上 下
5 / 35

学校の虫

しおりを挟む
 黒岩瑤子は、勉強が良く出来て運動神経も良い。体操着で運動する姿を見ていると、まるで妖精が舞っているかのようであった。同じ運動場で体育をしている男子生徒たちは、黒岩 瑤子に見とれてまともに授業を受けている人間など皆無であった。

 彼女のスタイルは抜群で本当にモデルのようであった。体操着は更に彼女のプロポーズを強調させた。更に話術も巧みで、初めは壁を作って黒岩 瑤子を村八分にしようとした雰囲気があったようだが屈託の無い黒岩 瑤子の態度を見て、距離を置いていた女子達も、すでに彼女の取り巻きに変わっていた。
 いつも彼女の周りは人集りとなっている。
 黒岩瑤子はクラスの中心的存在、人気者、いやアイドルとなっていた。



「祐ちゃんのクラスの転校生の女の子。すごい話題になっているよ」奈緒が唐突に口を開いた。やはり彼女と比較して武闘派だなと奈緒を見る。彼の感想に反して奈緒のファンも結構多いそうだ。

「へー、そうなんだ」祐樹は何かを誤魔化すように斜め上を見ながら返答する。

 黒岩 瑤子が、転入してきてから一ヶ月が過ぎた。彼女は学年、いや校内で話題の人になっていた。彼女の人気は凄く、校内でファンクラブ的なものが出来たそうである。彼女の写真は高値で売買されているらしい。

 ただ、果敢に彼女にプロポーズをした猛者達は、ことごとく撃沈しているらしい。
 生徒達だけではなく、先生の中にも彼女にアタックしたとの噂も流れていた。どうでも良い事だが、それは松下ではないかと祐樹は思った。

「・・・・・・ねぇ、祐ちゃん知っている? 今年は学校の虫が少ないんだって、用務員のオジサンが言っていたよ」唐突に奈緒が話し始める。

「なんだよ、そのどうでもいい情報?」祐樹は鼻の頭を摘んだ。

「なんとなく、話すことが無かったから・・・・・・」奈緒は少しうつむいて、地面の石ころを蹴飛ばした。

「無理に話題を作らなくてもいいぞ」祐樹は背伸びをした、肩甲骨の辺りがボキボキと気持ちよく音を立てた。首を横に振るとまたしても、いい音が響く。祐樹はなんだか、今日はついているような気がした。

「うん・・・・・・」先ほど石ころが飛んだ場所にたどり着き、奈緒はもう一度、石ころを蹴り飛ばした。いじけた子供のようであった。

「小松原くーん!」背後から名前を呼ばれる。 

「えっ?」振り返ると手を振りながら黒岩 瑤子が駆けてきた。まるで彼女の周りだけ綺麗な花が舞っているような気がした。

「おはよう!」黒岩 瑤子は、いつもの天使の笑顔で微笑んだ。本当に癒される。祐樹の顔は少しデレッと緩んだ。隣にいる奈緒の事を思い出し、キリリと顔を引き締める。

「おはよう・・・・・・」祐樹は、少し奈緒を意識しながら挨拶を返した。奈緒からは、少し恐ろしいオーラが出ているような錯覚に襲われた。祐樹は少し奈緒から距離を取ろうとしたが、奈緒に腕を掴まれて引き寄せられた。

「えーと、こちらは・・・・・・」黒岩瑤子が、見知らぬ少女を見て疑問の声を発した。

「あっ、祐ちゃんの幼馴染で仲良しの篠原 奈緒です。小さい時から、いつも2人一緒です!あっちなみに小さいときは結婚の約束まで交わしております」奈緒が自己紹介をしてから祐樹の腕に自分の腕を絡めた。余分な文言が多いような気がしたが奈緒の表情が少し強張っているような気がした。
 祐樹は奈緒の腕を強引に解いた。奈緒は少しムッとした顔を見せた。

「私は黒岩 瑤子です。小松原君、私も一緒に登校してもいい?」黒岩 瑤子は屈託のない表情で聞いてきた。また、男子生徒からの槍攻撃を浴びそうな勢いである。

「構わないけれど・・・・・・」奈緒を意識しながら返答する。祐樹は奈緒を見て顔が引きつった。 奈緒の背後から憎悪の炎のようなものが見えた気がした。

「私・・・・・・、クラブの朝練があるから先に行くね!」奈緒が少し怖い口調で言った後、一発祐樹の尻を蹴ってから走っていった。

「ヒッ!」祐樹は蹴られた尻を押さえた。不意打ちの蹴りは、異常に痛い。空手部に朝練があるなど、今まで聞いたことが無い。
 
「悪いことしたかしら・・・・・・」黒岩 瑤子が心配そうに祐樹の顔を見る。

「だいりょうぶ、だいりょうぶ」尻の痛みを我慢しているせいか、うまく喋れなかった。

「小松原君は、学校が終わった後は、真っ直ぐ家に帰っているの?」唐突に黒岩 瑤子が質問してきた。

「あぁ、僕は帰宅部だから、いつも直帰《ちょっき》だよ!」

「ふーん、そうなんだ・・・・・・」黒岩 瑤子は何かを思いながらつぶやいた。
しおりを挟む

処理中です...