・・・・・・・」店に入ってきたのは、狩屋順平であった。

「上条さん、ちょっと一緒に昼飯でも行きませんか。美味しいトンテキの店を見つけたんですよ」時計を確認すると午前11時48分であった。確かにそろそろ昼食の時間であった。

「ああ、そうだね」狩屋の訪問、それはあの事件に何か進展があったという知らせであった。
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